BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

Re: プラスマイナスゼロ ( No.7 )
日時: 2014/02/22 20:48
名前: 希 紀子 (ID: JzVAb9Bh)

第6話  立会人


 次の週、純也は昼休みに保健室を訪れた。
 対人恐怖症のビビり男子に、形だけでもお礼を言いたかったからだ。


「失礼します」


 扉を開いて室内に足を踏み入れる。相変わらずの落ち着くにおい。その先に待っていたのは、椅子に背をもたせかけている増野だった。
 それともう一人、顔見知りがいた。


「あれ、沢凪じゃん。どうした?」

「お前こそどうしたんよ、笠平」

「いや〜、運動場でサッカーしてたら転んでよぉ。肘すりむいた」
「プッ、バッカだな」

 そう保健室にいたのは別のクラスの友達、笠平 保(カサヒラ タモツ)だった。おおきい眼に、焼けた肌。運動神経は自分と同じくらい抜群だ。


「で、沢凪君はどこか具合悪いの?」


 増野が持っていたガーゼを棚にしまいながら訊いた。


「この前の俺を、その……引きずった奴に、お礼言いたくて」

「はあ?何それ。引きずった!?フハハハ!!」

「うっせーよ!」


 笠平がけらけらとおなかを抱えて笑う。
 別に自分が笑われる理由はないのだが、他人から見れば可笑しいのだろう。———後で覚えてろよ。


「ああ、あの子。今日は休みよ」

「え、でも保健室登校じゃないんですか?」
「だからって、いつも登校してるわけじゃないの。ときどきね。
お礼言いたいならその子の住所教えるから。今日の放課後にでも」


「ちょちょ、ちょ待った!」笠平が話を遮る。「何の話?」

「俺が先週廊下で倒れてたら、そいつ保健室まで俺を引きずって運んでさ」


 純也は事の成り行きを全て話した。
 保健室に入ってきたときから分かっていたことだが、その男子の姿が見当たらない。笠平みたいなお調子者はいたが。


「どうする?沢凪君」
「はい……いつ来るか分からないなら、行きます」


「じゃあ俺も!」


元気よく挙手した笠平に間髪入れず反対する。

「はあ!?何でそーなんだよ!!」

「今の話聞いてたら、そいつおまえのこと怖がってんじゃねえの?」
「それは……」


「いい考えだわ。同行してちょうだい、笠平君」
「先生まで!」

「はいっ!喜んで」
「喜ぶんじゃねえ!」


 ということで、純也は笠平と一緒にその男子の家に行くことになった。増野まで二人で行けというのだから反論できない。
 第一、自分はその男子から嫌われているに違いない。変にまた悲鳴でもあげられたら——————


「ところで、そいつの名前なに?何組?てか何年?」


 唐突だった。しかし、笠平が質問してみて初めて気づいた。


 自分はその男子のことを何も知らない。


「あら、知らない?あなたたちと同じ3年せいのはずなんだけど……」

「マジ!?」
「マジ!?」

 言われた瞬間、必死で記憶を引き出す。引き出しまくる。
 だが、どうしても思い出せないうえ、男子の顔も忘れてきた。一度しか会ってないような気がしてならない。


「と言っても、2年生の4月から不登校になったんだけど」

「だから名前は!」笠平が急かす。



——————現、3年1組。衛崎 陽(エイサキ ヨウ)君。



 増野からもらったメモには、衛崎の住所が書かれていた。
 それを見て、今日の放課後にでも笠平と一緒に出向こうと思う。


 正直、名前を聞いても衛崎について思い出すことはなかった。それは笠平も同じだ。




 とっとと済ませよっ。


 その時はまだ、純也の心に何ら変化はなかったのだが。衛崎との2度目の出会いにより、純也はこれから先、大変な壁に当たることになる。