BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

Re: プラスマイナスゼロ ( No.9 )
日時: 2014/02/23 00:45
名前: 希 紀子 (ID: JzVAb9Bh)

第8話  再挑戦


 陽に泣かれた次の日、純也は笠平を連れてまたマンションへ来た。


 昨日の失敗を踏まえ、再度陽に心を開いてもらう。
 傷心を癒やすと言っては何だが、お詫びのしるしに林檎を二つもってきた。来る途中に八百屋で買ってきたのだ。


 部屋の前に来て、チャイムを鳴らす。


「いいか、沢凪」
「あ?」
「絶対に大声を出さないこと」


 分かってはいたことだが、笠平に釘を刺されて肩の力が抜けた。同じへマはしないつもりだ。


「にしても、遅え」笠平が愚痴る。


「もしかしていないんじゃ…」と駐車場側に何となく体を向けた時、陽を見つけた。ビニール袋を手に下げ、昨日の服を着ている。


 声をかけようとしたら、向こうも気づいた。
 が、陽がとった行動は———“逃げる”だった。道路に出て、そのまま遠くに離れていく。


「あいつ……」
「ん、どうした?」

「今さっき駐車場に衛崎がいた。俺、追いかけてくる!」


「なら俺も…」と声をかけようとしたが、純也のダッシュのほうが早かった。
 あっという間に廊下を抜けて階段を駆けていく。笠平は取り残された。


「いってらっしゃいな、沢凪」







「おーい!えーいーさきぃー!」


 住宅街を過ぎ、公園を横に走り続ける。
 純也は成績が悪いが、代わりに運動神経で才能があった。体力テストで校内1位をとったことがある。自分の足には自信を持っている。


 また角を曲がり、ついに陽の背中をとらえた。



 徐々に距離が縮まって行く。追いつける、そう思ったと同時に何と、陽がこけた。
 慌てて純也は駆け寄った。———中3でこけるって恥ずかしいぜ。


「だ、大丈夫?」


 言いながら手を差し出そうとしたが、—パンッ—その手を払われた。
 背中から陽の気持ちが伝わってくる。近づくな、そういう気持ちが。やはり自分は嫌われていた。


「怪我、とか」

「僕の、……何を知ってる……の」


「昨日のことなら謝る。悪かった」


 ダメだ。少し語気が強くなってしまった。これじゃまた怒っているみたいに捉えられる。


「僕……だって、わざとじゃなくて。でも、うまく……喋れな、くて」


 また震えている。
 声からしても、泣いているのだと分かった。何とかしないと———



「だから、俺が悪かったよ。衛崎、本当にごめん!」

「違うよ!」


 今度はこちらが驚いた。いきなり陽の声が大きくなったのだ。


「僕が、悪い。……皆に、僕のせいで…、だから、男の人と、喋れなくて……。
ダメだ、って。けど、ごめん。僕、その、もっと、頑張らなきゃ……」



 何を言っているのかほぼ聞き取れなかった。
 『男の人』『喋れなくて』『頑張る』今のこの状況と接点が一つもない。対人恐怖症は、極度の上がり症と訊いてたが、それとはやはり違う。


 もう一度、手を差し出す。


「はっ、……さ、触らないで!!」
「何でだよ」

「僕が、…悪い、から。もう、嫌だ、よ」

「はあ?」



 純也がたじろいでいると、陽はいきなり立ち上がった。
 そしてまた走り出す。マンションとは逆の方向だ。それでも、陽は自分を避けるように走り続けている。

 追いかけることは、もうしなかった。



「笠平、帰ったかな」


 もし、家に帰って自分の仲間がいては嫌だろう。
 純也は携帯を取り出し、笠平にマンションを離れるようにとメールを打った。


「反省……するのは俺か」



 増野に相談してみよう。きっと陽の反応には何か理由があるはずだ。


 自分でも気付かないうちに、陽のことが放っておけなくなっていた。