BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)
- Re: 蜜は豊かに下がりゆく ( No.3 )
- 日時: 2014/10/13 13:34
- 名前: 壊れた硝子と人形劇 (ID: kix7MxaA)
「拓也ー!絢斗君が来たわよー!」
三井の母が三井を起こしたその一言で、下北と遊ぶつもりだった土曜日は、あっけなく潰れた。
もともと、母には友達と遊ぶとしか言ってなかったから、下北がこようと豊川がこようと、彼女にとっての認識は変わらない。
三井は下北に、急用が入ったと言った。電話の近くで話している母と豊川の声で全て察したようだった。
「そゆこと、なんで…」
そういったら、プープープーと電話が切れた。
「豊川、部屋行ってスマブラしようぜ」
「おう」
母と話すときは、学校で皆に向けるような笑顔を放つ。おそらく三井の以外には、それ以外を向けたことがないだろう。
バタン、ドアの音。
「何でこういうことするの…」
三井はドアを閉めてすぐ、床にへたり込んだ。
「三井が俺以外の誰かと俺抜きで会うとか、ないじゃん」
「学校で席離れてるのに」
「クラス一緒だから、俺はずっと三井のことみてる」
豊川は、三井を見下ろしてくる。後ろめたそうな、不満そうな顔だ。三井は気分が悪くなってきた。
「下北、今日のことで三井のこと嫌うかもね」
聞き捨てならないが、可能性は否めない。三井は俯いてしかいられなかった。
「俺の一番は三井だから、三井の一番も俺」
三井は、反論しなかった。できなかった。相手が下北ってだけで、自分にも当てはまるのだ。
「三井、三井…?」
三井は俯いたままだ。この状況を打破する方法を考えていたのだ。その沈黙が、豊川の心を爆発させるまで。
「三井」
豊川が思いっきり肩を掴む。ひゅって息を吸い込んだ。
怖い、怖いよ、豊川。
昨日までの自分の威勢が嘘みたいに消えて、三井はまっすぐ豊川の顔を見るしかなくなった。
やり場のない愛情が腐って、愛されない憎悪になった。
「俺は」
豊川が、鈍く苦しい重圧に耐え兼ねつつも、ゆっくり口を開いた。
「三井がいないと、ダメだ」
ああ、ようやく自覚した。
「どうしよう、俺後戻りできないよ」
乾いた苦笑だ。自重の笑みだ。
「三井、俺と、いてよ」
豊川が三井に抱きついた。浅ましくも、下北と同じ温もりを感じている三井がいた。
でも三井は、豊川を、抱き返さないまま、その両腕を投げ出していた。
「拓也」
名前で、呼ばれた。
「拓也、返事してよ」
「俺といてよ、って言ったから居てやったのに、今度は返事しろ、か」
「好きなんだから、どんどん欲しくなるもんだろ?」
三井にもその気持ちは痛いほどわかる。誰かを愛するときに、その誰かを渇望してしまうのだ。
「俺だって、いろいろしてあげたじゃん。ねえ、くれよ」
「してあげた?」
ダメだ、僕、やっぱり、ダメだ。
三井は両腕に力を入れ、豊川を突き飛ばした。力じゃ絶対三井の方が弱いのに、豊川は派手に後ろに尻もちをついた。
「僕は豊川にしてもらった覚えもしてくれと頼んだ覚えもないし、それでいい思いをしたこともないよ」
嘘だった。いい思いなんて何度もしてきていた。でも、この場合は仕方ない。仕方ない。そう自分に言い聞かせてる自分が、卑怯でたまらなかった。
豊川は黙り込んだ。さっきまで恐ろしいほどの力で三井を抱きしめていた両腕は、だらんとぶら下がった。
「俺は、どうすれば、三井に愛されるの」
愛されたいよ、とぽつりと言う。泣くことを必死で我慢している、潤んだ、高い、甘い声だ。
だめだ。だめだ。助けては。
「僕は好きな人を選べるほど、感情コントロール上手くないもん。豊川がなにをしたって、僕は豊川を愛せないかもしれないんだ」
三井は、冷たく、できる限り冷たくしたつもりだった。できない。三井の目の奥が熱を孕み、鼻の奥がぎゅん、とする。しかし啜ったらばれてしまう。
だめだ、だめだ、泣いてしまいそうだ。
「下北、死ねばいいのに」
「下北が死んだって、僕は愛し続けるよ」
何故か三井はそう確信している。故人を想っても辛いだけなのは、分かっていた。でも、もし、今下北が死んでしまったら、僕は気持ちも告げられなかったと、未練タラタラの数年を過ごして、気づいたらもう晩年になって、結婚なんて出来ない年になってるんじゃないかと、思う。
「下北が、最初から存在しなければ良かったんだ」
「…そう、かもね」
三井はそれには同意した。最初から存在しなければ、三井は無理して体裁を取り繕ってばかりだろう。豊川といつも比較されるから、見合うように努力しているのだろう。生徒会もイヤイヤながら受け入れただろう。その弱った中、豊川でも誰でもいいから愛情を向けられたなら、三井は喜んで甘受したことだろう。その方が、ずっと穏便にすむ。
そう分かってても、三井は下北に会えて良かったと思うのだ。
「豊川」
「なんだよ、俺、一応振られたんだぞ…」
豊川は泣いていた。いや、泣くギリギリ手前で止まっていた。
「豊川のこと、前よりは愛せるよ。下北ほどじゃないが」
豊川が三井だけに弱みを見せることに、三井は優越感を感じた。ああ、豊川はいつも完璧だから、俺にとって可愛げがなかったのか。
「そりゃ、ありがとさん」
豊川は、意外と振られると固執しない。いや、これは強がっているのか。涙目だし。
「Wiiしようか」
おずおずと尋ねる。言った後すぐ、なんて空気の読めない発言だろうと後悔したが、豊川は涙を拭って笑った。
「俺、スマブラがいい」
もう涙は流れなれちゃいなかった。