BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

Re: プラスマイナスゼロ ( No.12 )
日時: 2014/02/24 17:48
名前: 希 紀子 (ID: JzVAb9Bh)

第10話  御挨拶


 適当にテレビのチャンネルを変える。けど、音量は流さない。
 昼飯は食べたが、陽は自分の部屋で布団にくるまっていた。寒いからではない。


 こうしていないと、ときどき思い出すのだ。


 過去の記憶。
 罵声、暴力、怒号、そして自分のすすり泣く声———


 いつから自分はこうなってしまたんだろう。考える気はない。


 いっそのこと、死んでしまったほうがいいのかもしれない。
 布団の中で、陽は冷たい涙を流していた。







 グランドを全速力でボールをけりながら走る———笠平だ。
 昼休みも後半戦に突入している、チャンスが来た!見事なドリブルさばきで敵陣を突破していく笠平は、チームのエースだ。


 ———沢凪がションベン言ってる間に、シュート決めるぞぉ!


 敵チームの要は純也だが、トイレ休憩をしているため勢力はこちらが有利だ。
 悔しいが、サッカー部でもないのにあの才能は羨ましく思えてしまう。笠平自身、中学はサッカー部をしていた。主将もこなした。けれど甘い。純也と比べれば、自分はまだまだ甘いのだ。そう言う意味では、純也は唯一のライバルである。


 巧みにフェイントを挟み。近くの味方にパス。そして敵を抜けてまたパスを受け取る。
 肩で息をしながら、とうとうゴール前に来た。




 フォームを決め、思いっきりボールに蹴りこもうとした時だ——————


「あのおー、沢凪さんいますかー?」



なにぃ!?


 突如として現れたその声に神経がそがれた。大きく態勢を崩す。
 あっという間に、敵からボールをとられてしまった。


「ったく、誰だよ!今沢凪のこと呼んでたやつ!」


 パッと、視線を変えるとある女子が目に入った。3年生ではなさそうだ。
 面識はないが仕方なく、笠平は休憩を入れフィールドを出た。


「きみ誰?沢凪に用?」

「あ、はい。ここにいるって聞いたので。……知り合いですか?沢凪さんの」

「そうだけど。っていうか、用は何って聞いてるんだけど」


 その女子は一瞬ためらう様子を見せたが、目を合わせてきた。
 その動作が、何となく違和感を覚えた。———この子、どっかで……。


「保健室の増野先生が沢凪君のこと呼んできてって。だから私…」
「増野先生が?じゃあ俺も行く!」

「え?っと……」

「ああ、俺、笠平 保って言うの。沢凪のダチ。いいだろ?」
「私に聞かれても……、それより沢凪さんは」



 言いかけたところで、遠くのほうから声が聞こえた。


「おーい!おまたせ」純也だ。


 笠平は女子に目配せをし、純也のほうに近づく。純也は初めて見る女子の顔にぽかんとしていた。


「誰、この子?」
「増野先生がお前を連れて来いって呼びにこさせたんだって」


 そういえば、なぜこの子なんだ。なぜ自分たちに面識が無いこの女子を来させた。
 同じ学年でもクラスでもないこの子が、何か理由でもあるのだろうか。


 ———はっ!ひらめいた!!


「きみもしかして名前…」


 するとその子は改まり、綺麗に背筋を伸ばしてこちらを向いた。


「はい。1年2組、衛崎 海宇(エイサキ ミウ)です。兄が、その……迷惑をかけているそうで。
———本当に、すいませんッ」



 やはりだ。この女子は衛崎 陽の妹なのだ。
 純也も気づいたらしく、笠平を向いて驚いた表情を見せていた。


「放課後、お時間ありますか?」



 二人はその質問に、静かにうなずいた。