BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

『落としたら壊れちゃうんだよ』0924UP ( No.50 )
日時: 2013/09/24 17:26
名前: あるま ◆p4Tyoe2BOE (ID: Ba9T.ag9)

   二十七

ひとの温もりが欲しい。

弱い自分のために。ダメな自分のために。

こんな自分を受け入れてくれる、ひとの温もりが欲しい。


わたしはあおぎりに、ぎゅっと抱きついていた。

「長南……」

あおぎりの手が、そっとわたしの頭に乗せられる。

今まで想像すらしないようにしてきたけれど、あおぎりの胸は、実際に頬で触れてみると谷間もできそうにないくらいぺったんこだった。

でも柔らかい双丘が確かに存在していて、その感触の心地よさに、わたしの心は蕩けそうになる。

「長南って、やっぱ良い匂いがするね」

あおぎりがわたしの髪を撫でている。その細い指で梳かれる度に、もっと触って欲しいと思ってしまう。

「ずるいよね、今日ずっと家に居たんでしょ。わたしなんてちょっと汗くさくない?」

「うん、汗くさい。脇のところもちょっと湿ってる」

わたしはあおぎりの胸に顔をうずめたまま言う。

「嘘? そんなに汗かいてる?」

あおぎりは自分にがっかりしたようになるが、わたしは手に力を入れて、あおぎりの袖の下をにぎってみる。

制汗スプレーも混じってない、あおぎりの純な匂い。

「……今はこれがいいの」

鼻腔を通り抜けた香りは肺に満たされた後、脳天にのぼってわたしを変な気分にさせた。

「長南って……もしかして変態?」

「違うよ……多分違う」


わたしは顔を上げた。あおぎりと二人、見つめ合う。

友達とこんなことしたら、睨めっこでもしたみたいにどちらかが先に笑い出してしまいそうなものだけど、今日は違った。

わたしはあおぎりの手を取って、自分の胸へと導く。

「長南の胸……意外とあるね。すごい鼓動。ドキドキしてるのが手に伝わってくるよ」

あおぎりの手が、聴診器でも当てるみたいに、左に行ったり右に行ったり、上に行ったり下に行ったり、探るような触り方で、なんだかくすぐったい。

「このまま……キスしちゃダメ?」

「え? 誰に?」

誰にも何もあるか。
今わたしの目の前に居る、あなたに決まっている。

あおぎりはどうしていいか分からず、ただ口を結んでごくりと唾を飲み込んだ。

それでもわたしは目をそらさず、甘えるような上目遣いであおぎりを見続けた。
男子相手にもこんな表情したことない。初めての「媚び」だ。

「現実のせいなんだよ。わたし、自分に居場所がないって思うと、あおぎりのこと考えて変な気分になるの。今もそう。変な気分になってるの」

「それってもしかして……長南はわたしに欲情してるってことですか?」

あおぎりが顔を赤くして、なぜか丁寧語で言う。

わたしはもう一度、あおぎりの袖を引っ張る。

そして「うん」と頷いた。

「変な子だね、長南は」

あおぎりが微笑んだ。変な子であるわたしを受け入れてくれたような笑みだった。

「女どうしでキスなんて……ダメ?」

「うんん。いいよ」

「ほんと? 相手が女でもいいの?」

「うん。女だからっていうか、長南だからいいんだよ」


あおぎりの肩の力が抜けて、両腕が垂れ下がる。

そして、すっと目を閉じると、唇が軽く開いた。

来ていいよ、ということだろうか。

わたしはあおぎりの肩に手をかけると、少し背伸びして踵を浮かす。

二人の唇と唇が、重なった。


「んんっ……」

触れるだけのキスだけど、あおぎりが怯えるような声を出す。

つい漏らしてしまう高い声に、わたしの胸はドキドキを増していく。

わたしは傷つけないよう、歯を立てずにあおぎりの唇を甘がみした。

「ひぅっ……」

あおぎりは怯えるように肩を強張らせ、目をきつく閉じる。

チュッ。

くっつき合った唇から、湿った音がした。

興奮した自分の鼻息が荒くなって、それをあおぎりに聞かれてても、恥ずかしいどころか、ただあおぎりが可愛くなるばかりだった。


今、とても幸せだ。あおぎりが愛しくてたまらない。

わたしは人間が嫌いだった。今もそうかもしれない。

それは他人が嫌いなだけじゃなく、自分も含めて人間社会全般が嫌いだった。

なぜならわたしだってみんなと同じで、自分の都合ばっか考えてる醜い人間だからだ。

みんなの中に入ればわたしだって同じだし、みんなと同じになるのを拒み続けるのは、きっと不可能というか、少なくともわたしみたいに弱い人間には無理だと思う。

だけど今だけは幸せだ。

好きなひととこうしていると、言葉とか気遣いなんてものを超えられる気がする。

人間を忘れて、あおぎりと快楽に耽るのもいいって思う。

わたしは男の子に興味がなくて、今まで分からなかったけど、今日分かった気がする。

好きなひととする「エッチ」って、こういうことなんだ。


「ちょっ……長南」

あおぎりに呼ばれてわたしは我に帰る。

堤防の向こうを、車が一台、二台と走り抜けた。

「やだ……見られたかも」

「さっきから何台か通ってたよ」

わたしは車道に背を向けていたが、あおぎりには道路が見えていた。

女子高生が砂浜で抱き合って……。それが「戯れ」くらいに見えていればよかったけど、途中なんか完全にディープキスだった。

「長南、すごく夢中になってて気づかなかったでしょ」

「うん。ごめんなさい」

「じゃあ今度は、長南がこっちね」

「え?」

あおぎりは自分が立っている場所を指し示す。立ち位置をわたしと入れ替えようというらしい。

「長南、道路が見えてるね」

「うん。見えてる」

今は、あおぎりが堤防とその向こうの車道に背を向けていて、わたしは海を背にしている。

「車が走るくらいならいいけど、もし誰か見てたら教えてね」

「何そのルール。なんか、わたしたち悪いことしてるみたい」

「いいからいいから。今度はわたしから長南にキスするね」

あおぎりがわたしの肩に手をかける。もう待ってはいられないらしい。

早速、車が後ろを走っていった。

でもあおぎりはそんなの気にせずに。

チュパ、チュパ……吸い付くように、回数を分けてキスしてくる。

軽く開いたわたしの唇に、あおぎりの舌がにゅるりと入ってきて、前歯をノックする。

それに応えて口を開くと、わたしの舌とあおぎりの舌が邂逅した。

「あぁっ……あ、あ……」

背筋がぞわぞわっとしたかと思うと、心も身体も熱くなってくる。

少しでも舌を前に出そうとするけど、わたしの舌とあおぎりの舌は、くっついてはまた離れていく。

そのもどかしい気持ちと、舌が絡み合った瞬間の気持ちよさが繰り返される。

アゴが疲れてきて、開かれた口からツーっと涎が線となって砂地に落ちる。

じゅるるるる……。激しい音を立ててあおぎりがわたしの涎をすすった。

「んふっ……んーっ! んーっ!」

わたしもあおぎりの涎を飲もうと唇に吸い付く。

二人の鼻から下は涎でべちょべちょで、むせ返るような蒸気が漂って、前髪は汗で濡れて乱れていた。

こくり——。

わたしはあおぎりの涎と自分の涎が混じり合ったものを飲み込む。

その熱は喉を通り過ぎ、胃に到達した。

瞬間、変な薬でも飲んだみたいに頭がとろんとして、脳内に幸せ成分が広がる。

わたしの世界がパーッと幸福感に満たされた。

お腹の下の方がうずうずして、太腿の内側がむず痒くなる。

わたしはもじもじと、膝と膝をこすり合わせてしまう。

「あっ、船!」

あおぎりが叫んだ。

顔を放して、水平線の方を見つめる。それと同時に、

「もぅダメェェェェェェ……」

わたしは腰を抜かしてその場に倒れてしまう。

頭がオーバーヒートしちゃって、網膜の奥で星がきらめく。

これがマンガだったら、わたしの目はナルトみたいに渦を巻いているだろう。

水平線に船が浮かんでいた。かなり距離が近い。向こうからわたしたちも見えているはずだ。


「ちょっと長南、大丈夫?」

あおぎりが心配そうに、倒れたわたしの顔をのぞき込んだ。

「もうダメですぅ……幸せ過ぎて、訳が分からない」

「あはは。そうだね、訳が分からないね。続きはまた今度にしよっか」

「うん。また今度ね。絶対、約束だから」

砂がこびり付くのも構わない。わたしは大の字になって空を見る。

いつの間に晴れたのか、綺麗な青空だった。