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- 罪の名のエーテル
- 日時: 2017/02/03 01:44
- 名前: 夢野ぱぴこ ◆IvIoGk3xD6 (ID: cTS7JEeA)
2/3 複雑・ファジー板に移転しました。
- Re: 罪の名のエーテル ( No.1 )
- 日時: 2017/02/03 01:01
- 名前: 夢野ぱぴこ ◆IvIoGk3xD6 (ID: cTS7JEeA)
どうしても知りたいことがあった。
目の前に広がる人の波を掻き分けながら、私は彼の名を呼んだ。彼、芹野奉一はどこに行った。またどうせ、今日も音楽室でサボっているのだろうけれど、でも、まさか、自分の卒業式に出なかったなんてことはあるまい。しかしながら、彼は気分屋の頂点のような存在でもある。思考が絡まり、体も人間の塊に押されて、気持ちが悪くなる。なぜ、卒業してもなお、私は彼の事を気にかけているのか。自問自答したくなる気持ちを飲み込んで、舌打ちと一緒に吐き出した。
楽しそうに写真を撮る卒業生、その中に私はいない。芹野奉一もいない。私たちはイレギュラーであり、楽しそうな人間にはなれずに、脆い青春を終えたのである。茶色の髪を巻いて、長身の男と腕を組む彼女にも、冴えない同士が集まっているグループに存在している彼にも、彼らなりに人生があって、目が眩むほど嬉しいことも、死にたくなるくらいの悲しいことも経験している。だけど私たちは、自分の人生は尊重する癖に、他人の人生はさして見ていない。ある時は自分が一番幸せだと、ある時は自分が一番不幸だと思いこむ。それが世界規模にまで至るから、人間と言う生き物は傲慢である。「私が世界で一番不幸」と語るメスが大嫌いだよ、と、芹野奉一は八重歯を見せて笑っていた、あの音楽室を目指す。
桜は咲き乱れ、そして散る。窓から見える光景は、その時だけ、私に青春と言うものを感じさせる。私の青春の日々はちっとも綺麗では無かったが、グラウンドとか、誰も居ない教室とか、そんな青春の切れ端みたいなものにノスタルジーを感じるのは、もはや日本人の特性なのだろう。思わず立ち止まってそれに見とれてしまう事も、そんな私がドラマのワンシーンみたいだと我ながら思ってしまう事も、当たり前の事なのだろう。
そして、それを邪魔する存在の声が降ってくる事も、当たり前の事なのだ。
「……浸ってんの? 大して高校生活に思い入れもないくせに。一過性の、卒業っていうイベントが持つ特別感に、あぁ今までのゴミみたいな生活も、悪くはなかったな——とか思ってる?」
階段の途中にいた私を、上から見上げる存在がいた。その妙に鼻につく、とても語彙を捨てた言い方をすればムカつく声は、間違いなく芹野奉一だった。
私は顔をあげた。そうしないと彼が見えなかったからだ。階段を登り切ったてっぺんに、彼は、芹野奉一はいた。さらさらの黒髪を靡かせ、着崩さずに着ている学ランの右胸にはピンクの花飾りが光っている。こんなおめでたい日にも、芹野奉一の目には生気はない。真っ白な肌を、窓から入る陽に透かして、私を見下して笑っていた。
彼は突然やってくるし、気配が無いから気付かない。私はドラマのワンシーンごっこを見られた羞恥心なんかよりも、彼に聞きたかった最後の問いの事で頭がいっぱいになっていた。
「芹野、ねえ、香月に告白しなくてもいいの?」
私の声が、誰も居ない階段に響く。芹野奉一は、そんな私を見て、ふっと微笑んだ。
「しないよ。迷惑でしょ、最後の思い出が僕なんかじゃ」
□
第一話 「追憶のノクターン」
- Re: 罪の名のエーテル ( No.2 )
- 日時: 2017/02/01 02:31
- 名前: 夢野ぱぴこ ◆IvIoGk3xD6 (ID: cTS7JEeA)
芹野奉一と初めて会ったのは、音楽室だった。芹野は別にピアノが弾けるわけでもなく、音楽的なことに詳しいわけでもなく、ただ「日当たりが良くて、昼寝に心地いいから」という理由で音楽室に入り浸っていた。
私も同じような理由で、ここに来た。ふつう、素行不良で、あまり授業に出たがらないような生徒は、旧校舎や更衣室、あとは保健室に行きたがる。特に保健室は、いつも最適な温度が保たれているし、スマホも弄り放題だし、不良にだけなぜか優しい養護教諭と他愛無い雑談を交わすこともできる。音楽室は、私や芹野のように、そんな奴等とはわかりあえない人間のためのサボり場だった。もっとも、昼休みや放課後は吹奏楽部の生徒が何人か来てピアノを弾いたり楽譜を読んだりするので、授業も入っていない、今日のような、例えば水曜日の五時間目とか、本当に限定された時間しかここには居ることができない。だから、音楽室をメインのサボりスポットとして利用する生徒は、芹野以外には居なかった。
彼は、とても嫌そうな顔をして、私に言った。
「ここ、俺の場所なんだけど」
いや、ここ学校でしょ、と言い返したくなったが、生憎私は初対面の人間に対して強く出れない性質である。
でも、その日私は特別に落ち込んでいた。例えるならば、欲しかった玩具を与えられて、喜んでいたら、またすぐに取られてしまったような気持ち。与えられた現実のあまりの理不尽さに、思いっきり怒り散らしたかったのだ。だから、私の前に立っている、このやけに整った顔立ちをしている男に、「俺の場所」なんて言われたくらいで、はいそうですか、と食い下がることは出来なかった。
彼の名前は知っていた。A組の、芹野奉一という男だった。
この学校には特別に進学クラスが設けられており、私たちのように、高校に合格しただけで満足し、ここから頑張る気がない馬鹿どもとは違って、きっちり大学受験に向き合いたい真面目な生徒が集まっている。高い進学率を叩きだす教師をつけて、土日も定期的に補修を行っているらしい。芹野奉一は、その進学クラスの中でも、一番か二番目に成績が良い優等生だ。私のクラスの女が、「A組の芹野くん」の話をしているのを、何度か小耳に挟んだことがある。こんな平均よりも勉強ができないと世間に認識されている高校で、模試の得点率は九割を記録し、有名な国立大学に進学するのだろうと誰もが思っている。私もそう思っていた。だから、この高校三年生の十二月と言う大事な時期に、こんなところに居るとは思わず、「芹野だっけ?」と第一声、私は切り出した。
「……そうだよ、芹野だけど」
「私、E組の渡瀬みなも。あんたの邪魔はしないから、今だけここに置いてくれない? 今授業なんか出たら、死ぬ」
その場しのぎの笑顔を張り付けるのは得意だった。敵意むき出しの芹野に対して、私は精一杯の営業スマイルを浮かべる。これで断られたら、もう荷物を取りに行って家に帰ろうと思う。それほどまでに、私には居場所が無い。
そう考えると、これが最後の賭けのように思えてきた。芹野に拒絶されたならば、私はこの学校のどこにも存在してはいけない事になる。「存在意義が見いだせない」を通り越して、「居るだけで迷惑」に成り下がってしまうのだ。急にそれが、切なくて怖いことに思えてくる。初対面の人間に、何を期待しているのだろうと心の中でどこか冷めていながらも、優しくされたい、という気持ちはそこにあった。
少しの沈黙が、とても長く感じた。拒絶するならしてくれと、心の中で言う。そして、彼は口を開いた。
「……勝手にすれば。俺に話しかけたら殺すけど」
ひらひらと手を振って、芹野はくるりと私に背を向ける。そして、自分の定位置らしい窓側の、一番ストーブに近い席に座り、私の存在なんか最初からないかの如く、スマホを取り出して画面に指を滑らせ始めた。
私は途端に安堵し、ありがと、と返して、まあ彼から反応はなかったが、グランドピアノの椅子に座った。私は幼いころピアノを習っていたことがあって、簡単な曲ならここですぐに弾くこともできる。小学生の頃、ノクターンが好きだと言ったら、カノンやトルコ行進曲を弾いていた当時の級友に暗いと馬鹿にされて、そんなんだからあんたの性格も顔も暗いんだ、とまで言われて、それに無性に腹が立ち、ピアノを習い事として弾くことはやめてしまったが、家電量販店で電子ピアノを見つけたらよく触っていたし、中学生の時も、音楽室でピアノを弾いたことがあった。
今はまさにノクターンの気分だった。スマホを眺めたり、かと思えば外を見たりする、暇そうな芹野を驚かせるためにも、少しだけ弾いてみたかったが、「邪魔はしない」と約束してしまったから、私は大人しくしているしかない。教室に戻るよりは全然マシだが、暇で仕方なかった。鍵盤の数を数えてみたり、ペダルを適当に踏んでみたり、芹野と同じく、意味のない行為を繰り返していた。
「……ワタラセも、サボる時は保健室には行きたくないタイプの人?」
十五分は経っただろうか。話しかけるなと言ったくせに、自分から話しかけてきた。この時点で私は、芹野の事をかなり気まぐれな人物だと認識するわけだが、いかんせんあまりにも暇すぎたので、喜んでその話に乗ることにした。机に頬杖をついて、退屈そうに私を見る瞳には驚くほど生気がなく、薄い唇も白い肌もあいまって、とても不健康そうだった。
「そう。あんなとこ、不良の集まりだしね。勉強もしたくないし、思いついた場所がここだったってわけ。芹野が居たのは、予想外だったけど」
ピアノの黒鍵に目を向けながら、私は言う。芹野は「ふーん」と、つまらなさそうな相槌を打ち、また自分の世界へ戻っていった。置いてあった黒のシンプルなリュックから、購買で売っているメロンパンを取り出して、その封を開ける。
私はこれで会話が終わり、また暇な時間が始まるのが嫌すぎて、咄嗟に次の話題を出した。
「芹野は、なんでここにいるの? 大学は? 私はさっさと就職決めちゃって暇だけどね」
「話しかけるなって言っただろ、殺すぞ」
「じゃあ殺してみなよ、退屈するくらいなら死んだほうがマシ」
八割くらい冗談で、二割くらい本気だった。退屈するなら死んでやるわ、と私はもう一度繰り返し、グランドピアノの隙間から、彼に笑いかけた。
「……めんどくさい女」
向こうから、そんな声が聞こえてくる。言うだけ言えばいい。気分が良くなって、理不尽な現実に嫌気が差していた事実もどこかへ消え去って、私はついにノクターンを弾き始める。芹野はそれをどうでもよさそうに眺めていたが、やがて何かを口にするのも諦めて、代わりにその大きなメロンパンを少しずつちぎって口に放り始めた。
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