BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)
- Re: 蜜は豊かに下がりゆく ( No.9 )
- 日時: 2015/01/12 15:09
- 名前: 壊れた硝子と人形劇 (ID: 0xGRiuWU)
さっきの女の人は下北の姉だったらしく、下北が「仁香」と呼んだ。仁香は下北の頭をぽかりと殴り、豊川は下北から解放された。
二人は下北の家に連れて行かれた。下北の家の玄関の鏡の中の自分たちを見ると、青あざ赤あざ、切傷、豊川の首に軽い紫色の首輪、ワイシャツとスラックスは土まみれだった。
「ワイシャツとスラックスは二人とも玄関で脱いでってよ。下着てるっしょ」
優等生の二人はもちろん下に半袖短パンを履いていたので、脱いだ。豊川は一応ちゃんと畳んだが、下北はぐちゃっと置いた。
「うわー、豊川君引っ掻き傷すっげーのな。まず基熙は爪切りなさい」
仁香はよく喋る。豊川は、あ、はい、としか言えなかった。下北は黙って爪切りを手にした。消毒液がしみた綿がちくちくと傷口を指す。
「なんで喧嘩しとったん?私的に基熙結構クールだと思うんけど」
言えるわけがない。一人の男を巡って二人の男が対立してるなんて、女だったら美しい修羅場だが、男だったらせいぜい滑稽な悲劇だ。下北は相変わらずの、しれっとした美しい顔だ。
「あー、もしかして三井君?そういえば君、豊川っていうんだっけか」
「えっ。あ、えと」
下北は頷いた。下北はなんでも姉にいっているらしい。
「そうだね。しょうがないぜ。同情するぜ。でもある意味羨ましいぜ」
「え、仁香さん、は…」
仁香さんは、流石下北の姉と言うべきか、傍目に見ても綺麗だ(でも下北の方が綺麗かも)。髪も明るいし、ピアス穴らしきものもある、言葉も乱暴なので、遊んでるかと豊川は思った。
「ああ私?よくわかんないんだけど不良に見られてるらしくてさー。茶髪っぽいからかな」
よく見たらピアス穴に見えたものは薄い黒子だ。豊川は自分の先入観を恥じた。
「人の気持ちは難しいもんなあ、私も早くぼっち卒業したいぜ」
「はは…」
姉弟揃ってぼっちかよ。
「で、何だっけ」
豊川は一部始終を全て仁香にいった。仁香はその間ずっとガーゼを貼ったりなどして、顔に絆創膏を貼る時も豊川と目を合わせようともしなかった。下北は、パチンパチンと飽きることなく爪を切っていた。
「ほうほう、大変だったこと」
仁香は目の下の切り傷を消毒しながらいった。豊川は、両目をつぶっていた。
「最初は、豊川が悪いね!」
ふっと涙が零れるかもしれないから目をつぶっていてよかったと、豊川は心底思った。わかっていた。三井を無理矢理副会長にして、三井がいつもいつも目に隈を浮かべ、生きながら死んでるみたいな顔をしてたことも、三井が肩身の狭い思いをしてたことも、全部わかっていた。わかっていたが、やめられなかった。三井の取り繕った面以外を、独占していたかった。だから、下北登場のとき、三井への好意を思いっきりぶつけてしまって、困らせてしまったんだ。
目の下の染みる痛みがなくなったのを感じて、豊川はゆっくり目を開けた。少々視界は潤んでいた。
「なんだ豊川、泣いてんの」
「泣いてねーよ」
「ごめんマキロンつけすぎたかも」
豊川は下北のKYに呆れ、仁香の気遣いに感謝した。
「三井くんと豊川くんがさっぱりした以降は基熙が悪い」
豊川は下北の顔をちらと見た。下北は爪を切り終え、ソファに上半身を投げ出していた。
「ふられた相手と仲良くしたいとか、仲良いのはいいことだろうけどさ、豊川くんは基熙のこと大っ嫌いだろ。好きな人持ってかれたんだから。拒絶反応起こされるって」
仁香は思ったことをズケズケ容赦無く言う。少々豊川にも下北にも耳に痛かったが、この場合はその方がいいかと思われた。
「これからどうするかはあんたらが決めなさい。私は知らん」
仁香はそういって下北の治療にとりかかった。豊川を家に帰らせないあたり下北の姉だな、と豊川は思った。
「豊川」
「…何だよ」
「俺のこと、どう思う」
唐突に言われたって困る。
「自分を客観的に見て、どう思ってるか全て述べて欲しい。字数は問わない。」
こいつ論理的すぎるんだ。人間らしさとか思いやりとか気遣いとか、さっぱり見えない。
「さっきいったろ、大嫌いって」
「本当?俺のこと嫌ってなさそうだよ」
「は…っ?」
「豊川、もしかしてさ、意地で怒ってんじゃないの。違うの。」
豊川の頬がかあっと熱くなった。頭に血が上った。豊川はそっぽを向いて、拳を握って、声を低くして言った。彼も、もう今は下北を殴りたくないのだ。
「んなわけ、ねーよ」
豊川の目の奥がギュンとなって、鼻の奥がつまった。目の上の水の膜が厚くなったように見える。
三井を好きになればなるほど、下北が憎らしくなっていく。頭はどんどん熱くなっているのに、
「冷静になんか、なれないし…」
かすれ始めた小さな声で、でもしっかり聞こえた。仁香が包帯を巻いて、最後にギュッとしめる感覚が、それと不思議とリンクした。
「なれてるじゃん」
豊川は振り向いて、少し涙目で下北の顔を見た。
「冷静になれないって分かってるじゃん。もう冷静じゃん」
「お…おう」
下北の言うことは、わかるようでわからない。筋が通っているようでいないようだ。その上、空気を読まない(もう慣れ始めた)。でも、それについてわちゃわちゃいうのも気が引けた。
「繰り返すようだが、俺は豊川と仲良くしたい」
「…それを一方的に押し付けられても応えたくないんだよ」
「なんで?」
下北はこっちを見つめながら、ぱちと瞬きをする。本当に分かんねえんだなあ。本当に俺に好きになって欲しいんだなあ。馬鹿。
そう思うと、なんだか下北を甘く扱いたいと思う気持ちが、少しずつ湧いた。
下北に、考え方を合わせてあげよう。このままじゃ、解決しないから。
「俺は、三井を奪った奴として、お前のことを憎んでる。」
「好きでも嫌いでも、豊川が俺に執着してることには変わらない」
「お前はさ、セロリとプリンが同じだって言う訳?」
下北が詰まった。理屈を重ねれば、こいつは容易く論破できると、豊川は思った。
「やっぱりさ、俺は嫌いなんだよ。お前のこと拒否すんだ。」
仁香さんが下北の頬に絆創膏を貼ったのを最後に、救急箱を片付け始めた。
「お前はさ、なんで俺と仲良くしたいの?まさかマジで三井の好きなもの全部好きになりたいわけじゃないよな」
それに対する返答は遅かった。俺が下北の家のリビングに視線を泳がせ、恐らく仁香さんのものであろう雑誌が、1ヶ月おきに買ってあるなんてことを考えて、ようやく、下北は答えた。
「お前らが、欲しかった、のかも」
豊川は、目を点にして下北を見るしかなかった。
「お前ら二人みたいに、誰かとずっといたかったのかもしれない。お前らの中に入りたかった」
豊川は、阿呆のように口を開けたままでいた。
「…馬鹿じゃねぇの」
豊川は、笑ってしまった。
「俺たちに憧れてたのかよ可愛いやつめ」
「馬鹿、確かにお前ら二人に惹かれたけど、それ以上に三井に惹かれたんだ。」
「どういうところが?」
「お前の逆光で光れない。」
今度は豊川が詰まった。
「お前の反射でしか輝けない。それに満足できないまま、飢えている。それでも、光源のお前に嫌われないように必死。でも疲れて、疲れて疲れて、限界になって泣き出したらどうなるかな、って思った」
豊川の胸に、胸糞悪さが湧いた。それを押し殺し、おそるおそる聞いた。
「…どうだった」
「最高。あれで毎晩抜いてる。鼻水、涙でぐっちゃぐちゃの顔。少し上ずる鼻声、おえおえ、あっあって嗚咽。たまんない」
「お前の性癖なんて知らねーけど、三井にDVしたら殺す」
下北が苦笑した。