BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

Re: オリジナルBLの溜めどころ。 ( No.15 )
日時: 2015/07/23 15:22
名前: 壊れた硝子と人形劇 (ID: mJV9X4jr)


時は三月十二日午後3時45分。黒沢を通りすがった地下鉄の中。僕たちと同じように制服を着ている中学生はもう地下鉄にはいない。(むしろ僕の乗っている車両に人が僕ら以外にいない)今頃殆どが合格発表の掲示板を見に行っているのだろう。
「…学ラン楽しみです」
「学院楽しみっていいたいんだね?」
地下鉄内で、僕たちは諦めがただよう会話をしていた。夏樹さんは相変わらず飄々としているふりをしていますが、しきりに自慢のおくれ毛を指に巻きつけている。僕の上下の歯が震えて、カタカタ音を鳴らしている。
「巣村中でも一高受けた人いるのに…落ちてたら……」
目の奥がぎゅん、と縮こまる。夏樹さんに見られたくなくてうつむいた僕の顔からポタ、と水滴が垂れた。
夏樹さんは僕に黙ってハンカチを渡す。桜の刺繍が施されていて、女の子らしいハンカチだった。ハンカチで目頭を押さえる。
「ごめん、なさい」
「いいんだよ。よければそれ、お守りにして持っていってよ」
情けない。ぐずぐずぐずぐず、まだ花粉の季節は遠いのに、鼻水と涙が出る。ティッシュで鼻をかみつつ涙を拭いても、間に合わない。
「翔平くん」
顔を上げると、夏樹さんが僕の首をつかんでキスをする。触れるだけの、慰めの。目をつむっているからわからないけど、僕の手からさりげなくハンカチを取り、キスをしながら僕の涙を拭く。
長い長い間。
鼻水が止まって、ハンカチから、スーッとするようなはっさくの匂いがした。
____間も無く、広瀬通、広瀬通_____
車掌の声が非情だ。広瀬通のホームの光景が流れていく。僕の口から口を離して、夏樹さんはリュックを背負う。手にある桜のハンカチを見てひらめいた僕は、トートバックを漁った。
「あの、夏樹さん」
「なんだい」
「持っていってください」
僕は、iPodを渡した。
「…なんでこれ?」
「いいですから、ほら!」
夏樹さんを押し出す。もう、地下鉄はきっちり止まってしまっている。乗ろうとしている人たちが待っている。
「連絡取れないよ⁉︎」
夏樹さんが振り向きつつ、僕に何度も確認する。ああ、もう、早く!
「じゃあ、駅前!」
「どこの⁉︎」
「早く!」
ドアが閉まった。


「…翔平くんったら。」
広瀬通のホームで、ただ私はつっ立った。手にしているiPodを握りながら。
そういえば、このiPodのイヤホンって翔平くんの耳に突っ込まれているものか…。
私はいつもの思考に戻って、イヤホンを耳の奥の奥の奥の奥の奥ギリギリまで押し込み、再生画面を開いた。


バスを降りると、すぐに一高が見えてきた。足は、スタスタ。歯は、カタカタ。膝も、ガクガク。
発表会場には、報道陣やベネッセのインタビュー陣どころか、中学生すら一人もいなかった。ちらちら一高生らしき人が見えるくらい。
僕は看板に寄った。見るのがものすごく怖かったから、遠目で、ゆっくりゆっくり近づいた。
2059、2060、2062。
「あ」
もう僕は手に力がはいらず、トートバックを落とした。サラサラ、小さな穴があいた柄杓から水が流れていくみたいに涙、涙。ハンカチで目を押さえると、スッとしたはっさくの匂いが、ふんわりと桜の香りに感じた。



泣いた僕を、一高生であろう人が昇降口まで案内してくれた。紙袋を先生に用意してもらっている間、その人は話しかけてきた。
「君、なんて言うの?」
「鈎取翔平です」
「翔ちゃんか。あ、俺は来年2年。豊川修介。君、俺の弟と同い年か。あいつ三高受けたんだよ。一高にはな、弟のお友達さんが来るんだよ。仲良くしてやってね。あ、ほら書類」
「ありがとうございます」
僕は修介先輩から書類を受け取ったが、トートバックに入れるには大きすぎた。しょうがなく両腕で抱くようにして持っていると、修介先輩がミカサを渡してくれた。
「使いなよ」
「悪いですよ」
「人の厚意は無駄にしない!」
「すみません、ありがとうございます」
受け取った青いミカサにトートと書類をまとめて入れ、校門へと向かった。
「入学式ん時返せよー」
修介先輩がそう叫んで手を振った。僕は手を振り返して、駅に向かった。歩く途中でふっと、いつものはっさくの匂いがした。


駅に着いた。既に4時半になろうとしているが、夏樹さんが来る気配がしない。もしかして聞き取れなかっただろうか。やはりiPadを渡すんじゃなかった。Wi-Fiがある所でないと使えないとはいえ、離れていても連絡さえ取れれば、と思ったところで、速い足音がこちらに向かってきていることに気がついた。僕は考える前に、両腕を思いっきり広げた。
どんっ、もしくは、がつん。胸、胴に思いっきり衝撃がきた。僕は夏樹さんともども倒れ、コンクリートにしたたか背中を打ち付けた。頭の無事を確認して夏樹さんを見やると、なにやら僕の胸に顔を埋めている。
「いったい、ど、どうし」
起き上がるにも起き上がれず混乱している僕はその時、落ちた可能性を考慮しない発言を瞬時に悔やんだ。夏樹さんは無表情のまま顔を上げた。目元が赤く、鼻水を啜っている。まさか。まさかまさかまさか。貴方、もしかして。
沈黙。そして少しだけ視線が痛い。
すると夏樹さんはにぱっ、と笑って
「受かった‼︎‼︎」
「勘違いさせないでください‼︎」
僕は夏樹さんをようやくはねのけて、立ち上がった。パタパタと砂を払う。すると夏樹さんは僕の一点をじっと見ていた。
「なにそのミカサ」
「豊川修介先輩に借りました」
「誰」
「一高で昇降口がわからなかった時に案内してくれた先輩」
夏樹さんは少しムッとした。少々の算段の末、僕は夏樹さんにハンカチを返した。
「…君、これぐしょぐしょじゃないか」
「すいません、泣いてしまって」
「いや、全然構わない、むしろ嬉しいよ。これは使わないで取っておこう。滲みた涙が乾かないように冷凍にしようか」
僕はそういいジップロックに桜色のハンカチを仕舞う夏樹さんを見た。相も変わらずだ。
「お守りになりました。ありがとうございます」
「てことは、君、受かったんだね?」
「あ、はい」
「よかった。ま、受からない気はしなかったけど」
「嘘でしょう?」
「ま、嘘でないと言ったらそれが嘘になるから、嘘にならないように嘘とは言わないよ」
回りくどい言い方をするときは、誤魔化すときだ。夏樹さんは今回も、言葉を雑に選んだのだろう。
「何か食べに行こうか」
「タリーズがいいです」



「翔平くん、私はマキアートだけなのに、よくパンケーキ頼めるよね」
翔平くんはきょと、とした顔で僕を見て、そしてパンケーキを切って笑顔で僕に差し出した。
「どうぞ」
まさか翔平くんから「あーん」されるとは思わなかった。私は不意打ちに悶絶しながらパンケーキをもらった。
「…やるね、翔平くん」
「え?」