BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

Re: 蜜は豊かに下がりゆく ( No.11 )
日時: 2015/07/22 18:28
名前: 壊れた硝子と人形劇 (ID: XH8153kn)

塾で、僕の隣の席の子は、とても頭が良いそうです。
「Dを通りGAに平行な補助線をひくと、三角形の外角により角DとEの和が角F」
目つきの悪い垂れ目で、病気みたいな青白い肌。ショートボブと緩くカールした後れ毛を組み合わせた髪型で、僕はこっそり、くらげヘアーと呼んでいます。最初は女かと思ったけど、制服がスラックスだったから男なんでしょう。
「180(9-2)より、1260が九角形の内角なので正九角形の内角一つは140度、それから角Fを引いて終わり」
そうそう、彼です。ハスキーな声で、今僕に説明してる彼。赤間学園付属の制服をきてる、そうそれです。あ、僕はその隣の、巣村中学校の。
「難しいですね」
「補助線を外角にするって言う発想がないんだよ、次から気をつければいいんだ」
僕はクラゲくんの言うことを、青いペンでノートに書き込みました。僕の塾は、少々変わっています。六人の少人数で、長机に3人ずつ座るのです。もちろん基本と応用に分かれてて、僕は、応用。えへん。
「私は数の計算とか、文字式なんかが好きなんだけどなぁ」
「僕は関数が好きなんです。得意じゃないけど、型にはまってるから」
「文字式のワンパターンじゃないところがいいじゃないか」
「解けないんです」
僕はそう言いつつも、彼らしいなと思いました。彼は、自由に、たくさんのパターンで解くのが好きなんでしょう。
「ねぇ、ねぇ、翔平くん。学校ってどう思う?何のためにいくんだと思う?」
言い忘れた、僕の名前は鈎取翔平です。珍しい苗字だとよく言われます。
「もちろん勉強のためでもあると思います、でも社会性を養うのでもあるのかもしれません」
「勉強って、なんだろう?俺たち一生懸命やってるけどさ、九角形の角度とか、イオンの仕組みとか、なんで役に立たなそうなものばかり?」
「夢に近づくため…?」
「夢がない子は?」
僕は黙り込んでしまいました。だって、全く思いつかないから。本当に、勉強の意味が見出せません。全員が全員何かの研究者になるわけじゃないのですから。
「私はね、こう思ったよ。勉強が嫌いな子の忍耐力のため、勉強が好きな子の学欲を満たすため」
「普通な子は?」
「…真っ当な場所に就職するため」
「結局学歴社会なんですね」
「他人の心ばっかりはなかなか変えられないね」
くらげくんはそう言ったきり、黙りこみました。僕も中点連結定理の証明に集中することにしました。


寒い寒い外。11月の東北の夜というのは、そう、まったく1月の大阪くらいで。
「翔平くん、一緒に帰ろうか」
品の良さそうな紺のショートトレンチコート、朱のマフラー。くらげくんは、よく見ると不思議な美形ですから、ああいうのを普通に着れるのでしょう。僕はアディダスのロングボアコートを着てます。
黙って二人で帰り道を歩いています。上を見上げてみたら、まともに星屑も見えません。僕は思い余って、この街一帯を停電させたくなっちゃいました。
「翔平くん、手を出して」
「はい?」
僕は牡羊座を探しながら、手を差し出したところ、手が冷たい柔らかい何かに包まれて、ヒュッて変な声を出してしまいました。
「あの、冷たい、です」
「私は暖かいよ」
だって、皮膚の表面に貼り付いて離れないような冷たさが僕に伝わるんです。でも仕方がありませんし、それでも悔しい。僕は牡羊座を諦めて、くらげくんの首を空いた方の手で触りました。
「、あふっ」
「流石に首は暖かいんですね」
「なんだ、締めてくれるのかと思ったじゃないか」
「首閉められるの好きですか?」
「冷たい手のひらで、首を撫で回すみたいにゆっくりゆっくり締めてもらいたいんだ」
ちょっと離れた街灯が、薄ぼんやりと僕たちを照らしています。薄ぼんやり見えるくらげくんは、にやけを我慢しながらも、目を細めて悦に浸っています。
「誰かにしてもらったことあるんですか?」
「翔平くんがいるのに他の誰かなんか。でも自分でやっても勃つから結局片手でしか締めれないんだ。」
「…もう。」
「あっ♡」
「なにもしてませんってば」
手のひらがあったまってくると、手の甲の冷たさに気づきます。僕は手の甲を彼の喉仏に押し付けました。ああ、こんな顔してこんな髪型でも、くらげくんは、やっぱり、男でした。
「翔平くんったら、積極的」
言い返すのもすこし、億劫です。
「翔平くん、明日遊ぼうよ」
「明日学校ですから」
「郡教研でどうせ午前授業でしょ?」
「な、なんで知って、」
「同じ郡内だから」
そうでした、赤間中は市町村は違うけど、同じ郡内。よく考えればわかるのに、と自分に苦笑してしまいました。
突然、彼が立ち止まって、つながれてた手を、ぎゅっと握られました。驚いてくらげくんの顔を見ようとすると、目の前ににんまり笑う彼の顔がありました。
「ね、いいっしょ?」
美しい。純粋ではなくて、ちょっと嫌味ったらしいのです。目尻がセクシーで、鼻の筋がこう、すいっとしてて、唇は薄くて広くて。
「…いい、ですけど」
僕は彼の顔を見ていられなくて、目をそらしてしまいました。目の前でその顔は、圧倒されてしまって。
「翔平くんすごく可愛かったよ。眠たそうなのに大きい目が、長いまつ毛を伏せてさ。白くも黒くもない肌がさ、うっとり赤くなってさ」
「あ、あのっ」
くらげくんの繋いでない方の手が僕の胸と脇腹で遊んでいます。やめろ。
「本当に翔平君は可愛いね。食べちゃいたいくらい。でも今食べたら、そのあと僕は寂しくなってしまうからね」
「お腹、触んないでください」
「やだなぁ、ここにいずれは私と翔平くんの子が宿るじゃない」
僕のなかなか貧弱な腕で、そこそこ普通なくらげくんの腕を押すけど、無駄な抗いでした。
「ぼっ、僕は男ですよ、」
「私は女に見えるだろう?」
「帰りましょう!」
ほら、って手を差し出すと、くらげくんは、にた〜と笑って手を取るのです。
「絶対翔平くんは僕を見捨てないから嬉しいよ」
「言ってなさい」