複雑・ファジー小説

Re: 吉原異聞伝綺談 (四月馬鹿仕様から戻しました←) ( No.53 )
日時: 2011/04/17 17:43
名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: 9nPJoUDa)
参照: 一話長い(笑)どんだけ長いんだろ(笑)



「ほぅらァ!捨てたぁッ!!」

落としかけた銃をひらりと手に戻し、それを前に一直線に投げた!同時に叫ぶ。


「琳邑!!頭下げろッッ!」


チェンの言葉に直感した琳邑は意地でも仙翁を押し退け、体勢を低くした。少年の手から放たれた拳銃が勢いよく妖魔に向かって飛ぶ、飛ぶ!油断していた仙翁の額に激突、同時に音を立てて爆ぜる!爆風で少女の細い躰が前方へ、構えていたチェンが上手く受け止めた。そのまま彼女を担ぎ上げ、嗣の方へ寄った。

「ぎざま゛あ゛ぁっ————!」

顔半分を焼かれた女が焼け爛れた頬を押さえ、ゆらりと立ち上がる。遊女の怒りで構成されているような双眸がぎょろりと動き、三人を捉えた。口から吐かれる怨みまみれの言葉は鋭い劍の様に彼らに向けられているようだ。そっとチェンは琳邑を下ろし、壁に追いやる。嗣もふらふらしながら立ち上がった。

「リン、ちょっと下がってろ」
手で追いやわれた琳邑は不安げな色を映した目で交互に男たちをみる。

二人とも不敵に笑っていた。嗣は地面に落ちた、割れたサングラスを拾い上げ、掛け直す。
「お前、片目の癖に今までなんであんなに運動神経良かったんだよ。片目でも立体的に見えないとかって聞いたぞコラ」
手首の関節をパキポキ鳴らしながらハーフの少年は言う。白髪の男は刀を振るい、空気を切り裂く。
「嗅覚聴覚頼ってんだよ。あとこの義眼は平賀眞皎ひらがましろっつー知り合いの発明フェチ馬鹿女の特注品でその辺のとは違うんだよ。演技だ、演技。……やべ、俺、助演男優賞えんじゃね」

嗣の義眼は僅かながらも視力を持っていた。見えるのは極僅かであるがそれが一応彼の視覚を維持しているのだ。同時に生まれながらに持つ感性を生かす。人間の目は片方見えないだけで立体的に見えなくなり運動能力に支障をきたすらしいが彼の場合は視覚だけに頼らず、他の感覚神経で上手くカバーしているのだ。

 
 一人背後に残された琳邑の眼は憂いを帯びている。


「そんなに正々堂々来られちゃこっちも其れなりにしないとねえ」
妖魔はふふん、と笑った。背中から左右四本ずつ、赤黒い触手を生やした遊女は周囲に溢れている妖魔を一瞬で薙ぎ払う。それらは叫び声を上げて、絶命した。ピクリとも動かない。———不死である筈の妖魔であったが、彼女の攻撃では何故か死ぬらしい。周囲にいる邪魔ものを全て排除した仙翁は嗣とチェンを交互に見て、口元を歪めた。

 琳邑は一歩踏み出そうとした。が、振り向いた嗣の鋭い眼光で止められる。仕方なく彼女はその場に滞った。



 革製のブーツと靴が同時にスタートを切る。チェンはブーツを上に上げた。回転し、仙翁に飛びかかる。と同時に下方から嗣の剣戟。避けきれなかった花魁の派手な着物に血の線が描かれ、出血。紅い鮮血に飛び散った。Yシャツに血の斑模様を描かれた嗣は続けて一閃!其れに対抗し、背中から生えた触手の上から二番目のもので二人を串刺しにしようと攻撃。チェンに近づいたのと同時に侍が斬り捨てる。隙が出来た妖魔の眉間に小型のナイフを少年が突き刺したッ!





 くすみ、破れた黄色の小汚いコートを羽織り、下に黒のシャツを着た青年を熾織が見下している。背中の下方と股の少し上がシャツに入りきらないようで、そこを堂々と露出させていた。ズボンも膝までしか無く、しかも所々擦りきれている。……お世辞にも綺麗な服装とは言えない服装である。

「久坂、貴方は猿人ですか、アウストラロピテクスですか?脳の容量が四三五〜六〇〇㏄程度しか無いのですか?
そんな田舎のヤンキーみたいな小汚い服装を誰が赦しましたか。処刑です。アメーバを見習って切断されても分裂して生きる術を習得なさいな」
"小汚い"服を着た伽羅色髪の久坂扈雹を正座させた熾織は相手に喋らせる間も与えない程早口で喋っている。久坂は右手を挙げた。はい、オイラのターン。
「シホリ先輩、オイラは猿人すか?ホモ=サピエンス=サピエンスでは無いんスか!!?」
「まずその『〜ス』という喋りをどうにかしろッス」
「……先輩、伝染うつってるっス」

SM漫才ショーに限り無く似た会話を繰り広げる二人に桂巴は割り込む。
「貴様等、SM漫才ショーは他でやってくれないか?」
聞いた伊藤熾織はフフン、と鼻を鳴らす。
「あらあら、SM漫才ショーでは無くてパシリへの説教でしてよ。そんなことも分からないの、ネアンデルタール人」
桃色の唇を装着(つ)けた孔から毒が吐かれ出した。桂は自然に受け流し、会話を戻そうとする。熾織の言動にいちいち腹を立てていては仕方ないのだ。

「で、二人して戻ってきたんだ。何か有るのだろう。吉原から出る手段はどうした」

そう言うと、今まで絶えず喋っていた二人は突然沈黙し始める。彼らが来た理由は新撰組ごときでは無いと察知する。が、巴は会話を切り出さなかった。プライドが高い熾織が口を割るのを待つのだ。そんなやらしい女の態度に屈服したくない熾織も沈黙を貫く。仕方なく巴は立ち上がり、襖を開けて言う。

「甘味を持ってこよう。客人に持て成しはしなくてはな」
「だっ、駄目ッス!!」

時雨を呼ぼうとした巴の前に、罵声をあげた久坂が立ちはだかった。ここで熾織は、眼帯の策士に久坂が嵌められたことに気付く。えらく正直過ぎる久坂扈雹に隠し事は出来ないのだ。熾織が口を割らなければ安易な久坂、という手段に出たのだろう。

 巴は口元に卑しい笑みを浮かべて久坂扈雹を見た。
「……どうした?いつも伊藤はチョコレートを食べながら来るくせに珍しく今日は食べていないじゃないか。だから出そうとしたんだが。
おぅい、時雨。適当な甘味を三人分」
すぐあとに織田時雨の「はーい」という声が遠くから飛んでくる。久坂扈雹、伊藤熾織は揃って苦虫を噛み潰したような顔をしていた。仕方ないと思った毒舌家は口を割った。

「妖魔に"種子"を埋め込まれましたわ———わたくしにクサカ、あと山縣と入江、そして井上の五人。時期が来れば妖魔に成り果てますの」
溜め息を吐きながら言った女の言葉を聞いた桂巴は意外にも動揺を見せなかった。冷静に訊く。
「詳しく聞かせろ」
「妖魔は生殖能力を持ってない。じゃあ、どうやって増やすのか、先輩は分かるスか」
久坂が逆に訊く。巴は黙っていた。熾織が話す。
「もともと"純粋な妖魔"は一匹しかおりませんの。ソイツは妖魔になる"種子"を人間に埋めつけて仲間を増やすそうですのよ。ですからあれ程増えたの。
脱出手段を探していた時に遭遇した妖魔が不幸にもラスボスだった————」
熾織の黒目は虚空を虚しく見つめていた。
「名は、なんという」
巴は訊いた。

「貴女もよく知ってる。名は————————」

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