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- 月の見えない部屋【文スト あくただ】
- 日時: 2016/06/25 22:26
- 名前: 緋雪 (ID: ejGyAO8t)
あくただ小説
太宰さんのマフィア離脱前夜です
ストロベリームーンから着想しました
事後っぽさが少し香ります
- Re: 月の見えない部屋【文スト あくただ】 ( No.1 )
- 日時: 2016/06/25 22:32
- 名前: 緋雪 (ID: ejGyAO8t)
月が綺麗な宵だった。
地平線近くを赤く染め抜いた月が暗い夜道を照らしていた
1日の任務を終え歩く帰路の途中、
ふと美しい物を見る時、隣を歩く彼の人はどのような顔をするのかと思い立った
そっと彼の人を見上げれば、その視線ははるか地平線近く
やはり、太宰さんも月を見ている。
赤く照らされたその横顔は酷く儚げで、普段の冷静にして冷酷な最年少幹部の表情は見る影もなかった
眼前に広がる、絵画から切り抜いたような光景に暫く物云えずにいると
彼の人、太宰さんが視線だけをこちらに向けて口を開いた
「私の顔に何かついているかい…?」
慌てて否定しようと試みるも、月を見ていた貴方に見惚れていたとは云い難い
苦し紛れに
「美しい月ですね」
と口にすれば太宰さんは幾分目を見開いてから、少し意外そうに言葉を吐いた
「芥川君でも、そんなことを云うんだねえ」
「僕には不似合いだったでしょうか…?」
確かに、普段の己を考えると少し無理な云い逃れだったかもしれない
「いやいや、不似合いではないのだけれどね…君は以前から『僕は感情に乏しい』と口にしているだろう?、だから少し意外だったのだよ」
成る程、確かに以前は己が内に感情など殆ど存在しなかった
あるのは稚拙で歪んだ、
それでいて怒りと呼ぶにもいささか似つかわしくない、矛先を見失い燻る炎だけであった
しかし、いまは
今は、太宰さんに認めて欲しくて
太宰さんが自殺未遂を行えば胸が痛んで
それが見知らぬ女人とであると尚、腹立たしくて
それなのに『死に損なった』と泣きそうな顔で微笑まれると怒りなど消え失せて
後に残るのは、言葉に表せば白けてしまうような切なさで
思えば自分はいつからこんなにも思い、願い、欲深く欲するようになったのか
少なからず、己が内の感情は以前とは比べ物にならないほど色付き
その色を与えたのが他でもない目の前で微笑む彼の人であることはわかる
僕は乾涸びたスポンジだ
無知で空っぽ、そして際限なく吸収する
いつか、彼の人から全てを奪い去ってしまうのではと時折息が詰まりそうになる。
太宰さんは何も云えないでいる僕をちらりと見遣り、おもむろに口を開いた
「美しい、なんて言葉ではなく、もっと簡単に云ってくれてもいいのだよ?」
簡単、とは如何なる意味か
わからぬまま尚も立ち尽くす僕の顔を太宰さんは覗き込み、ふふっと小さく笑った後
軽やかな足取りで1、2歩進み外套をはためかせてくるりと振り返った
「綺麗と、月が綺麗だと云ってくれ給え
そうすれば私は
"死んでもいい"
と答える」
一瞬、息をするのも忘れていた
言葉を継ぐことが出来なかった。
其の真意を窺い知ることは出来ない、しかし
彼の人の表情は戯けたようなソレではない
本当に、死んでしまうのではないかと思った
声も出せずに佇んでいる僕を見遣ってから
太宰さんは少し悲しげに目を伏せて
僕の元に戻って来た
「ほら、そんな顔しないでくれ給え」
そう笑って、僕に前に進むように促した
帰ろう、そう小さく呟いた
彼の人の声は震えていた。
帰るべき場所に辿り着くまで
何方もなにも云わなかった
元来、太宰さんは深夜遅くまで僕の部屋に居る事が多かった
本人曰く、自室に一人でいるのは退屈で幹部に充てがわれる執務室にいるのは窮屈なのだという
彼の人は僕の部屋で何をするわけでもなく、ただくつろぐことが多かった
心地の良い沈黙、
相手がどう思っているかまでは知り得ないが、僕はこの時間が好きだった
しかし、今日ばかりは息苦しい
窓の無い暗い部屋で、ふとまだ月は見えるだろうかと思った。
太宰さんに、月を見ながら何かを云わねばならないと強く確信していた
しかし、手を伸ばせば届きそうな彼の人は心、此処に在らずといった様子で
やはり今すぐにも消えてしまいそうなほど儚げだ
おもむろに太宰さんが立ち上がった
反射的に僕はその手を掴んだ、
指を絡め取って強く握った
『どうか、
死んだりなどしないでください。』
そう、切に祈りながら
朝、目が覚めると眠りにつくまであった温もりは部屋になかった
普段であるならば気にも留めない事がやけに目に付く
変な胸騒ぎを覚えて、僕は携帯電話を手に取った
電話を掛けようとすると画面に新着メッセージを知らせる印がついている
慣れない手つきで其れを押すと其処には本文がなく件名すらない簡素なメールが一件。
〈差出人:太宰さん〉
開封すれば文学研究の学会のホームページへとつながるURLが添付されていた。
覚束ない手つきのままクリックする、なんの変哲もないそのホームページのある一点に僕の瞳は硬直した
【 I love you なんて 月が綺麗ですね。とでも訳しておけ】
【 I love youへは死んでも良いと答える】
己が無知を呪った、
震える手で太宰さんへ電話を掛けると、電源が入っていないか電波の届かない所にあるとのアナウンスが流れた
月どころか、太陽も
陽の光も当たらぬ部屋で
僕は声を殺しながら泣いていた
皮肉にも、太宰さんから
彼の人からまた新しい感情を享受されたのだ
この感情はいつか、
そう遠くない将来に必ずや憎悪や嫉妬に変わる確かな予感を孕んでいた
それでも、太宰さん
昨晩の月は口に出すには白々しいほど
あんまり綺麗で、美しかったのです。
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