複雑・ファジー小説

Re: 吉原異聞伝綺談 *卯月-7 更新 ( No.42 )
日時: 2011/03/30 22:25
名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: 9nPJoUDa)
参照: 一話長い(笑)どんだけ長いんだろ(笑)

「結局"ようま"は倒しても死なないんですよね。じゃあ、どうするんですか……」向けてやりたかった疑問点だったのか琳邑は二人に訊ねた。「殺す意味、無いのに」
「一時的な機能停止させることが出来っからそうしてんだよ。ほれ、行くぞ」
彼女の問いを適当に返した嗣はそのまま前進した。通ってきた部屋数も大分多くなってきた。ここまで来ても仙翁が見当たらないということは、もう最悪な結果しか残っていないのだろう。または————、がそれはチェンも嗣も考えたく無い結果だった。

「————仙翁」

尚更不安になったのか、琳邑は小さくそう溢した。

「まあ、次行こうよ。居るかも知れないし————さ」
優しく励ますチェンに琳邑は取り合えず作り笑いを返した。なんとなく、それが"礼儀"な気がしたからだった。



 嗣は次の部屋に続く襖を開けた。


 目に入ってきた光景に、琳邑は言葉を失う。











「せん——————の————…………?」

琳邑は急いでチェンの背中から飛び降りて走り出した。薄暗い部屋の奥で俯きながら座り込んでいる遊女の元へと。


 その部屋は明かり一つ付いていない大広間だった。ただ畳が敷かれ、周囲が襖で囲まれた空間である。その一番奥に闇の中で必死に存在を訴えるかのように金箔を光らせている着物の者がぽつんと一人だけいた。その着物の柄は琳邑が知っている仙翁のものであった。だから彼女は一目見ただけでその人物が誰だか分かったのだ。

遊女に駆け寄った琳邑は彼女に抱きつくくらい接近し、両肩に手を掛けた。最早抱きついていると言っても過言ではないくらいだ。その急な温もりにハッとしたのか、遊女は顔を見上げ、
「……りん、ゆう?」
と唇を震わせた。その声を聞いて、少女は涙を浮かべながら今度は思いっきり抱きついた。
「うん。琳邑。良かった、仙翁……。無事で、生きててっっ」
徐々に声は震えていっていた。——泣いているようである。そんな彼女を仙翁は母のように宥めた。
「私は無事。泣かないで、琳邑。泣かないで」
「泣いてないです。私、助けにきたの」
無駄に虚勢を張ってみせる。
「助けになんて良いのに。だってこんな危ないところに乗り込んでくるなんて……無茶、して」
そう言う仙翁も声を震わせていた。


「ねえ、仙翁。行こ?」
琳邑は仙翁の手を引き、チェンと嗣の方を見た。————このまま彼女を連れ、この遊廓を脱出するのだ。

——ここから出たら、一緒に暮らそう。
—— 一緒にマンホールの下の、私の家で暮らそうよ。
——私、まだまだ仙翁から教えてもらいたいこと、いっぱいあるから。

彼女の中には、もう"仙翁を連れて脱出する"というものしかなかった。
 漸くの再会。待ち望んでいた、再会。再び仙翁と相まみえる事が出来るなんて————。そう思う度に涙がこみ上げてくる。





 一見感動的な再会だった。しかし、野郎二人の表情は暗かった。

 仙翁と琳邑がいる空間の空気とは全く正反対のものが、チェンと嗣の周辺を囲んでいた。





「琳邑……。お前、ソイツから離れろ」
「え?」

そう言い放った嗣は仙翁に刀を向ける。チェンもナイフを出している。

「最悪なパターン、パートIIで来るなんて思っても無かったぜ」
当たって欲しくなかったものにドンピシャであったことをチェンは信じたくなかった。が、信じるしかないようである。声のトーンを落としながら彼は独り言のように言っていた。
「二人で何言ってるんですか……?は、早く連れてかないとまたようまが来ますよ。早く……。
ね、仙翁」
そう言ってから琳邑は手を引いた。が、仙翁は重りの様に動かない。————引いても動かない仙翁に不安を感じ、彼女に訊くと同時に琳邑は振り向いた。


しかし、そこには唇を斜めに吊り上げた、今まで見たこともない表情をしている仙翁があった。



——やっぱり、か。


その顔を見て二人の疑惑は確信へと昇華した。仙翁を見てから抱いていた違和感はやはりあっていたのだ。

仙翁は低い笑い声を挙げてから、にやけた表情で野郎二人組に訊く。
「いつから気付いてたんでありんす?」
嗣は焦りを見せぬように返した。
「最初(ハナ)からだよ。琳邑がお前に抱きついた時かな?
伊達に妖魔とやりあってる訳じゃないんでね。あと、言葉遣い。琳邑と同じで良いからな」
まず嗣がそう答える。その後すぐにチェンが続く。
「俺も同じ。人間と空気が違うんだよ、お前らは」

 長年、という訳でもないがそれ程短い間でも無かった。嗣は吉原に来た時からずっと妖魔を殺している。チェンもまた、ここへ来た時間は短かったが戦う妖魔の数が多かった為、経験は浅いとは言えない。

なんとなく分かるのだ。妖魔が持つ雰囲気は人間と違う。邪な何かというか、兎に角邪悪なものを感じる。其れは殺意なのか、怨念なのか、はたまた人間がそれと遭遇したことで感じる恐怖なのかは分からない。だが、やはり不老不死の化け物との遭遇も場数を踏んでいけば嫌でもその感じは分かってしまうものだった。慣れというものは怖いものだ。




 チェンと嗣、仙翁のやり取りに挟まれた琳邑は状況を把握できず、交互に双方を見ていた。そんな中、やっとのことで絞り出した言葉。
「なんか、それって……まるで仙翁がようまだって言ってるみたいなんですけど…………?」
まだ琳邑は仙翁を信じていた。


 ——仙翁を妖魔と間違えているだけだ。
 ——戦ってばかりだったから警戒してるんだ。だから疑ってるんだ。

その考えだけが彼女の中に広がっていた。思考は全てそれになっている。琳邑すがるように嗣を見た。



 が、嗣は琳邑に容赦なく言い放つ。



「そうだ。仙翁は妖魔だ」




「嘘だッッ!!」急に形相を変えた琳邑は叫んだ。だが、まだ希望を捨てきれず、まるで乞うように彼女は仙翁を見た。「違う、よね?」
目元に涙を浮かべていた。これで否定されれば泣き崩れてしまいそうな勢いだった。
「…………」
仙翁は黙っている。琳邑は急かすようにまた訊く。彼女は「違うよ」という仙翁の答えが返ってくることしか求めていなかった。
「ね?人間だ、って。人間だよね?」
再度そう訊いた。仙翁の答えを信じて————…………。





 しかし、仙翁は口許を歪めたまま、嘲笑を浮かべて冷たくあしらうように言い放った。



「そう、私は妖魔よ」


その言葉が放たれてから周囲の空気は急に重たくなった。

 そして、それを聞いた紫紺の瞳が絶望に蝕まれていく————。






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