複雑・ファジー小説
- Re: 吉原異聞伝綺談 ( No.27 )
- 日時: 2011/03/19 16:23
- 名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: 9nPJoUDa)
- 参照: 自暴自棄自己中心的(思春期)自己依存症
◇
遊廓の割には、妙に閑散としていて不気味であった。ひょこりと扉から顔を出したチェンはキョロキョロと見回す。……人気が、無い。
「ダァレも居ないじゃねえの」
「————ッワァ!なんだよ、急に声出すなって!!」
チェンの肩付近で発生した嗣に驚いたチェンは転倒しかける。よろめいた躰に繋がる腕が誰かに掴まれ、倒れはしなかった。無表情の琳邑がチェンを支えている。
「大丈夫?」
折れそうなくらい細い声がチェンに訊ねる。少年は声は出さずにこくりと頷いた。あ、平気。声には出さなかったが心の中で喋る。
「しかし、妙だよな」
この静けさは異常だ、と嗣は小さく付け足す。
「考えられることは一つ。恐らくここは妖魔にやられてる」
そう言ってチェンは人指し指を上げて琳邑に見せる。彼女は何も分かっていないようでキョトンとしている。
「ようま?」
そう訊ねる。
腰に下げていた鞘から刀を抜き、その刃先で床に薄い線を引くように刀を引きずりながら嗣は歩き始めた。取り合えずいつ何が来ても対応出来るようにして、進めということらしい。
「人に害をもたらすバケモノ達のことだよ」
「ばけ……もの?」
どうやら自分が作られた理由になるものの存在を知らないらしい。この反応は何だかやっと喋り始めた子供が「どうして」攻めを始める予兆な気がしてなら無い嗣は一旦立ち止まり、日本刀を床に刺した。懐から煙草とライターを取りだし、一本くわえて火を点けた。紫煙が宙をうねる。
説明をしたいのか、妙に落ち着きがないチェンを見た嗣はそのまま煙草をふかしていた。暫くたっても少年が喋り始めなければ自分が説明するつもりである。取り合えず、二分程度は待ってやる。
それが分かったチェンは口を開いた。自分の緑眼と彼女の紫の双眸を重ねるようにしてやった。
「妖魔っていうのはこの吉原だけにいる奴等で、人のことを襲うんだ。——君は聞いたこと、無いのか?」
「無いです」彼女はぴしゃりと言い切った。「知識は、仙翁に教えてもらった……から」
——どうやらその花魁は余程面倒見が良い人間だとみた。……まあ、此処にやって来てまもない琳邑が何れ程物を知っていたのかは知らないのだが。チェンが知る限り、生活に関しては必要最低限のこと——食事や睡眠など——は教えられていたはずだし、妖魔に関しても何かしらは教えられていたはずである。だが、目の前の彼女の様子からは知っているということが感じられない。
「あ、そうなんだ」
一先ずそう繋げておいた。
「ま。詳しく話すのもすぐだぜ?」
そう不敵な笑みが似合うような男の声にチェンは思わず
「——はあ?」
と喧嘩腰で応えしまった。
「取り合えず戦闘体勢入っとけ。
————ヤッコさんお出ましだァァ!」
彼の大きな声と同時に何かを薙ぐような音が駆け抜けていった。一先ずチェンは琳邑を護るように立ち、懐から二、三本のナイフを取りだし指と指の間に挟んだ。後ろの少女は慌てた様子を見せていない。呆然としていた。
嗣の腕の延長のような日本刀は何かを斬り裂いたようだ。スパンッという爽快な音から少しずれたタイミングで現れた血飛沫はチェンの眼前を綺麗に彩った。流石にこれは堪えたのか琳邑は顔を真っ青にし、叫び声を上げる。
「いやあああああああああ!!」
「だーまってろ!!犯すぞテメェ!」
叫びに怒鳴り返した嗣の声は周囲の空気を大きく揺らした。琳邑は口を真一文字に結んで声を押し殺す。紫紺の目は潤んでいた。
青年の前で倒れていたのは人間とは遥かにかけ離れているモノだった。鶯色の肌。筋肉から突き出ているのは骨だろうか。頭からは角らしきものが光っていた。——これが"ようま"?とまじまじと見ていた琳邑だったが直ぐに目線を逸らした。斬り裂かれた頭は"大輪の紅い花"を咲かしている。斬られた場所が悪かったのか、白い珠が床に転がっている。躰の底から吐き気が込み上げてきて、思わず口を押さえた。
上半身はまだ人に近い、群青色の躰をした妖魔がチェンの上に覆い被さろうとした。口元からは涎が垂れている。少年は指に挟んだナイフを一列に並べ、そのまま群青色を横に裂いた。青緑のドロリとした液体がチェンの指先から右肩近くまでを染める。裂かれた躰からは腸らしきものがはみ出ていた。
「ウィンナーって、腸から出来てンだっけ」
まるでそのタイミングにわざと合わせたかのように嗣は琳邑に訊く。
「————ッこ、このタイミングで訊かないでくださいッッ」
彼女は頭を抑えて屈んだ。目の前の殺戮行為は、とてもじゃないが見てられない。
そう小さく縮こまった琳邑の躰は急に浮いた。いや、彼女がそう感じたのだが。
「リン————!」
群青色の妖魔を倒してから、前から次々に湧き出る妖魔を倒しに前に出ていたチェンは琳邑から離れていたことを完全に忘れていた。と、同時に妖魔の持つ特徴も忘れていたのだった。咄嗟に振り向くと、先程腹を切り裂いた筈の妖魔が琳邑の頚を絞めている様子が眼に入った。
「ッッッぐぅ……あっ、いっ……んぐうっっ————」
必死に力の入っている手を外そうとするが無理であった。圧迫される頚は握り潰されてしまいそうである。もがくように足をバタつかせた。妖魔の、醜く垂れた右の眼球が琳邑を捉えて離さない。その視線から逃げたくても彼女は逃げられなかった。
「ったく、その餓鬼は貧乳だしケツも貧相だし感度悪ィし良いことねぇぜ?」
跳躍した嗣がそう言いながら彼女の頚を絞めていた腕を叩き斬る。斬り離された腕は青緑の血液を勢いよく噴出させながら次第に琳邑から離れて行き、床に落ちる。が、妖魔はまだ生きているようで動いている。琳邑から離すために嗣は勢いよくソレを蹴り飛ばした。青緑の躰が勢いよく飛んでいき、先程彼らが出てきた物置と思わしき部屋の扉を突き破って行った。
殺しても、殺してもキリが無い。まるで不死身であるかのように、"妖魔"は溢れてくる。仕方なくチェンは一旦攻撃を止めた。琳邑に駆け寄り、彼女の手を引く。そして嗣に言った。
「駄目だ!倒しても倒してもキリが無い!一旦こいつ等を撒くことにした方が良いかも知んない!!」
「ダァ————ッッ!分かってんだよ、それくらいな!」
嗣は怒鳴り返して、二人の少年少女の前に回った。
彼は眼の前から絶えずに溢れてくる妖魔を次々と薙倒していく。背後の二人には決して触れさせないようにした。が、倒してもそれらは蘇ったかの様に直ぐに攻撃を仕掛けてこようとする。やはりキリが無い。
その様子を見て、琳邑は眼をぱちくりさせながら二人に訊ねる。
「こ、殺してるのに————死なないんですか……!?」
「死なない生き物が"妖魔"なんだよ」
律義に答えたのは嗣である。
長い渡り廊下をひたすら突っ走って行くと、眼の前に上の階に上がる階段が現れ始めた。先ず最初に見つけた嗣はチェンの方を振り向く。
「上に登っぞ」
「お、おうッ……!」
そう言ってからチェンは手を引いていた琳邑の躰を持ち上げ、抱き抱えた。急に女子にこんなことをしてしまうと、大方殴られる筈なのだがやはり彼女は無抵抗であった。
階段から降りてくる妖魔を全て踏み倒し、兎に角三人は上の階に上がって行く————……。
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