BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

『落としたら壊れちゃうんだよ』(0904) ( No.29 )
日時: 2013/09/04 16:40
名前: あるま ◆p4Tyoe2BOE (ID: Ba9T.ag9)

   十九
   
その日も、学校帰りに海岸へ来てみると、あおぎりが居た。

砂浜にちょこんと座り込んで、水平線を見つめている。

湿った風があおぎりの短い髪と、夏服のセーラーカラーをなびかせていた。


「隣……座ってもいい?」

わたしが近寄って声をかけると、あおぎりは「ん」とだけ返事して、水平線へと目を戻した。

わたしだってこの町で生まれ育ったんだ。海が見える景色も、波の音も、珍しくなんかない。

「あおぎりは、ずっとこうしていて、退屈しないの?」

思えばあおぎりに出会ったのも、放課後の海辺。この場所だった。
正確には入学式あたりだったと思うけど、会話をしたのはここが初めてだった。

「携帯をいじるんでもないし、音楽を聴くんでもないし。ただ海を眺めているだけで、退屈じゃないの?」

「そうだね。もしかしたらわたし、退屈になりたくて来てるのかもしれないよ。何もしない時間って、なんだかすごくぜいたくな気がして」

あおぎりは、笑顔一つ作らず、独り言のような小さな声で言った。

やっぱり誰に対しても、わたしに対しても、こうやって「壁」を作ってるんだよね。

あおぎり、わたし、嫌なことあったんだよ。
今のわたし、そういうオーラ出してると思うんだけど。
「何かあったの?」とか、聞いてくれないのかな。

わたしは黙り込み、あおぎりと二人で水平線を見つめた。

時間の感覚が吹っ飛ぶほど単調で、ただ繰り返すだけの波の動き。

目をつぶってみると、本当に、一人になれるって気がする。

それでも、昼間のことを思い出すと悲しくなってくる。



「もう、わたしのバイト先には来ないで」

昼休みの教室。ミキは沢と五十嵐さんを前にして、そう言った。

わたしたちがミキの働く店に行って以来、ミキのバイト先の先輩が、五十嵐さんのことを知りたがってしょうがないらしい。

五十嵐さんも自分ではあんなひとに興味なかったはずなのに、優しく微笑みかけた、あのただ一度の笑顔が効いてしまったのだろう。

先輩は五十嵐さんの情報をミキにしつこく聞いてくる。
それから、また店へ来るように誘ってくれとまで頼まれていた。

「言われなくても、もう行かないよ。わたしだって会うの嫌だし」

五十嵐さんが言った。まるでこうなるのが予想されていたかのように冷静だった。

「それなら、なんで先輩に対して笑顔を見せたの。なんであんな楽しそうにお喋りしていたの」

ミキの声がふるえていた。

「別に。ただのお愛想でしょ、あれぐらい。責められるいわれもないじゃん」

「そうだよ。その先輩が勝手に五十嵐さんに興味持っただけだし。五十嵐さん何も悪くないよ」

沢が五十嵐さんの横に立った。
五十嵐さんは椅子に座ったまま、何も怖くないというように、ミキの目をじっと見据える。

「大体さー」

いつもはお人好しそうな顔をした沢が、なぜかこの時ばかりは妙に自信を持ったような顔で、

「五十嵐さんが行こうが、行くまいが、ミキがあの先輩と進展あったはずないでしょ。どうせミキ、また嘘ついてたんでしょ? 中三の時の、塾で知り合った男の子の話と一緒で」

ここまで聞いて、五十嵐さんがくすりと笑った。ミキからすれば、「中三の塾の件」を、五十嵐さんは知らないはずだった。

「今回のことだって、わたしはずっと嘘くさいって思ってたからね。あなたがそんなにモテるわけないじゃん。バイト先の先輩だって結構イケメンだったし。せいぜい『中の下』だよ、あなたは!」

沢が、聞いている方が心を痛めるくらい、本当のことをそのまま言い放った。

それは「正直」というより、相手を軽んじるあまり、傷つけることを恐れなくなったことを表していた。


ミキは何も言い返さず、ふてくされたような顔をして、教室を出ていった。

怒ったからって、そう簡単に言い返せるものではない。言葉に出すには、勇気が要る。

ミキが居なくなっても、沢と五十嵐さんは「困った子だね」みたいに苦笑いを浮かべているだけだった。

「わたし……ミキのところへ行くね」

わたしはそれだけ言うのがやっとだった。

教室を出ていく時、背中に二人の視線が刺さっている感じがした。