BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)
- Re: 蜜は豊かに下がりゆく ( No.1 )
- 日時: 2014/10/13 13:31
- 名前: 壊れた硝子と人形劇 (ID: kix7MxaA)
「ごめん、俺、明日遊びに行けない」
三井は俯いて言った。きっとその下で泣き出しそうな目をしているだろう。風がごうごうと音を立てて叫び、土手の雑草をなびかせた。そういえば台風が来るんだって、雷雨を伴う大きなものがくるって、天気予報が言ってたな。豊川はそんなことを一瞬のうちに頭によぎらせていた。
「俺、生徒会も、やめる」
三井と豊川は三歳からの幼馴染で、ずっと一緒にいた。三井は自分の兄のように豊川を慕い、豊川は自分の弟のように三井を可愛がっていた。だから、豊川と三井は同じ野球部に入った。二人はいつでも一緒だった。
豊川は、学校でも中心にいるタイプの人間だ。野球部のエースだ。顔はそんなに良いわけでもないが、悪いわけでもない。でも、運動も勉強もできるから、かなり女の子に告白されたりする。(でも豊川は、女の子と付き合っても放置することが多いためすぐ別れる。)
対して、三井は正直そんなにスペックは高くない。野球部ではサードで、成績も中の中か、下だった。女の子と付き合ったこともない。
三井は、豊川と自分の差を気にしていた。中1の始めての定期テストで、豊川が2位になったときから、ずっと。中1の十一月には彼女をとっかえひっかえするようになり、バレンタインは20個くらいのチョコレートを受け取っていた。豊川と自分を比べるだなんて、話にならないことだ、おこがましいことだ。そんなこと、分かっていた。でも、豊川といるとどうしても…その差と事実が突きつけられる。
そして先月、豊川は去年生徒会に入っていないにもかかわらず、生徒会長になった。先生からも、生徒からも、学校のリーダーとして認められたのだ。豊川は、確かに完璧だった。豊川が当選して、壇上で笑顔で、それでも真剣にこれからの生徒会のスローガンや方針を説明していたのを、三井は見ていた。ただ、見ていた。
それで終わればよかった。また、豊川と自分の差が開いただけだった。それならまだ、耐えられた。
でも、豊川は、三井を副会長に任命した。
この学校は先生が生徒会長を決め、生徒会長が生徒会の書記や副会長などを決める。
他の会長立候補者に、もっと相応しい者はいた。去年の副生徒会長もいた。それらは今書記や庶務などをしている。三井への嫉妬をひた隠しにしながら。(豊川は完璧すぎて嫉妬するに値しない)
どうしてわざわざ、ショッケンランヨウじゃないのか、三井はそう、思った。
周りも当然、そう思ったに相違ない。副会長になっ(てしまっ)たときのスピーチは、顔が真っ赤になるほど子供っぽいものだった。それを聞いている生徒、先生全員の白々しい目が、まぶたを閉じれば浮いてくる。
豊川は、とてもいいやつだ。生徒会にももうすっかり馴染んでいるし、駅伝大会ではスタートを切る。そういうスペック的なことだけでなくても、同様。三井がゴロじゃないボールをゴロだと思って取らなかったときに、見分け方を教えてくれた。副生徒会長になったときだって、喜んでいる自分がいた。そのことが、嬉しかったし、楽だった。でもその肥大化した嬉しさと楽さが、三井の良心とプライドをギリギリと締め上げる。
三井はそんなものを胸中にかかえたまま、スピーチの終わった後、豊川に「生徒会の連中で遊びに行こう」と誘われた。
ダメだった。本当はダメだった。豊川の眩しさと、その取り巻きから彼に向けられる羨望が、重かった。おしつぶされて、ペシャンコになりそうだった。
でも、断われない。だって、俺たちは「幼馴染」じゃないかーーー
「無理、してるだろ」
下北が三井に声をかけた。
夕暮れの教室はオレンジ色。色白で黒子ひとつない、すべすべな下北の肌が夕日を反射するようにまで見えた。校庭からの、部活の声が聞こえる。
下北は目立たないが、浮いていた。何事にもクールで、何事もそつなくこなせる。彼が、豊川が未だ叶わない、テストの一位だった。
しかし、下北はクールすぎる。一度女の子が告白したそうだが、「お前と付き合う利点がない」と、追い返したそうだ。
しかし、先ほど掛けてもらった下北の言葉は、とても暖かかった。屈辱を感じるのに、縋らずにいられない熱を持っていた。
三井は返事ができないまま、頬を、熱いものをたらりと。
「なくくらい、辛いか」
そうか。
ああ。
無理してたんだ。
下北にバレルくらい、辛かったんだ。
三井は、泣いた。膝の力がゆっくり抜けて倒れそうになった。そんな三井を、下北は支えようとしてくれた(しかし彼は細いから、大変そうだった)。
あたたかい。
触れるのは、真っ白い、柔らかい、肌。
涙、熱い。
熱い。熱い。熱い。
三井は、下北の脇腹に抱きついた。そうでもしないと、上半身まで床に投げ出しそうだったのだ。なにより、人の温もりが欲しかった。
下北は、真っ正面から三井を抱き締めた。
「やめだい…怖い…冷だい…」
うわ言のように、今まで感じていたことの単語全てを垂れ流しにする。一つ一つを言うたびに、下北はその貧弱な身体で、ひしと、三井を離さまいと、抱き締めた。
下北の、暖かさがほしかった。
みんなに向ける冷たさが消えて、三井だけに向けられている暖かさがほしかった。
ひとしきり泣いたあと、部活に戻るのも億劫だった三井は、この間捻挫した左足がまだ痛むことにして帰ろうとした。
下北が、待っていた。
照れ臭そうに、彼が言うのだ。
「パズドラ、する?」
夕暮れの昇降口。さっきの教室とおんなじだ。この昇降口だけ、異世界になったみだいだった。
それから下北に急速に惹かれた。下北も、三井に惹かれていた。
学校でこそあまり一緒にいないが、帰り道はずっと同じだ。下北は、三井が終わるまで待っていてくれる。三井は、日に日に野球部を休むことが増えていった。
始めて、三井の隣に、豊川じゃない人が来た。
ぎこちなく笑う三井でなく、幸せが零れてしまって微笑むような三井がいた。
その三井の隣は、豊川ではない。
豊川ではない。
豊川ではない。
豊川では。
ない。