BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

Re: 【GL・百合】二次創作短編集(最終更新4月29日) ( No.50 )
日時: 2014/05/04 03:25
名前: あるま ◆p4Tyoe2BOE (ID: Ba9T.ag9)

   『ご注文はうさぎですか?』チノ×ココア 2/2



チノは着替えるために部屋に戻ったが、制服のスカーフだけ外したところでベッドに入り込んでしまう。

「夕飯の支度、しないと……」

そう呟いてはみるものの、思った以上に疲れていて起き上がることができない。

そこへトントン——。
ノックの音がして、ドアが開く。

「チノちゃん、さっきは本当にごめんね?」

ココアの声だった。
そのしんみりした言い方は、いつも明るいココアには、なんだか不似合いな気がした。

「…………」

チノが返事もせずにいると、ココアが部屋に入ってくる。

瞬間、チノは寝返りを打ってココアに背を向ける。

「夕飯、わたしが作るよ。できたら起こしてあげるから、横になってて」

「けっこうです。家のことは私がやります。すぐ行きますので、ちょっと待っててください」

壁の方を見たまま言うと、ココアはそれっきり黙ってしまった。

チノはシーツを顔までかぶり、のし、のしと、ゆっくり部屋を出ていくココアの足音だけを聞いていた。

さすがに言い過ぎたかな——。

チノの胸はきゅうと締め付けられるようだったが、そんな複雑な気持ちの正体も分からず、ただとまどうばかりだった。


やがて、空腹感に負けたチノはベッドを出て立ち上がった。

「眩しい……」

暗い部屋から廊下に出ると、明るさに目がくらむ。

夕飯を作るためにキッチンへ行くと、ココアの気配がした。

「……何やってるんですか」

「あ、チノちゃん。もうすぐ夕飯できるからね」

柔らかい笑顔でココアが言う。

「いえ、そうじゃなくて、ココアさんの服装ですよ」

チノは昼間と同じような、不機嫌な顔のまま指をさした。

ココアが身につけているのは、金ボタンのついた青いジャンパースカートに、同じく青のベレー帽。

「ああ、これ? チノちゃんの制服を着てみましたー」

ジャーン! という感じにココアはポーズを決めて見せる。

「着てみましたじゃないですよ。いつの間に……。あ、さっき私の部屋に来たすきに持ち出したんですか? 勝手なことしないでください」

「だって、チノちゃんが“もふもふ”をさせてくれないんだもの……」

悪い子が言い訳をするように、もじもじしながらココアはチノの顔色をうかがい見る。

反省の色はどうにも見られなかった。

——他人の家で、このひとは……。

チノの怒りが沸点になった。

「ココアさん、あなた……いい加減に……」

チノは怒りをぶつけてやろうと、頭の中で言葉を探す。

ココアを傷つける、酷い言葉を。

だが——。

「……っ?」

ふいに、良い匂いがしてくることに気づいた。

「えへへ、そろそろ焼けるよ」

ココアが後ろを向く。

視線の先には、稼動中のオーブンレンジが。

今にもパンが焼き上がる瞬間だった。

「チノちゃん」

ココアが笑顔で振り向いた。

「チノちゃんが休んでいる間に、夕飯ができちゃったよ」

焼けた小麦粉の、何とも良い匂いがチノの鼻をくすぐる。

——私は今、怒ろうとしていたのに……。

「わたし、パンを焼くのは得意なんだ」

ココアが言うと同時に、ぐるぐるという低い音がキッチンに響く。

不覚にもお腹が鳴ってしまい、チノは自分のお腹を手でおさえた。

ご飯の支度もできないくらい空腹だったのだから当たり前だ。

「チノちゃん、今はわたしも居るんだから。何でも一人でやろうとしないでね」

「ココアさん……」

「協力させてよ。わたしたち、姉妹なんだからさ」

「姉妹じゃないです」

チノは即座に否定すると、ぷいっと膨れっつらで目をそらす。

「えー! やっぱダメなの?」

やっと良い雰囲気になってきたのに。

いよいよ泣きそうになるココアだったが。

「ダメです。だけど、その……」

チノが、うつむきがちにゆっくりとココアへ目線を戻した。

「もふもふぐらいなら……してもいいです」

そう、恥ずかしそうに言うチノは、普段よりほんの少しだけ穏やかな目をしていた。

「いいの?」

ココアの問いに、チノはコクリと頭を垂れた。


「はぅぅ……柔らかい……たまんないよぉ……」

抱きついてココアが、すりすりと頬ずりしてくる。

チノは黙っていた。

「ああ、もふもふ気持ちいい。チノちゃん、良い匂い……」

ココアが自分の匂いを胸いっぱいに吸っている。

優しく抱きしめられて。愛でられて。

すごく恥ずかしいけれど、嬉しくて仕方なかった。

なんでココアさんは、いくら拒否しても、私に優しくしてくるんだろう。

自分は今まで一人でやって来られたはずなのに。

こうやってもふもふされると、なんだか安心するのだ。

そして、実は今までの自分は寂しかったんだと気づく。

このままでは、ココアさんなしでは生きていけなくなりそうだ。

「ねえチノちゃん、お姉ちゃんって呼んで?」

耳元でココアが優しくささやいた。

なので、チノはこう返してやる。

「今日はいいです。調子に乗らないでください」

真顔のまま、ココアの身体を引きはがした。

「さ、夕飯です夕飯」

「うぅ……もうちょっとさせてくれてもいいのに、チノちゃん……」

結局、この晩はもうそれっきり。いつものチノとココアだった。



朝になって——。

ハンガーにかけられた制服に手を伸ばしたチノは、ココアが昨日これを着ていたことを思い出し、匂いを嗅いでみた。

小麦粉の焼けたような香ばしい匂いが、制服にまだ残っている。

チノはココアと出会ってから、パンの匂いが好きになった。

それはココアの匂いでもあったからだ。


「チノちゃん、途中まで一緒に行こ?」

家を出たところで、ココアが声をかけてくる。

石畳の、道端に花が咲く道を二人は並んで歩き出す。

「では、私こっちなので」

「早っ!」

数秒も歩かないうちに、チノはココアを置いて違う道に入ってしまった。

ココアと通学路が一緒なのは、ほんの数歩だけなのだった。

一人になってチノは、狭い路地を静かに歩いた。

「…………」

が、何かを思ったように、立ち止まる。

そして、今まで自分が歩いた道を振り返った。

両手で輪を作り、それをゆっくりと口もとに持ってきて、

「ココアお姉ちゃーん」

誰も居ない空間に向かって呼びかけてみた。

もちろん返事はないし、誰にも聞かれていない。

チノは満足したように、一人で笑みを浮かべて。
振り向くと、再び通学路を歩き出した。

「チーノーちゃぁ〜ん!」

「はぅわっ!」

チノはびっくりして飛び上がる。

目の前に、ココアが立っていた。

「な、なんでココアさんがここに? 私のあとをつけてきたんですか?」

「違うよー。普通に学校へ行こうと歩いてただけなんだよー」

「い、いい加減に道を覚えてください!」

「だってこの町って迷路みたいなんだもん。そんなに怒らないでよー」

怒っているのではなく、焦ってるだけなのだが。

どうやら、今のは聞かれないで済んだようだった。

「……くす。仕方ないですね」


チノは笑いをこらえる振りをして、赤くなった自分の顔を隠した。



(おわり)