BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

ふたりでいること 【Episode 20】 ( No.26 )
日時: 2017/09/11 01:45
名前: はるたに (ID: XnbZDj7O)

     【Episode 20】





 ポイントを使い切ったところで、タイミングよく隼が来たらしい。正面に座る布擦れの音が微かに聞こえ、なつきはイヤホンを耳から外した。
 目の前の隼は、呆れとも、哀れみとも取れるような、なんとも言いがたい表情で、こちらを見ている。

「相変わらず好きだな」
「新しく入れちゃったんだよね、ゲーム。めっちゃ面白いの」
「どれよ」
「このRPG。ストーリーがやばい。語彙力を失うくらいに」
「常にないだろ」

 鉄板な会話で話し始めたふたり。なつきメインで話が進み、いつの間にかなつきが、隼にそのゲームをプレゼンしていた。

「んでね、人類滅亡の危機に立ち向かうわけさね」
「よくある流れだけど、設定面白いな」
「オススメだよマジで」
「家帰ったら入れとくわ」
「フレコちょうだいね」

 そこでようやく、なつきのゲームへの勧誘は終わり、携帯をテーブルに置く。そして、メニューを開くことなく、ベルで店員を呼んで注文を告げると、ドリンクを取りに立ち上がる。いつもの流れなので、隼はなにも言わず、スマホを立ち上げ、そちらに視線を落とした。
 ドリンクを取ってもどって来ると、隼が携帯を覗きながら、すこし口角が上がっているのが見えた。なにか見てニヤついているらしい。よほどイイコトなのか、ドリンクを片手に戻ってきたなつきにまったく気づく気配がない。

(きっっっしょい)

 思わず眉間にしわを寄せ、漠然とそう思う。友だちなのに酷いとか言われそうだが、スマホを覗き込んでニヤつくひとって、客観的に見るとかなり気色悪いし、不気味。
 乱雑にテーブルにコップを置くと、隼が激しく肩を震わせ、こちらを仰ぎ見てきた。

「な、なっ、なっ……!?」
「なににやにやしてんの、気持ち悪い」
「べ、べつににやにやなんか……っていま気持ち悪いっつった!?」

「酷ぇ……」とぼやきながら、椅子に座るなつきに、じっとりした視線を向ける。一方のなつきは、隼なんていないみたいに、なに食わぬ顔でドリンクを口に含む。その反応は予想の範囲内だし。
 スマホをかばんに入れ、隼はため息をついて。

「愛想がねえ」
「あんたに振りまく分の愛想は、持ち合わせてない」
「そういうとこだけどなー……まあいいか」

 がしがし頭をかくと、仕切り直すように隼はテーブルに身を乗り出す。心なしか、目がキラキラと踊っているように見える。なにかろくでもないことを言い出しそうな顔だ。

「なあ聞いた? 来週の土曜、演奏会についての説明あるって」
「えっ、ほんと?」

 ドリンクをあわてて飲み込み、なつきは隼を振り返った。
 なつきの目に映ったのは、さっきとは違って、小刻みにからだを震わせて、笑いを堪える隼の姿。まるで、新しいおもちゃのイイ使い方を見つけた、意地の悪いおとなみたいだ。
 からかわれている感じがして、なつきはどもる。

「な、なによ」
「いや、分かりやすい奴だなーと思って」

 喉の奥でくつくつ笑う隼は、さっきまで気持ち悪いひと扱いされて文句を言っていた隼とは、全然違う。ただ、いまのこいつも、スマホ見てにやにやしてたときと同じくらい、気持ち悪い。
 ふいっと顔を背け、なつきはむずがゆい感覚を押さえ込みながら、ドリンクをぐいっと飲む。
 ぐびぐびドリンクを喉に流し込むなつきに、隼はまた声をかける。

「会えるもんなあ」
「…………なに、悪い?」
「べつにぃ? でも、『説明あるらしい』としか言ってないのに、すげえがっついたよな。ほんとだいすきだな、おまえってば」

 ぐうの音も出ない。

「会えてないんだもんな」

 すべてを見透かすような、ねっとりした言い方が隼らしくなく思えて、たまらなく居心地が悪くなる。
 胸のなかで渦巻く不快感を、誤魔化すために飲んでいたドリンクもなくなり、なつきは空になったコップをテーブルに置く。

「…………うん。先輩たちが引退して、バタバタしてるみたいだし」

 隼とは目を合わせず、コップの底に視線を落としながら、唯とのやりとりを思い出す。
 最高学年になった彼女は、部内で特別な役割を担ったわけではなかった。しかし、元から誰かに、なにかに尽くすことに努力を惜しまない彼女は、最高学年として、部長・副部長のサポートや、顧問との中継をすすんで行っているらしい。おまけに、今度の劇では主役を演じるのだとか。
 忙しなく毎日を過ごす唯に、かんたんに「会おう」なんて言うのは、迷惑だと思った。

「相手を思いやる気持ちは分かるけど、お前はもちっと素直になったほうがいいんじゃね」

 そうぼやくように残して、隼はドリンクを取りに立ち上がる。

「うるさいね」

 もうドリンクバーコーナーに行ってしまった隼の背に、悪態をつく。
 ——いや違う。迷惑になると思ったとかじゃない。


 ——あたしはただ、言えなかった。