BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

Re: プラスマイナスゼロ ( No.3 )
日時: 2014/02/22 03:09
名前: 希 紀子 (ID: JzVAb9Bh)

第2話  臆病者


 その男子は純也から逃げるようにベッドの隅に移動した。当然、その大袈裟なリアクションが純也の気をより悪くさせたのは言うまでもない。挙句に、毛布を今度は頭までかぶり、ガクガクと震えている。
 この瞬間、こいつは“嫌な奴”と純也の中で位置付けされた。


「やめなさい、沢凪君。あなたが悪いわ」
「俺は何もしてないですよ、なのに……。こいつまるで人を」


 化け物見たみたいに恐れて、最低だ。
 人は引きずるし、自分を見たら逃げて震えて……。これで悪いのが純也といわれても反論しかない。ひょっとしたら増野はその男子に一目置いてるのか。だとしたら立派な差別だ。余計腹が立つ。


 しかし、純也に怒る体力は無かった。


「痛てて。頭がガンガンする〜」
「騒ぐからよ。今クラスの人がカバン用意してるから、待ってて」

「親は?」
「あ、そういえば……お兄ちゃんが迎えに来るとか」

「—————ッ!?クソ兄貴が!!」
「しぃっ、ここ保健室よ!」

 純也が声を張り上げた時、ベッドのほうで「ひいっ」とまたも女々しい声が聞こえた。きっと怒鳴り声にビビったのだろう。

 それより、純也の兄は高校2年生だが、なぜ兄の香哉(キョウヤ)が迎えを引き受けたのだろう。もちろん学校があるはずだ。まあ、純也にしてみれば考えられる理由は様々なのだが———


「とにかく静かにしてちょうだい」
「す、すいません」


 純也が軽く頭を下げると、増野は「よし」といってデスクに向かった。その背中を見ながら、香哉が来るまでどれほどの時間がかかるか考える。


「あ、あぁあの……」


 それがビビり男子の声と気付くまでに数秒かかった。振り向くと、毛布から窺うようにしてこちらに目を泳がせている。茶色の髪は、その目のあたりに少しかかっていた。

「何だよ」

「ひっ」
「おい!」

「沢凪君、スマイルスマイル」

 増野がなだめるが怒りは収まらない。だいたい、この状況だけ見たら、まるで自分がその男子をいじめているみたいだ。違う。悪いのは、廊下を引きずって運んだあいつだ。


———ああー、むしゃくしゃする!


「ご、ごめんなさい」
「あ?」

「僕、力無い、から。……だから、引きずって、その……。力、無いから。廊下、さむ、いし。……だ、から」

「いや、別にいいけどよ……」


 その男子の喋り方は妙にたどたどしかった。臆病な性格から考えれば普通だろうが、それとは少し違った。まるで自分の言ってることにさえ不信感を抱いてるような、そんな感じだ。さらにまだ肩が震えている。



「———対人恐怖症」

不意に、増野が口を開いた。


「人間関係において、上手にコミュニケーションをとることができない病気よ。おもに思春期でよく見られるわ。彼はその典型、かな」


 対人恐怖症、聞いたことあある。
 だが、実際にその症状の人間を見るのは初めてだった。思い起こせば、男子の反応は最初から不自然そのものだった。純也の顔を見ただけで怯える、自分の言いたいことをうまく伝えられない、それが症状だったのだ。

 はっ、と思った。


「それ、俺に喋ってよかったんすか?」

「うん。君なら大丈夫かな。彼の親にはできるだけ内緒にって言われてるけど」
「それ思いっきりダメじゃないですか」


「沢凪君って正義感強そうだし、信頼できるかな。言いふらしちゃだめよ」
「は、はい」


 言いふらして何にもならないネタだ。おそらく明日には忘れているだろう。
 その時、コンコンとノックの音が聞こえた。増野が返事する。
 扉が開き、立っていたのは香哉だった。


「お迎えに来ました。沢凪 純也の兄です」

相変わらずの飄々としたオーラ、業務的笑顔、透き通る声。
完璧すぎて、純也には気持ち悪いほどだ。女子からの人気は———言うまでもないだろう。それほど見てくれはいい。

「はあい、どうも。お疲れ様です。
職員室に荷物が置かれてると思うので、気をつけて帰ってくださいね」

「弟がお世話になります。では」



 結局、その日純也は嫌々、香哉について帰った。