BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)
- ラブライブ二次0323UP ( No.111 )
- 日時: 2016/03/24 00:33
- 名前: あるま ◆p4Tyoe2BOE (ID: klNaObGQ)
「ラブライブ!」花陽×? 3
せかせかと歩くことり先輩に案内され、私も速足で歩く。
私は既に自分が働くお店「キュアメイド喫茶」に来ていた。
案内されて来たのは、休憩室と更衣室を兼ねた従業員用の部屋だ。
そこは薄暗くて風通しが悪く、今まで誰が使ってきたかも分からない長机とパイプ椅子に、銀色の縁のアナログ時計だけがやたら存在感を放っていた。
「じゃあ制服に着替えて、十分前になったら出てきてね」
ことり先輩は早口にそう言うと、すぐにその場を去ろうとする。
「あ、あの」
私は急に不安になり、思わずことり先輩を呼び止めていた。
「ん? なに?」
用があるなら早く言ってくれという感じだったので、私は、
「じ、実は……凛ちゃんも誘えたらなーって、思ってたんですけど……」
今までずっと言いたかったことを、言っていた。
そして、言ったことを後悔した。
「んーん。四人も要らないよ」
「え?」
「ダメだよ花陽ちゃん。お仕事なんだから。学校と同じ気分で居てくれちゃ」
「す……すみません」
私が頭を下げるのを見もせずに、ことり先輩はホールに戻っていった。
まあ、一人増えれば、それだけお給料も払わなきゃいけないわけだから。
仕方ないよね、と、私は自分に言い聞かす。
それにしても、人間に対して「要らない」なんて、生まれて初めて聞いた。
これは仕方のないことなんだ。ことり先輩が悪いわけじゃない。
私は自分にそう言い聞かせ、不安でおびえる胸に手を当てた。
次の瞬間には、私は制服に着替えてホールに居た。いつの間にか海未先輩も居る。
穂乃果先輩だけが普段着で、よれたカバンを直す余裕もないほどに、息を切らしている。
「遅いよ、穂乃果ちゃん」
ことり先輩が言った。どうやら穂乃果先輩だけ遅刻してきた、というシチュエーションらしい。
「ごめん。道路の事故でバスが遅れちゃって……。でもまだ十分前でしょ」
穂乃果先輩の言う通り、業務開始まで、まだ十分あった。
しかしことり先輩は首を横に振って、
「うんん。十分前には制服に着替えて、業務が始められるようにしておかないとダメだよ」
当たり前のことをさとすように、言い渡した。
「え?」
「常識だよ、ほのかちゃん」
ことり先輩が笑う。
“常識だよ”の部分に、勝ち誇ったようなニュアンスを込めて。
こうして私たちのアルバイトは始まったけれど。
スタートからぎくしゃくした仕事は、うまくいくはずもなかった。
ことり先輩は熟練した手つきで何でも速く終わらせてしまう。
穂乃果先輩は初めから笑顔を失ってしまい、全然だった。このひとが笑わなくなってしまったら、私まで元気がなくなってくる。ポテンシャルも何もかも、芽が出る前からつみ取られてしまったようなものだ。
海未先輩は皿洗いを任されたと思ったら、さっきから調理場にこもってばかりいる。
「はあ……まだ11時ですか。時間経つの遅いですね。早く帰りたい……」
私が思っているのと同じことを言う海未先輩の姿が、なんだか寂しげだった。
「海未ちゃんもホールに出てお客さんの相手しないとダメだよ」
ことり先輩が呼びに来た。
「でも洗いものはいくらでも溜まるじゃないですか」
「なんでも簡単な仕事から片づけようとするのは、仕事に対する姿勢としてよくないよ」
言われた瞬間、海未先輩の手が止まる。
「そ、そうですか……」
「学生時代にいくら成績が良くても、人に接するのを嫌がっていたら就職活動もうまくいかないよ」
ことり先輩はなぜかこのタイミングでそんなことを言う。
「なんですって?」
海未先輩が目を細めてことり先輩をにらんだ。
ことり先輩は少しも怖がらず、海未先輩に人差し指をつきつけて、
「ほら、そうやってすぐムキになるのは仕事も長続きしないタイプだよ」
と言ってみせ、さらに続けた。
「でもまあ、そうやって単純作業ばっかやって人前に出ない方がいいっていうなら、ずっと皿洗いでいいよ。ただし穂乃果ちゃんや花陽ちゃんより時給は安くするけどね」
学校では同級生でも、ここでは、ことり先輩の方が上の人間だった。
海未先輩は何も言い返せず、泣きそうになって下を向く。水道から流れる水の音だけが単調に続いていた。
ことり先輩は話しを打ち切って調理場を出ていく。去り際に『ぶる〜べりぃ・とれいん』のサビのメロディで「ハイハイ時給ひ〜きますぅ〜♪」なんて歌いながら上機嫌そうに腕をくるくる回していた。
なぜわざわざ自分のキャラソンを替え歌にして貶めるんだろう。
私は昨日の夕方の、ことり先輩との会話を思い出した。
このお店はことり先輩にとって大切な空間だけど、最近は楽しくない。新しい子が入ってもすぐ辞めちゃうし、長く居る子たちも仲が好くないし。
だけど穂乃果先輩や海未先輩みたいな子が入れば変われる気がする。自分も、お店も。
ことり先輩は、そう言った。
「変われる気がするんだ」と。
確かに、豹変したよ。
「変われる」って、こういう意味だったのか。
今のことり先輩は、まさに「ブラックことり」だ。
ここでなら、穂乃果先輩や海未先輩より力があるし。
新しい子が入ってもすぐ辞めちゃうとか、長く居る子たちの仲が好くないのも、なんとなく分かる気がする。
長過ぎた午前が終わり、昼休みに入った。
穂乃果先輩と海未先輩は黙ったままコンビニの袋を長机に置いて、パンとか紙パックのジュースを取り出す。
私は自分の作ってきたお弁当を見下ろしている。おかずより白いご飯のスペースだけが広い、私のお弁当。
お腹は空いているはずなのに、食欲は出ない。
「だいたい、ことりちゃんはさー」
穂乃果先輩が、頬づえをつきながら、わざと大きな声で話した。
ことり先輩の、他人の遅刻には厳しいのに、自分は今までも平気で遅刻してきたこと。
私も思い出していた。『ぶる〜べりぃ・とれいん』からして遅刻の歌だし、『ワンダフル・ラッシュ』のMVもそうだった。
しかも遅刻しといて「かわいいから許されてる」感じがすごくする。
「それとさー」
穂乃果先輩が続けるのに、海未先輩はうんうんと頷く。
「ミューズ9人で集合写真を撮ろうって時に自分ひとりだけ画面手前に顔だけ出してくるのとか、本気でやめてって思うんだけどぉ」
ああ、他の8人は全員が映るようにカメラから離れて立っているのに、ことり先輩だけ画面右下にアップで映ろうとしてくる、あれのことか。
「そうそう。私も前から思っていました」
海未先輩が活き活きとした目で同意を示す。
穂乃果先輩は「でしょ?」と得意そうな顔になって、紙パックのジュースのストローをじょろじょろ鳴らして飲み干した。
そしてストローをくわえたまま今度は少し離れた席の私を見る。
「花陽ちゃんはどう思うの」って、絶対聞いてくる雰囲気だ。
あなたも話しにまざりなさい——の雰囲気。
私はふいに顔を下げ、開いた弁当を見つめる。
重い……重い……食欲ない。
「花陽ちゃんは、」
やめて……やめて……聞いてこないで。
「花陽ちゃんは、今の話しを聞いてどう思うの」
穂乃果先輩がそこまで言うと、私はびくっと背中をふるわせた。なおも視線は、弁当の中の白いご飯に向けられたまま。
私はごくりと生唾を飲み込んだ。
今日だけは大好きなご飯ものどを通りそうにない。
「ノオオオオォォォォォォーーーーーーッ!!」
アメリカンな叫び声をあげながら、私は布団から飛び上がった。
「はぁッ……はぁッ……はぁッ」
そこは確かに自分の部屋で、私は汗びっしょりになって布団の上に居る。
ゆ、夢?
安直なオチなのに、どうしてこんなにホッとするんだろう。
(つづく)