BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)
- Re: 蜜は豊かに下がりゆく ( No.12 )
- 日時: 2015/07/22 18:31
- 名前: 壊れた硝子と人形劇 (ID: XH8153kn)
くらげくんが僕の顔を凝視しながら、手だけを動かしているのです。ノートも見ずに、です。前はノートを見ずに計算しながら、僕の顔を眺めて妄想を膨らませたそうです。まさか、今回はな、と思い、声をかけた所です。
「翔平くんの顔を描いているんだよ。でも私は上手くないから翔平くんをそのまま描けないや」
「みせてください」
「完成してからね」
「すごく下手だったら怒りますからいまのうちに見せてください」
「怒られるから見せないよ。私の力量じゃ翔平くんは可愛らしすぎて描ききれないね」
「あの、気持ち悪いです…」
「うつむかないでくれるかい、描けないじゃないか」
僕は黙って顔を上げました。また、嫌味なくらげイケメンが視界に入るのです。女の子のようで、謎のぶち抜いた下品さを持つのです。ゲス度とはこのことを言うのだろうな、と僕は薄ぼんやり思うのでした。
「できたよ」
紙の中で薄っぺらく笑う僕は無駄にイケメンだ。
「翔平くんは繊細だからね、筆圧は薄くした」
「白黒写真みたいです」
タッチは雑。筆圧は普段強いくせに、絵を書く時は薄い。陰影もトーンを貼ったように均一で、非の打ち所もなければ、良の打ち所もないようなデッサン絵。それでも、普通より上手いのはわかる。
「翔平君も書こうよ」
「描けません」
「ここにペンギンを描いてみてよ」
くらげくんのノートの端を差し出され、僕はそこにペンギンを書いた。
「だめだね、こりゃ」
「だから僕は描けませんって」
「こらー、そんなことしてる場合じゃないだろこのホモー。宿題忘れたんだったら今のうちにでもしてろー」
細谷先生に怒られた。
今日は僕とくらげくんの2人しかいない。補習だ。くらげくんですら、やはりこの県一番の学校の合格は、落ちても違和感はないレベルだそう。僕は偏差値65くらいのところを目指してる、んだけど、ちょっと。
「私たちの美しい少年愛をホモなんて言葉にすり替えないでください」
「うるせぇお前らはまず勉強しろ」
そんなこと、心の底では2人とも分かってる。分かってるから、僕はだいぶ苦しい。彼はどうだろう。
「そうですね、とりあえず僕は宿題をします」
「翔平くん、絵がかけないからって!」
「ちっげーだろ」
高校も、違う。高校生になったら、塾は個人授業になる。僕らの接点は、なくなる。連絡先もわからない。心細さを混ぜ込んだ恐怖が身に迫っているのを感じたけれど、それを受験のせいにすり替えた。
その時お姉ちゃんは柄にもなくロマンチックで、月になりたいと言いました。カーテンを乱暴に開けて、12月なのに窓を開けて。
「誰かの光を受けて、光りたい」
僕はお姉ちゃんを愛しています。成績優秀で、美少女で、運動はそんなにできなかったけど、ひょうきんで明るくて、意外と気を遣う人なのです。
「お姉ちゃんは太陽だよ。皆を照らすから」
僕は冷め切ったミントティーを飲みました。スッとした匂いのせいで、喉が-5度になって、余計寒いです。
お姉ちゃんは急に言うのです。
「翔平、太陽ってガスの塊が燃えてるだけなのよ」
くれ、と僕のミントティーを指しつつ、お姉ちゃんはこっちを振り向きました。手元の受験勉強は、順調のようで。僕は二段ベッドの下から、のそのそ起き上がりました。
「そしてガスはいずれ無くなるのよ。生き物はいなくなるってさ」
「えっ」
「大丈夫、あと54億年は燃え続ける」
僕はホッとしました。死とか、世界の終わりとか、漠然としたミステリアスな恐怖は苦手なのです。
「太陽だと擦り減っちゃうじゃん、自分が」
「お姉ちゃん、利己主義だね」
「何言ってんのよ、ある程度は得しないと」
それもそうか。
「僕は何?」
「あんたはね、そうね、地球…地球ね」
地球。それほど環境は恵まれていないし、でも太陽の光を浴びれるならそれでいいかもしれないな、と浅ましく思いました。
「先寝るね」
「あっそう、おやすみ」
カツカツと規則正しいシャーペンの音が聞こえます。今は社会をしてるのでしょう。数学だったらこんなには手は動きませんから。
なんだか、寒い。僕は布団に包まります。自分が目が冷めたことに気づくと、僕は外がやけに明るいことにも気がつきました。ああ、寒い寒い。カーテンがなびいています。
あれ。
窓が開けっ放しになってる。
「お姉ちゃん、しめてよ」
ひゅうひゅう音がする。
ひゅうひゅう音がする。
ひゅうひゅう音がする。
いない。
お姉ちゃんがどこにもいないんです。
「お姉ちゃん、」
僕は窓に吸い寄せられます。
下を見ました。
ひゅうひゅう音がしていた。
お姉ちゃんは、真っ赤な血飛沫の真ん中で、良かった脳味噌を撒き散らして、大怪我をしていました。
54億年が、一夜で過ぎたのです。
太陽が、死んだのです。
意外に僕は冷静で、お母さんとお父さんに状況を説明して、とりあえず警察に行きました。お姉ちゃんは自殺したのです。ミステリーだと僕に容疑がかかるんだと思っていたけど、そうでもありませんてわした。だって先ほどまで勉強していたノートに、遺書が記されていたそうで。
僕はその日、お姉ちゃんのお葬式を思いました。割れてしまった頭は花で隠すそう。本心のところ、お姉ちゃんには白装束なんかじゃなくて、真っ赤なオートクチュールのドレスを着てもらいたかった。でもそんなこと言うと次は僕が死にかねないような気がしたから、もちろん言いませんでした。僕は代わりに、ボルドーのレースのドレスを着たお姉ちゃんの絵を描きました。知識の詰まった頭から、カメラフィルムや歯車が溢れて、スカートの真っ赤なフリルが大きく広がって、カラ元気の笑顔を絶やさないのです。
開けっ放しの窓から、ひゅうひゅう音がする。
お葬式は退屈で、僕は始めて着る制服が窮屈で仕方ありませんでした。入学式より先にお葬式で制服を着るなんて、と苦笑してしまいそう。
お葬式が始まる前に、お姉ちゃんの棺桶を見ました。
棺桶の中のお姉ちゃんは、真っ白な竜胆にかこまれて、真っ白な顔をしていました。
月だ。
真っ白な月だ。
太陽は月になったんだ。
炎の中で燃やされるお姉ちゃんは、太陽に食べられてる月みたいでした。
お母さんは泣き叫ぶようになり、お父さんは少しずつ痩せていきました。
僕はある夜、トイレに起きました。帰り道にお父さんとお母さんの寝室を通ると、すすり泣きと低い声が聞こえてきました。
聞き耳、立てました。
お姉ちゃんがまだ見えると嘯いて泣くお母さんを、お父さんが励ましているようです。厳しいお父さんだけど、すごく苦労もしてる。なんて感慨に浸ってたら、
「翔平が、頑張ってくれるよ」
声が、心臓を押しつぶしたみたいでした。僕は突然、後ろから何かが迫ってるような気がして、自分の部屋に逃げました。ベッドに逃げました。
怖くて、怖くて、かたかたかたかた震えて、残ったベッドの温もりじゃ足らなくて。
僕は自覚しました。
僕が、太陽になったんだ。
僕は本当に頑張りました。身を削って頑張りました。それでもやっぱり、元の太陽には届かないのです。周りの目が怖かった。星みたいにチロチロ光って、360度全ての方向から僕を監視するみたい。
今回のテストの結果も、芳しかったけど、完璧ではありませんでした。結果表を見た時の、二人の顔。「ああ、またか」って顔。僕は怒りを感じる余裕すらなくて、黙りました。
「翔平」
「何、お母さん」
「塾に行きなさい」
なんとなくこうなるだろうなあ、と予想はしていた。悪いことではないと思っていました。部活も、あんまり上達しませんし。というか、すごく嫌味な言い方だけど、皆のやる気がない雰囲気の中で、いくら練習しても強くなれないって、知ってて、そもそも僕が一番強くて、顧問はほとんど部活に来ない感じで、ダメなのは分かり切ってて。
でも、
なんだか、
ムカつきました。
星のくせに。
僕の光を反射して光ってるくせに。
母さんはいつもそうだ。お姉ちゃんが頭にいいことを鼻にかけていた。お姉ちゃんがいなくなったら、今度は僕なのだ。クラスメイトのお母さんが、僕のことを褒めるのを見て、勝手に喜んでるのだ。
「分かった」
お前んちの母さんは優雅だとか、優しいとか友達は言うけど、彼女はただの見栄っ張りなんだよと言ってしまいたいです。
星のくせに。星のくせに。僕の光を反射するしかできない星のくせに。
僕はきたない感情を抱えながら、部屋に戻ることにしました。
ああ、太陽らしからぬ、太陽らしからぬ。心臓が胸腔を叩いているみたいだ。むかむかする。プレッシャーを跳ね除ける方法が、僕にはもうこの方法しかない。情けない。