複雑・ファジー小説
- Re: 吉原異聞伝綺談 (四月馬鹿仕様から戻しました←) ( No.48 )
- 日時: 2011/04/03 19:50
- 名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: 9nPJoUDa)
- 参照: されど駄目人間は愛鳥と踊る。
◇
————はじめてきたひのことでした。
————ここはどこだかわからない。いままでいたばしょがいやで、いやで。ぬけだした。"さくら"とよばれる、わたしのふくとおなじいろのおはながさいていたのがわかるくらいで、なんだかわからないばしょにわたしはいました。
『おや、ま————』
とーってもきれいなふくをきたおんなのひとがぼーっとしてるわたしによってきて、
『こんな所で何をしているの?』
と、わたしのめをみてきいてくれました。
わからない、っていうと
『じゃあ、お名前は?』
とあたらしくきいてきました。
わたしのなまえは"琳邑"。それはわかっていました。みんなみんなそうよんでた、だからわかってた。だから、わたし、おんなのひとにこたえました。
『…………りん、ゆう……』
『へぇ、可愛らしい御名前。私の名前は、仙翁』
せんのう。きれいなおんなのひとはそうなのって、わたしのてをひいた。せんのう、せんのう。かんじはわからないけど、このひとはせんのうっていうんだって。
せんのうはわたしのてをひいて、しばらくいっしょにあるきました。あるいてるときに、みかけるものをぜーんぶわたしにおしえてくれました。
あのおおきくて、ちゃいろとあかとあお……いろあざやかなたてものは"ゆうかく"。そこにせんのうはいるんだって。
それからすむばしょといって、わたしに"まんほーるのしたのいえ"をおしえてくれました。そこをきょてんに、わたしはせいかつをすることにしたの。
————仙翁。私に色々教えてくれた人。
貴女が居なかったら今の私は居ない。
————なのに。貴女は一体————————。
◇
仙翁はぐいと琳邑を自分のもとに引き寄せ、彼女の躰を自分の腕で動かないように固定させた。そして琳邑の顔に自分の顔を近付け、肩辺りに顔を乗せ、白く長い指で琳邑の頬をゆっくりと撫でながら言葉を紡いだ。
「まさか、ねえ。ここまでお馬鹿な兵器とは思っていなかったわ」
心の底から恐怖が込み上げて来るような、不気味なものが仙翁の指から伝わってくる気がして仕方ない。頬を這う指は下に行き、琳邑の胸の辺りを撫でた。琳邑の顔が強張る。
刀とナイフをお互い構えた嗣とチェンは二人に向かって猛進し始めた。一気に体重をかけた片足で地面を蹴り上げ、跳ぶように走っている。
「そういう危ない路線のあばずれだったのか、テメェはよおッッッ!! 」
刀を振り上げ、仙翁に斬りかかった嗣であった。が、刀は何かに止められ動かない。腕同然に操っていた嗣の躰も空中で止まった。
「……躾がなってない」
そう仙翁が言い放ったと同時に嗣が何かに飛ばされ、勢い良く地面に堕ちた。途中で彼のサングラスは彼の顔から離れ、それは遠くへ飛んでいく。——仙翁の背中からは何匹もの妖魔が出ていた。うち一匹が嗣の刀を受けとめていたのだ。続けて違う一匹が嗣の右側から一撃を食らわした。避けられず、彼の目に妖魔の拳が殴り付けられている。その勢いでまた嗣の躰が飛んだ。飛んでいた躰は壁に打ち付けられ、鈍い音を出してからずるずると床にずり落ちた。
「タカスギッッ!」
やられた嗣に考慮したのか、チェンは一旦行動を止め、床に着いた。そして嗣を見る。
まだ妖魔は攻撃を続けるようで、今度は左側から拳での一撃を繰り出した。右目は押さえられていたが、左目は空いていた。見えるので避けられるものだと思っていたチェンであったが、どうも嗣の様子は変である。左目の真ん前まで拳が来ても動く素振りを見せない。流石にまずいと思ったチェンは嗣に叫ぶ。
「オイッ!攻撃来てるって!!」
「————マジかっ」
そう返した嗣は咄嗟に姿勢を低くしたつもりであったが、タイミングが僅かに遅かったようで思いっきり攻撃を喰らった。短い呻き声をあげ、再度壁に打ち付けられている。左手に握られた日本刀は、力が入らなくなった左手から床に落とされた。
嗣の躰はまたずり落ちている。落ちた日本刀が嗣の目の前にあった。妖魔が拳を振り上げている。が、嗣は刀を拾わない。今度は琳邑が甲高い声で叫んだ。
「嗣さんッッ早く刀を拾わないと——!!」
そう言われてから、気付いたのか嗣は手を伸ばした。が、伸ばされた左手は刀のある場所とは全く違う場所をさ迷っている。やはり何かおかしかった。
急いでチェンは妖魔に向かってナイフを投げた。そして意識が刺さったナイフによる痛みに向いている間に日本刀の元に滑り込み、それを掬い上げて、さ迷っている嗣の左手に渡した。
「さん————、きゅうな……」
日本刀を床に刺し、ふらふらと立ち上がったがそのままの姿勢でずっといる。先程までの嗣とは違う。
「おい、お前どうしたんだよ!」
右目を押さえる嗣にチェンは声を張り上げて訊いた。が、彼は答えない。
「見えないんでしょう」
変わりに答えたのは仙翁だった。
「左目は義眼————両目を抉られてしまった、大切な幼馴染みにあげてしまったから。でしょう?」
ふふ、と愉快な笑い声をあげながら仙翁は言った。が、嗣には不愉快無物以外なんでもなかった。嗣は言いかえす。
「うっせえな。『ハイ、そうです』とでも言って欲しいわけ?あのね、この件は俺と一晩過ごした女も知らない事情なの」
「あら。じゃあ、一緒の門下生は皆知ってるのも冗談かしら?」
そう言われ、嗣は黙りこむ。暫くの間沈黙を保ってから、また口を動かし始めた。
「……何で知ってんだ」
その言葉は今までの軽々しい発言とは全く違った。重く、低く。彼の何らかの感情が全て込められているような言葉だった。
それもその筈である。
嗣の片目が義眼であることは、嗣が昔通っていた塾の門下生と織田時雨、義眼を作った人間と医者しかいないはずだ。そして自分の眼を譲渡した相手————。他に知っている人間には心当たりが無い。考えられることは一つくらいしか無かった。……今まで上げた人間のうちの誰かが吐いた、ということぐらいしか。
「ついこの間、ちょいと来客があってね。なんて名前だったかなあ〜……。語尾に無駄に『〜ッす』ってつく小僧と、薙刀を扱っていた細めの女に、女と同じ黄土色の髪の猿みたいな女でしょう、あとは黒髪お下げの女と細めの長髪の男だったっけねえ。それらから……ああ、このへんは言わない方が良いかもしれないわ」
おっと、と言うように仙翁は口に手を当てて笑って見せた。中途半端な場所で話を止めた彼女に襲いかかるように走ったのはチェンだった。
片手を地面につき、空中で一回転する。そのまま足をピンと伸ばし、全身を一本の線のように真っ直ぐとさせて喋っていた仙翁へと向かって飛んだ。ミサイルの様である。が、飛び出て来た妖魔に邪魔され、仙翁ではなくそれを蹴り飛ばしてしまった。地面につき、一旦呼吸を置く。
「片方は眼が見えなくて、駄目。もう片方も駄目」仙翁は琳邑に語りかけるように喋る。「貴女は力が使えなくて、駄目」
耳元で不気味に囁くその声を振り払おうと少女は首を横に振る。が、その言葉は何度も繰り返されていた。————それを破るようにチェンがポケットかた拳銃を取り出す。
がちゃッという音を立てた。
銀の銃(つつ)は仙翁をしっかりと狙っている。チェンは怒鳴る。
「いい加減優越してるとこ見せつけんのやめよーぜ!言っとくけど武器は躰だけじゃねえからな!」
「……撃てる、と思って?」
そう言った遊女の右の腕が鋭利な刃物に変化した。それを琳邑の喉元に突き付ける。「ひっ」と琳邑は小さく悲鳴を上げた。
「武器を捨てなさい。さもなくば、彼女——どうなるか分かるでしょう」
卑しく笑んだ彼女の周囲にごろごろと妖魔が集まってくる。それらも攻撃態勢に入っているようだ。引き金に触れる人差指が小刻みに震えた。————卑劣。
「あら、撃つの?」
そう言って仙翁は琳邑の喉元に刃物を触れさせた。すぅっという音が通った首には白地にうっすらと赤色が滲んでいる。
「————っう……!」
痛みがあったのか琳邑は眼をきつく瞑った。
それを見てチェンは仕方なく銃を下ろす。
「さあ、其れを捨てて」
また何か手を出されては困る。そう思った仙翁はチェンに命じた。
少年は手からゆっくりと銃を離していく————……。
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