BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

ふたりでいること 【Episode 17】 ( No.22 )
日時: 2017/02/18 14:01
名前: はるたに (ID: DSoXLpvQ)

     【Episode 17】





「幸せそーだな」

 笑い半分、呆れ半分の声で隼に言われた。なつきはそっぽを向き、唯はむふふと満足げに笑う。

「うっさいな」
「美味しかったよ、バニラ味!」
「なに食ったんだよ」
「アイスだよ、ハーゲンダ〇ツ!」
「はっ、ずりぃ! 俺も食いてえ! 今日の帰りに食いに行こうぜ!」
「帰りは唯とふたりきりでパイゼなんで」
「ずりぃ!!」

 ずるいばっかかよ。
 8月20日の正午。
 霧ッ乃中に在校していたとき、仲のよかった先生に昇降口を開けてもらって、なつき、唯、隼の三人は、校舎内に入っていた。音楽室に向かいながら、パイゼに行く行かないのことで揉めていると。
 遠くから複数のメロディが重なり合い、三人の鼓膜を震わせる。

「お?」
「真面目にやってるみたいだな」
「今年の3年は、あたしらのときなんかより、よっぽど真面目らしいよ」
「今年の3年はすげーなー」
「私たちがはっちゃけ過ぎだった、っていうのはあるよね……」
「あたしら、はっちゃけ杉田玄白」
「それは考え杉田玄白だろ」
「誰も回収してくれないよ、それ」

 音楽室はどんどん近付いてきて、合唱もどんどんは迫力を増してくる。
 とうとう音楽室前に着くと、ちょうどぴたりと演奏が止まり、先生の話し声が聞こえた。ソプラノのピッチが下がり気味だったから、そこを指摘されているようだった。
 先生の声がまだしているのに、隼は躊躇なく扉を勢いよく開けた。

「こんちゃーっす!」
「ちょっ……!?」
「隼くっ……!?」

 あまりにも予想外な行動に、なつきと唯はセメントで固められたように、硬直してしまう。
 だが、瞬く間もないほどの勢いで。

「うっさいわねェ!!」

 怒声が飛んできて、三人の肩はびくっと跳ねた。
 すごい剣幕でこちらを振り返ったのは、霧ッ乃中合唱部の顧問・伊月先生。吊り目がちな目をさらに吊り上げ、こちらを睨みつけている。
 だが、隼の姿を確認したからか、落胆したようにため息をついた。

「あんただったの……怒鳴って損したわ」
「久しぶり、せんせー!」

 まるで同級生と接するときのような軽さで、隼はあいさつすると、ずかずか音楽室に入っていく。そんなようすに、部員たちはくすくすと笑い声を立てていた。
 このやりとりは、現役時代はよくあったことだった。伊月先生のお気に入りの生徒は、たいていなにをしても許された。特に男子。いわゆるひいきだが、それに口出しする生徒はいない(口出ししたら最後、どうなるか……考えるだけで恐ろしい)。

「あら、なっちゃんと唯ちゃんも! はやいわねえ」
「練習聴いてみたいなって、思ったので……」

 唯が蚊の鳴くようなちいさい声で言うと、伊月先生は笑顔で手招きしてくれた。ここで、ようやくふたりは音楽室に入る。
 割と気さくな先生だし、ユーモアもあるひとだ。だが、よく分からないところに怒りのスイッチがあるため、いつ逆鱗に触れるか分からない。それが原因なのか、大半の生徒は、伊月先生と接するとき、かなり腰が低くなり、おそるおそる会話をする。

「向井先輩、平井先輩、吹屋先輩、こんにちは!」
「「「こんにちは!」」」

 なつきたちが全員、音楽室に入ると、部長が元気な声ではきはきとあいさつをする。それに続くように、部員たちもあいさつをしてくれた。三人はにっこりして、それに返事をする。

「「こんにちは!」」
「ぃよっす!」
「普通にしろや」

 なつきが肘で小突くと、隼はへらへら誤魔化し笑いをする。そのようすに、部員はまた、くすくすと笑みをこぼした。
 音楽室のすみにみっつ、椅子を並べて座り、集合時間になるまで、三人は後輩たちが指導を受けている姿を見ていた。