BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)
- The theatre of four figures ( No.3 )
- 日時: 2015/08/07 09:32
- 名前: 伊莉寿 ◆EnBpuxxKPU (ID: qrMs7cjz)
1*1.5:ある青年の心象
「君、どうしたんだい……?」
少年が顔を上げる。虚ろな目と疲れ切った姿は、アルフレッドの身体を突き動かすに十分すぎた。
痩せこけた中学生くらいの子供を抱きかかえてドアを閉める頃には、不審に思ったらしい酔っ払い3人が廊下までやって来ていて、一様に目を見開いていた。
ああ、変なの。アルフレッドは言葉をのみこむ。見てみたかった表情なのに、おかしいとは笑えなかった。
「あれ、アルフレッドってそんな趣味あったっけ?」
「違うよ、知らない子」
「なあ、そいつすっごい下りたそうにしてるけど」
「え、ああ、ごめん」
ギルベルトに指摘されて、身をよじる少年をそっと降ろしてやる。
案の定バランスを崩した彼に手を伸ばそうとすると、その体はアルフレッドから離れてフランシスの腕の中に収まった。
アルフレッドはのど元まで出かけた言葉を、失った。紫の瞳が冷たく光っていた。今度は彼が驚く番らしい。
空を掴んだ手のひらを握りしめると、フランシスはさっきまでの調子で言う。明るく、笑顔で。
「ねえこの子すっごい美人ー!」
「ええ? 趣味悪いわあ。怪我しとるやん」
「あ、マジじゃねえか。あと意識ねえやつのケツ触ってんじゃねえよ」
「アントーニョ、俺はね、この子の地のこと言ってるの! じゃあそういうことでお持ち帰りしちゃう!」
「「……えっ」」
若い二人の声が重なる。
待って。そう言いかけたアルフレッドの口はフランシスの左手で塞がれる。青い青い青年の目を見据えて、男は「シッ」と微笑んだ。
アントーニョは「阿呆やなあ」などと他人事と決めつけて、異を唱えはしない。
少年は、張っていた緊張の糸が途切れたのか、瞼を閉じて動かない、まるで人形のようだ。
「気いつけえや」
「はいはーい」
「……君、何考えてるんだい?」
眠りに落ちた少年を横抱きにして、ドアの前に立ったフランシスは、アルフレッドの質問に一寸止まった。
首だけ振り返り、彼が不気味と嫌う笑みで答える。
「一目惚れ、しちゃっただけ」
ぱたりとドアは閉まって。夜の闇に、大人が一人、子供を連れ去っていく。
残された沈黙を破ったのは、ギルベルトだった。頭を掻きながら、言葉を探していた彼の口がポロリとこぼす。
「なあ、本当にお前知らないのか?」
「知らない子だよ」
「でもあいつ……」
「知らないってば!」
思わず舌打ちを漏らした。腑に落ちないギルベルトも口をつぐみ、言葉を脳に閉じ込めて巡らせる。
無言で外に出て行ったアルフレッドの背中を、二人は一瞥した。
一人ずんずんと夜を進む。彼自身分からない。処理しきれない感情が募る。
渡したくなかった? 訳が分からない自身に振り回されるのも嫌だった。
ただ、ひとつだけ分かっていることは。
「あの緑の目は……気に食わないんだぞ」
彼の庇護から逃げたがった、緑の目。亜麻色の髪の幼い子供。顔立ちはどこか小さい頃のアルフレッドに似ていた。
左胸の奥でうるさい鼓動が、思考を邪魔する。誰かのせいでめちゃくちゃになった夜、何度目かの溜息をもらす。
見上げれば微かに瞬く星々が、夜空の寂しさを引き立てていた。
まだ、フランシスは車を運転しているのだろうか。あの得体のしれない、ストリートチルドレンかもしれない子供を、助手席に乗せて。
つまらない想像を鼻で笑って、星に祈る。別に彼のためじゃないとか、面倒事は嫌だとか、そういう言い訳と共に。
せめて、フランシスが狼にならないように、と。