BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)
- Re: 体温 ( No.1 )
- 日時: 2015/03/14 13:19
- 名前: 緑紫 (ID: rb3ZQ5pX)
- プロフ: 三回も同じ話を書くハメになるなんて辛すぎる(二回データ消えた)
◆ プロローグ ◆
突然だけど、とある少年の話をしよう。
その少年は一人だった。いや、違う。他人から見れば一人だけれど、彼自身は自分が一人だとは思っていなかった。“それら”は自分達の姿が見える少年に付き纏った。だけど彼は何とも思わない、むしろ声をかけてくれる優しい人達だと思っていた。
少年は普通の人間とは少し———否、かなり違う。異常であると目を向けられるくらいに彼は非日常的で普通じゃあなかった。少年が見える“それら”は生身の人間ではない。普通の人間が見えないものが彼には見える。しかも見えるだけではなかった。彼は“それら”と触れ合え、会話をすることができる。彼にとっては普通の人間と何ら変わりないモノと毎日会話しているのだ。自分が異常だと、周りの人間から言われていることなど知りもしなかった。自分は普通だと、少年はそうずっと思っていた。
だけど“それら”と触れ合うとき、彼はいつも疑問に思うことがある。
———どうしてこの人達は、こんなに冷たいんだろう。
この世界の何よりも冷たく、背筋が凍るような感覚。ひどく無機質で、それが少し怖い。そう少年は思っていた。
◆◇
小学生。
三年生までは、少年は昔のように“それら”と過ごしていた。
四年生になって、ふと。彼は〝自分の空間〟から空を仰いだ。周りの人間に目を向けたのだ。彼らの目線は、瞳は、少年を軽蔑するようで———途端に気分が悪くなった。初めて〝他人の目線〟を知ってしまい、彼視界が狭まって、大量の汗が吹き出した。ぐるぐると視界が揺れる。そのまま少年は———床に崩れ落ちた。
意識が徐々に遠のいて行くなか、彼は思った。
———ずっと一緒に過ごしてきたこの人達は…
——— 一体何だろう。
◆◇
次に彼が目を覚ましたのは、学校の保健室でも病院でも自分の部屋でもなく、知らない一室の布団の上だった。ほんのり畳の香りがするそこで、ゆっくりと目を開く。
「…! 起きた?」
隣に人影が見えた。ゆっくりとそちらに目線だけでなく、顔ごと向ける。少年の母親だった。焦ったような、だけど安心したような顔つきで少年の方を見ている。
「お母さん」
そのままゆっくり上体を起こしながら彼は問うた。
「ぼくに見えているものは———何?」
母親は目を見開いた。
彼が自分の母親に尋ねたのは、ここはどこ、とか今何時、とかではなく。見えているものは、何だと。彼は真剣な眼差しで自分の母親の顔を見つめる。数秒、数分の沈黙が流れた。少年は母親から言葉が発されるのをただ待つ。
「幽霊———ですよ」
閉まっていた麩がゆっくりと開かれ、そちらに目を向けると、少年よりは五、六歳ほど年上と思われる人間が立っていた。にこやかに微笑んで、男にしては少し長いショートヘアくらいの髪を揺らす。それから後ろ手で麩を閉めて、彼は少年の母親の隣に座った。
少年はオウム返しで、「ユウレイ」と小さく呟いた。その瞬間、今まで一緒に過ごしてきた“それら”の存在を否定するような、そんな気がして少年はぞく、と背筋を震わせた。
「すみません、口を出してしまった」
彼は少年の母親の方を向き、謝った。彼女は「いいえ、いいんです」と言って微笑する。それから少年に向き直り、
「これからお母さんが話すこと、信じてくれる?」
少年に問うた。先程の迷っているような目ではない、真剣な表情だった。少年は頷く。母親はにっこり笑って少年の体を抱きしめ、また少年に向き直った。
「あなたには普通ではない霊感があるの。幽霊の姿が見えるだけじゃなく、幽霊に触れたり、会話まですることができる。だから幽霊はあなたにとって人間と全く変わらなく見えていたの」
うん、と少年は頷く。母親の隣に座った人は、無言で母親の話に耳を傾けていた。
「もっと早く気づいていれば、周りから何か言われることはなかったのに———ごめんね」
少し泣きそうになりながら彼女は言う。
「これを」
母親の隣から手が伸びてきて、少年はひんやりとした石のような何かを握らせられる。
「これは……勾玉?」
教科書か何かで見たことがある、その石をまじまじと見つめ、少年は訊いた。
「それを肌身離さす持っていて。家に帰ったら紐を通して首からさげられるようにしてあげる」
少し小さめで、綺麗な半透明。無くしそうだけど、紐を通してくれるならば心配はない。
「その勾玉を持っていれば、心配ありませんよ。余程強力な霊でない限り、姿はぼやけて見えますし、声が聞こえることもありません」
お守りとして、大切に持っていてくださいね、と。母親の隣に座った人は、少年の頭を軽くポンポンと撫でながら言った。
何だか今まで一緒に過ごしてきた友人に、何も言わず別れを告げるようで少年は素直に喜ぶことができなかったが、周りの人間の目線を浴びたくない、そう思って、彼は勾玉を受け入れた。
母親の手も、男の手も暖かくて、暖かいというのは生きている証拠なのだ、と。彼はそう思って、少しホッとした。
◆◇
それから二年。
母親に、転校した方がいいんじゃないか、と提案されたが、彼は小学校に通い続けた。卒業するまでずっと嫌な目線を投げかけてくる人間もいたが、大抵の人間は彼のことを気にしなくなっていた。気にしなくなった、というだけで、話しかけられることはなかった。
幽霊も、勾玉を身につけてからは黒い影のようなものが見えるだけになり、声も聞こえなかった。人間からも幽霊からも声を掛けられなず、一人になってしまったが、少年は悪い気はしていなかった。むしろ心地良い気さえしていた。
卒業式を終え、少年は母親と二人で並んで帰る。小学校から少年の家はそう遠くなく、徒歩二十分くらいの距離なので、すぐに家に着く。彼は制服を脱ぎ、ジャージに着替えた。この制服をもう着ることはないのか、なんて余韻に浸るような素振りも見せず、彼はそれを畳んでクローゼットの引き出しに仕舞った。それから真新しい中学校の制服を取り出し、ハンガーに掛ける。
中学はなるべく小学校が同じ人がいる所を避けたかったので、どうしようかと悩んでいたところ、携帯が光った。メールのお知らせだろうと思い、確認をする。差出人は柊桜夜———二年前、真実を知ったあの部屋で見た男であった。隣市にある、『柊神社』。自分はそこの跡取り息子だと、彼は言っていた。神社から帰る際、彼は少年に自分の携帯のメールアドレスの書かれた紙を渡した。
「携帯持ったら、是非登録して欲しいな。困ったことがあったらいつでも送ってきてください」
その次の日、何かあっては大変だから、と少年の母親は、彼に携帯を買い与えた。携帯といっても、スマートフォンとか立派なものではなく、いわゆる子供ケータイである。特にメールと電話しか必要としない少年にとっては、十分なものであったが。
件名は、中学はもう決まっているんですか?という題で、もしまだ決まっていないのなら俺が通っていた中学はどうでしょう、少しおんぼろですが霊は全然いないし過ごしやすいですよ。そういった感じの内容だった。バスに乗って通わなければならないし、時間もかかるということだったが、少年の母親はあっさりと承諾してくれた。
そんなこんなで、少年は、桜夜の母校へと進学を決めるのだった。