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- 文スレ 芥×国
- 日時: 2015/01/19 00:29
- 名前: 町田アリス (ID: a9k5YLK0)
ひゅうひゅうと、喉が鳴る。肺が潰れそうに痛い。こんなに息を切らして走るのはいつぶりだろうか。
もう既に疲れてしまって、足がもつれそうだ。けれど、走らなければならない。逃げなければならない。立ち止まったら、死ぬ。
「…っあ!」
ゆらりと黒い何かがうごめいた。顔面にむかってきたそれをすれすれで避ける。
後ろで縛ってある髪が切られたのか、ぱらぱらと髪がおちた。
黒いものを操る張本人、芥川はまだ、自分を追ってくる。泥沼のように光のない瞳がまだ、追いかけてくる。
「国木田。僕とて鬼ではない。あの方の場所を言えば、五体満足で帰させてやる」
「断る!太宰の場所を聞いてどうするのだ!」
「お前には関係ない」
先刻までとは比べ物にならないほど早い動きで黒いものは国木田に襲いかかる。
国木田はとっさに身体をひねらしてそれを避けると、また走り出した。
まずは今、人通りの多いところに出るのが先決だ。自分の能力では芥川に対抗できない。そうわかっているからの行動である。
芥川は太宰の居場所を知りたがっている。教えてしまえば、太宰が、危ない。それだけは絶対に避ける。
自分がなるべく遠くに行けば、太宰との待ち合わせ場所は安全だ。だから、今はなるべく遠くに。
ただ、疑問に思うことは、なぜ芥川は太宰と自分の待ち合わせ場所を知っていたのだろうか。
国木田と太宰は待ち合わせをしていた。次の仕事の調査をしよう。と、太宰がもちかけたのだ。
昨日のことである。どう考えても、芥川がその情報を手に入れることは不可能に近い。
いや、ただの偶然なのかもしれないが、偶然にしてはできすぎているのだ。
それにしても何故、芥川は賞金首の敦の居場所でなく、太宰の居場所を知りたがるの
しかし今はそれらのことを深く考えている暇はない。
この道からどうやって人通りの多い、ある程度安全な所へ行くか、
必死に頭をまわしているところなのだ。どうすれば、どうやれば、思考だけがぐるぐるまわる。気が付くと、
目の前は行き止まりになっていた。どうやら道を間違えてしまったようだ。
———これはまずい
幸いにも、芥川はまだこちらに追い付いてはいないようだ。けれど、また下手に引き返してしまうとあの能力の餌食になる。
「ふはっ…これは腹をくくるしか、無いようだな。全く、俺の手帳にはそんなこと、書かれていないのに」
足音が近付いてくるのがわかる。間違いない。芥川だ。
国木田は荒くなった息を整える。芥川はもう、目の前にいた。芥川は自分の能力を発動させながら国木田に問いた。
「…あの人の場所を言え」
沈黙。
「二度は言わない。吐け」
一呼吸の沈黙のあと、国木田はゆっくりと口を開いた。
「断る」
次の瞬間、小さな暴発音と共に白い煙が辺りを包んだ。
国木田は芥川が怯んだ瞬間を盗んで一目散に走り抜ける。
国木田の能力——独歩吟客。手帳の頁を別のものに変える能力。
それを使って芥川の目眩ましができるような煙幕を出したのだ。
辺りが白煙に包まれるなか、芥川はその中に取り残されてしまった。
国木田は逃げる。振り返る暇もなく走った。暫く走って、また足がもつれそうになったところで足を止めた。
もう少し、もう少しすれば、人通りの多い街角へ出ることができる。
そうすれば一応、追ってくることはないだろう。それに、太宰を芥川から離すこともできた。万々歳だ。
安堵からか、大きな溜め息がひとつ、こぼれた。
しかし、その一瞬の気の緩みが命取りとなった。
何かに後ろから引かれ、国木田は仰向けに押し倒された。
背中にぞわぞわと寒気がする。この感情は嫌悪ではなく、
恐怖。
起き上がろうとした国木田をまた別のなにかが押さえつけた。
こんなことをする奴は一人しか思い付かない。
「っ、芥川!」
芥川が、また泥沼のような光のない瞳で国木田を見下ろしていた。
「煙幕など、姑息な手を使ってくれたな。お前」
「逃げることに姑息だ卑怯だなどない」
「結果逃げきれなかったがな。しかし、ここまで僕から逃げた褒美だ」
ぎり、と、国木田を押さえつける力が強くなる。
「じっくり、なぶり殺しにしてやる」
全身の毛が立つような感覚がした。本能が告げている。逃げろ、殺されるぞ。逃げろ。
けれど無情にも国木田は芥川の能力によって押さえつけられていて、逃げることなど無理だ。
国木田の呼吸が乱れた。疲労ではなく、恐怖からの乱れ。
すると突然、右の肩の骨がごきりと悲鳴をあげた。
「っ、あ゛あ゛あ゛ぁ゛ああ!!!!」
「暴れるな。上手く、外せないだろう」
そういってまたもう一方の肩も。国木田は痛みから悲鳴をあげる。
芥川は国木田に指一本触れていない。その気になれば、いつだって国木田の首をかききれるのだろう。
こほ、こほ、と、小さく咳をした芥川は、じっ、と国木田を見下ろして言った。
「……そこまでして、あの方の場所を言わない理由はなんだ」
「貴様には関係無い…、さっさと離せ。糞餓鬼」
国木田は負けず芥川のことをぎろりと睨み返す。
次の瞬間、国木田の頬に衝撃が走った。口の中が切れたのか、血の味が口のなかに広がった。
「どうやら、早く死にたいようだな」
上にのしかかる力が強くなる。外された両肩が痛んだ。目の前の景色が歪む。
ここで死んだら…探偵社はどうなるだろうか。それより、自分の死骸は残るのだろうか。
太宰が入水したとき助ける人間はいるだろうか。
不意に足が浮かぶ心地がした。黒いものによって持ち上げられたのだ。首を締め上げられ、喉から悲鳴が漏れた。
「…!ぁ、かはっ、が…」
「苦しいか?」
「あ゛っ、ぅうぁ…あぁ゛!」
「…、最後だ。あの方の場所を言え」
「 ……っ断る!」
「そうか」
ゆら、と黒い影が揺れた。
ああ、これで殺されるのかと国木田は悟った。景色がゆっくりと進むように見えたけれど、走馬灯が走ることはなかった。