BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)
- Re: オリジナルBLの溜めどころ。 ( No.13 )
- 日時: 2015/07/23 15:18
- 名前: 壊れた硝子と人形劇 (ID: mJV9X4jr)
塾自体は案外、悪くないのかもしれません。少人数で、先生も東北大とか、お茶の水とか。塾生の実力はというと、どうかと思うけど。数学の授業もあと、五分。…この塾は毎度毎度延長するけど。
ああ、この子です。すごく面白い。数式を書く姿なんて、カンカンカンカン音がする(筆圧が強いのだろう)。
僕の隣にいつも座る、ボブヘアに尻尾を組み合わせた髪型の、女顔の。横顔も綺麗だけど、正面も綺麗。鼻が意外にすっとして、目尻が眠そうに曲線を描いていて。…正面?
僕は先生の話を聞きながら、ノートで筆談をすることにしました。
「あの、」
「何だい?」
意外ときたない字です。
「僕の顔に、何かついてますか」
隣に座ってて正面の顔が見えるなんておかしい…ですよね。
「何も?」
その子は嫌味なくらいににっこり笑い、ペンを走らせました。
「ちょっと夏くん、余所見しない」
「してませんっ、だってそこにゴキブリが」
「ひぎゃあっ!」
ゴキブリはちゃんと駆除されました。
塾から一歩出たら、後ろから声をかけられました。
「鈎取翔平君!」
高い声。さっきの、クラゲ君だ。赤間学園付属の夏服をきているから、きっと頭がいいんでしょう。
「なっ…なぁに?」
「珍しい名字だね!」
「うん…」
頭の中が「???」で埋め尽くされていて、僕は彼の言うことに頷いたり肯定したりしてるだけでした。出口まで出たところで、いきなり両手を掴まれました。
「翔平くん」
「はい?」
「私と、お友達からでもいいから付き合ってくれないか?」
「???」の頭が、突然「!!!」に移り変わりました。ビビってしまって、肩がビクッてしてしまいました。
「え…え?何…ですか?」
「だから、私と付き合ってくれる?」
「…男の人…です、よ、ね?」
「気にしナイツ!」
確かに、彼は女の子みたいだし、美人だなと思うけれど、それとこれとは別物です。
「それに何より、僕を見る君の目がうっとりしてる!」
「…ふぇ。」
「いつもの目もうっとりしてるけど、僕を見るときだけ一際黒目がちになってるんだよ!」
「…はぁ。」
今のうちに言い訳をしましょう。僕が疲れていたことと、彼が美しかったせいです。僕は毎日部活に勉強にボロ雑巾みたいになっていました。そしてその筆圧の強いクラゲ君は、シルクみたいにつやつやした肌をしながら僕に愛を囁いてくれるのでした。
「分かりました。」
僕は半ば腹をくくっただけで、その話を受け入れました。色々酔っていたのかもしれません。
あのときの彼の、嬉しそうな顔といったらなんでしょう。花が周りに咲いた、なんて陳腐な言い方ですが、周りに一気に光が差したともいえず、とにかく、むせ返りそうなほど眩しかったのでした。
「ありがとうっ!大事にするからね!」
「はい…」
僕らはそのまま駐車場まで歩きました。しかし、隣でルンルンしてるクラゲ君をみてるうちに、酔いが冷めてきました。脂汗が出てきました。
「あの、さ」
「何?」
言いかけて、僕は止まりました。ここでお断りなんて言えない、ホモでもなんでも僕のことを愛してくれる人はこの先いないかもしれない(遊びだとしても優しくしてくれるから嬉しい)。つまり別れると言う選択はできない。
…いっそ肯定してしまおうか。
今更ながら、ようやく僕は腹をくくり、顔を真っ赤にさせました。
「…よろしく、お願いしますね」
なんだか照れ臭くて口元がニヤついて、うつむいてしまう。でも相手の顔を見たくて、おずおずと上目遣い。クラゲ君は、目を見開いて、口をあんぐり開けていました。
「かわいい」
「えっ」
「かわいい!!!」
クラゲ君はぎゅっと僕の腕を掴みました。僕は圧倒されながら、こんな事が続くのも悪くないのかもなと少し思いました。
「翔平君のお母さんは迎えに来てる?」
「いえ、まだ、です」
「私の車に乗って待っていようか」
「えっ、でも」
「いいのいいの、遠慮しないで。誘拐なんてしないからさ」
「はい…」
僕は青のセレナに乗りました。
「ママ、この子が翔平くん」
「あら、可愛い子じゃない」
お母さんは、圧倒されるほど美人でした。クラゲ君に目はあんまり似てないけど(まつ毛が面白いほど長いところは似てる)、鼻筋や顎はそっくりで、肌なんてシミもそばかすも、ほくろすらもなくて、おいくつですかあなた。でもなんだか、ツンとしてそうなキツそうなわがままそうな美人。
「は、はじめまして…」
「よかったじゃない、こんな可愛い子。しかもノンケなんでしょ?あんたよくやったわぁ」
お母さんは、クラゲ君のが僕のことを好きだったのを知っていたみたいです。どうやら言い回しからして、クラゲ君は僕のことを前から好きだったみたいで、顔がボワッと赤くなりました。焦る彼を見て、僕は嬉しくってはにかんでしまう。
「あら照れてる。初夜なんてどうなっちゃうんかしらね」
「しょや?」
「ママ、翔平くんに嫌なこと吹き込まないで!」
親子のそこそころくでもないやりとりを聞きながら外を眺めていると、僕のお父さんの車が見えました。
「あの、僕、車が来たので帰りますね」
「お父さんに挨拶しに行かなきゃ」
いそいそとクラゲ君が用意をしています。
「あの、僕たち男だし、そもそも普通僕が言うもので」
言いかけると、クラゲ君ががっしりと僕の両手を包むように握った。
「大丈夫!許可は絶対に出ます!絶対に!」
笑顔なのに、妙な迫力があってすごく怖かった。
「あの、ありがとうございました」
「とんでもないわ」
クラゲ君のお母さんにお礼を言って、僕はセレナから逃げ出しました。
僕が父さんの車に乗ろうとすると、父さんは車にいませんでした。あれッと思って辺りを見渡すと、クラゲ君のお母さんにお礼を言っていました。僕も一応お父さんを追いかけました。
「わざわざすいません」
「いえいえとんでもないです」
微笑むクラゲ君のお母さんに、お父さんがペコペコしている。はたからみると、わがまま美人女優に嫌な仕事を持ってきてしまい謝りまくっているマネージャーのようです。クラゲ君にふっ目を向けると、クラゲ君はハッとした顔をして、大急ぎで車から降り、僕の手をさっきみたいに思いっきりにぎってお父さんに言い放ちました。
「お父さん、翔平くんを私にください」
ええええ待って待って。そういうのは僕がカミングアウトするものじゃないの。ああああ、お父さんがお母さんに告げ口したらどうしよう。お母さんはすごく僕にうるさいから。お父さんは僕にうるさくはないけど、流石に息子がゲイだと知ったら相談くらいはするんじゃないだろうか。
「あの、父さん、これ、これは」
しどろもどろの僕を見てお父さんは察したのかどうか、曖昧に笑って、クラゲ君のお母さんに「ありがとうございました」と言って、僕の手をひいてった。
沈黙。
車内沈黙。
僕は今すごく焦ってる。
いくら不可抗力でも付き合ってることは本当だし、断るほどの勇気なんざないし、成り行きで冗談のようなもので付き合い始めたなんて信じてくれそうもない。
「…あのな、翔平」
効果音をつけるなら、ビクウゥゥッ!!ってなるほどにびびって身じろいで、座席がガタンと鳴った。それでも僕はなぜか返事もしなかったので、恥ずかしさと気まずさが募る。
「…俺もあいつのヒスを起こさせる真似はしないから、黙っといてやるよ」
いい人。
離婚したら確実にパパについてくよ。
南赤間に向かう青のセレナは、混みやすい国道ではなく、ガラガラの田舎の裏道を制限速度ギリギリで走っていた。
「ねえ!可愛かったでしょ翔平くんアレでパンツノルディック柄なんだよ!」
「そうね、あんたには勿体無いくらいね」
「何を言う、私はかなり美形な方だと思うよ」
「私よりブスよ」
嫌な母親、と思いつつ、彼は翔平が座っていたところに転がり、においをかいだ。