BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)
- Re: オリジナルBLの溜めどころ。 ( No.14 )
- 日時: 2015/07/23 15:20
- 名前: 壊れた硝子と人形劇 (ID: mJV9X4jr)
「翔平くん、あのさ」
「なんですか?」
僕はくらげくんをみた。くらげくんは疑うような顔をしていた。
「翔平くん、私の名前、呼んだことないね」
僕の視界が、彼の顔から、僕の心の中に移りました。僕の心の中は真っ暗で、白い文字で色んな文字が書かれているのです。脳の温度がヒューと下がり、冷たくなります。
絶望。
「翔平くん」
今まで気づかなかったけど、もしかして、
「私の名前、しらない?」
目が、顔が、怖い。まるで視線で首を締められているよう。背中が恐怖でぞくぞくってします。
「…ごめんなさ」
「翔平くん、」
彼は僕の首をおもっきりつかんだかと思うと、その手を緩める。彼の細い指が喉を伝う。でも左手は首を掴んだまま。冷や汗が垂れた。
「名前ってのは、大事だよ」
くらげくんが僕の首の根元を爪痕が付きそうなくらい握りしめました。苦しくて苦しくて、頑張れば息ができるのに、できない。くらげくんの目に映る自分を見ると、頑張ってまで息をするのが馬鹿らしくなるのです。
短い間でした。ふっと、くらげくんが手を緩めます。僕は静かに呼吸をしながら彼の目を見ます。彼は、表情筋を一切うごかさず口の筋肉だけで次のように述べました。
「私が翔平くんを呼ぶとき、何も考えずに呼んでると思う?こっち向いてほしいなーとか好きになってほしいなーとかそんな薄っぺらいこと考えたり念じたりなんかしてないよ。自画自賛するようだけど私は、翔平くんと私を出会わせてくれたこの世の全てに感謝しつつ引き裂いたら何するか分からないよと脅しの気持ちまで込めていちいち呼んでるよ。翔平くんっていう名前の摩擦音の多さと翔平くんのか弱さを結びつけるために、はっきり言うのはもちろん大声で翔平くんっていうのも避けてるつもり。それをなんなの?エゴだっていうの?ああエゴさ。どう考えたって私の自己満だ。翔平くんの名前を呼ぶ程度で何をそこまでしてるんだ馬鹿なんじゃないかって人々は間違いなく言うだろうし私だってそう思う。けど、あまりに釣り合わないんじゃないかな。確かに私が翔平くんの名前にかける情熱は自分勝手なものだけど、翔平くんは私の名前すら覚えてないってのはあまりにひどすぎるよ。でも私はそんな翔平くんも好きだし、許せる。でもそれも嫌なんだ。妥協こそ人生を生きるテクニックなんて言う輩がいるけれど私は妥協は嫌だ。好きだし許せるど、本当にそのまま許してしまったら、私たちの関係っていうものは名前も知らないような関係になるだろう。小説だとかマンガだとか舞台だとかでそんな儚い関係もてはやされたりするけど、そんな儚い関係になるには、私から翔平くんへの愛があまりに重すぎる、濃すぎる。もし今翔平くんが交通事故か何かで死んでしまったら、私は自殺もできなくなるくらいに憔悴して病院で命を終えるかもしれないそのくらいに好きだ。金よりダイアモンドよりお偉い様の頭より堅い確実な関係を私は望んでいるっていうのに!」
僕はくらげくんの長い話を聞きながら泣いていました。
「…ひっぐ、ごめん、なさい、僕、おっ、覚えてなくて、ほんど、」
嗚咽が聞き苦しい。
クラゲ君は無表情でこちらをみています。
「でも僕、僕だって、すごぐ好きだから、それは、分かっで…」
僕は素直になって、泣きじゃくりました。不安で心の貯水ポンプの容積が縮小でもして、堪えられなくなって溢れてしまう水が目と鼻からダラダラダラダラ流れてくる。おもむろに、クラゲ君が僕の肩に手を伸ばしました。
「そう、それならよかった。ありがとう。いいんだよ。泣きながらそんなこと言ってくれるほど、翔平くんが私を好きなら。」
そのあと、くらげくんは、うっとりするようなため息と同時に思いっきり僕を抱き締めた。僕はずるずる泣いていた。
でもね、翔平くん。
くらげくんが、泣き止んだ僕にライムのケーキ(お母さんのお手製らしい)を取り分けながら言った。
「君が私の名前を知らないなんて当たり前だよ。私は君に一度たりとも名を名乗ったことはないからね」
「(゜Д゜)⁉︎」
「人がいい翔平くんのあたふたする姿を見たくて見たくて今日まで我慢してたんだ。本当可愛かった。」
「…」
「思い余って首絞めたけど、ちゃんと生きてるしね、よかったね」
「馬鹿」
「えっ」
「馬鹿」
「翔平くんもしかして怒ってる⁈」
くらげくんが僕の頬を両手で包んでくらげくんの方を向かせます。が、僕はくらげくんの手首を思いっきり掴んで捻りました。
「痛い痛い痛い!ごめん!ごめんね翔平くん!」
手首を離されたくらげくんが慌てて僕のお腹の部分をぎゅーっと抱き締めて、頭をぐりぐり僕に押し付ける。
「…翔平くん、抵抗しないの?」
「しましょうか?」
「いらない!全然いらない!」
僕の背中に顔をうずめる彼の頭を撫でる。僕も大概甘い。形は違えども、くらげくんと同等なくらい僕も彼のことを好きなのかもしれない。
「お名前、何ですか」
「蛍原夏樹」
蛍原夏樹。
「夏限定なお名前ですね」
「やっぱり今日は翔平くん辛口だね、ごめんね」
蛍原夏樹。
「ホトハラナツキ、ホトハラナツキ」
「そんなに言いづらいかい?」
「ホモハラナツキでいいんじゃないですか」
「やっぱり昨日のことまだ怒ってる?」
夏樹さんは心配そうに僕の顔を覗き込む。しかし、僕は彼のことをすっかり許してしまっている。だって、夏樹さんは僕にもっと愛して欲しかっただけみたいだから。しかしそんなことを言えば夏樹さんは調子に乗るので、わざとムッとした顔をする。
「ごめんって翔平くん」
夏樹さんが気まずそうに、ブラックコーヒーをずるずる飲みながら、「高校受験頻出暗記問題」を読んでいる。僕はカフェオレを飲みながら、「2015年版高校入試過去問厳選」を解いている。
「二高、前期どうでした?」
「落ちたねえ」
「そんな、結果も出てないのに」
「緊張してしてしまってね」
夏樹さんでも緊張することがあるんだなあ、と思う。でも私立の方は特待生で学費全額免除だし、そんなに大きな失敗はしていなかったのだろう。
「翔平くんは?」
「僕は後期だけ受けます」
真ん中の数をnとすると、上の数はn+6、したの数はn-6。こんな問題簡単でといてられない。僕は英語を始めた。
「御成敗式目」
夏樹くんが、突然一問一答を始めるのも、もう慣れっこだ。しかも記述式の一問一答だ。
「御家人に裁判の基準を示す法」
「御家人からの反発が起きなかった理由」
「当時の武士の慣習に沿っていたから」
「カフェオレちょうだい」
「どうぞ」
「間接キス、ふふ」
顔が赤くなるのを誤魔化して、むっとした顔を無理やり作る。
「ふふふ、翔平くんったら照れ屋さん」