BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

Re: 【BL注意】ハイキュー!!リクエスト小説【R有り】 ( No.8 )
日時: 2014/06/08 01:54
名前: 悠那 (ID: tOQn8xnp)

【大菅】『烏と幸運』


 確かそれはある金曜日の出来事。そろそろ気温も上がってきた頃で、風通しを良くするために開けられた窓からは烏の荒々しい鳴き声が聞こえていた。恐らく近くの木に止まっているのだろうが、受験生である澤村にそれを確認する余裕などある筈もない。視線は絶えずノートと黒板と教師の顔を行き来して、シャーペンを握った右手は休むことを知らなかった。
 ちょっとした時間も惜しいこの時期にもし気を緩めていい瞬間があるとするなら、それはきっと昼食の時間だ。午前中の授業が終わり、生徒達は一種の解放感にも似たような達成感を得る。
 しかし、その日の昼の澤村は達成感どころではなかった。同級生達が和気あいあいと話しながら昼食の準備をするなか、澤村はスクールバッグをひっくり返す勢いで中身を探り、その数分後には机に突っ伏して呟いていた。

「嘘だろ…弁当忘れたなんて、笑えないにも程がある」

 嘲るように鳴く烏を顔だけ上げて睨みつけ、澤村は小さくため息をついた。部活のある身としては、昼食抜きで午後を耐え抜けるとは思えない。弁当があっても帰り道の空腹は耐えがたいのだ。
 こんな時に限って財布はなく、つくづく自分の失態を呪いたくなる。いや、呪わずにはいられない。
 再び顔を伏せたその直後、澤村はすぐ横に誰かが立っているような気配を感じた。

「どうしたんだよ大地、昼ご飯食わねーの?」

「…スガ?」

 身体を起こして声がした方を見上げると、部活仲間の菅原孝支と目が合った。澤村はバレー部主将で菅原はバレー部副主将だ。クラスメートだということもあり、澤村自身は仲が良い方だと思っている。
 そんな菅原が、弁当を片手に不思議そうな表情で澤村を見下ろしていたのだ。

「具合悪い訳じゃなさそうだな。…あんま露骨に突っ伏すと心配になるじゃん」

「あ、悪い」

 澤村はこんな瞬間が好きだ。日常をそのまま切り取ったようなたいしたことのない普通の瞬間が、何故だかたまらなく好きだ。所詮は高校生のくだらない満足なのだろうが、菅原と二人だけでのんびりと会話ができることが嬉しくて仕方なかった。
 受験生になるとどうしてもそんな時間がなくなってしまう。澤村自身も時間に追われて、だんだんと会話が減っていってしまう気がした。

「…つーかほんとにどうしたの?昼食わねーとお腹すくよ」

「あーいや…それがさ、弁当忘れちゃって」

「へー」

「反応薄いなおい」

 澤村は苦笑しつつも突っ込んだ。
 気のない返事をした癖に、次に澤村の目を覗いた時の菅原は笑っていた。きっとわざと素っ気ない振りをしたのだろう、その目はどこかからかうような光を讃えている。

「それより大地、」

「ん?」

「此処で弁当食べていい?」

「嫌味か」

 菅原は楽しそうに笑い、澤村が了承するより先に近くの椅子を引き寄せて座った。弁当の包みを解きながら、尚もからかうような口調で続ける。

「俺の激辛麻婆に耐えられるなら分けてあげる」

「へ?」

「だって弁当ないんだろ?」

 楽しそうに笑う菅原は本当に可愛い。澤村は弁当を開ける菅原の横顔を見つめながらそんなことを考える。いつもは澤村達に丁寧なトスを上げる指がスプーンを持ち、そのスプーンが嫌味なくらいに赤い麻婆豆腐を掬い、そして。

「はい」

「はいって…え?」

「あーん」

「!?」

 躊躇いがちに口を開ける。菅原と目が合い、澤村はドキリとした。


(かわい……──)


 ……直後、暴力的なまでに辛い麻婆豆腐が澤村の口内に押し込まれた。

「がっ…辛…っ!」

「あはは、大地涙目!」

 菅原は楽しそうだ。早くも二口目を準備している。
 しかし麻婆豆腐は最早『辛い』の領域を越えていて、軽く呼吸が止まるくらいには刺激的だ。二口目なんていける筈もない。
 澤村が咳き込みながら拒否するように首を振ると、菅原はしゅんとしてスプーンを引っ込めた。


(あーくそ、なんだこの可愛い生き物)


 半ば強引にスプーンを取り上げ、まだ刺激の残る口に突っ込んだ。またしばらく悶絶して、咳がおさまるとひりひりする口を冷やすために息を吸う。

「やってくれたなスガ…」

「二口目は自分で食べたんじゃん!」

「口開けろ」

「え?……んっ!?」

 麻婆豆腐がたっぷり掬われたスプーンを口に入れられ、菅原は一瞬眉を顰めた。

「どうだ辛いだろ」

 しかし、勝ち誇ったような澤村の声に返ってきたのは飛びっきりの笑顔だった。

「美味しい!」

「ッ……いや、好物なんだから仕方ないか」

「もっとちょうだい」

「え?」

「もっと。弁当分けてあげるんだからそれくらい良いだろ」


(……そんな笑顔が見られるなら、分けてくれなくったって)


 何回でも、何十回でも、お前の好きなだけ。


「辛すぎて息止まっても知らないからな」




 日の射す校舎に舞い降りたのは、烏かはたまた幸運か。