複雑・ファジー小説
- Re: 吉原異聞伝綺談 *皐月更新中 ( No.85 )
- 日時: 2011/07/19 21:07
- 名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: rbVfLfD9)
- 参照: 更新久しぶりすぎて御免なさい
足を振り上げ、下ろす!細い刀身がそれを受け流す。チェンは咆哮した。だが、威嚇など天才剣士に通用しない。
「殲浄計画もキミと岩倉と杉田の所為で台無しって——————ね!」
総爾郎から勢いよく銀閃が放たれた。少年の脇腹を斬りつけ、鮮血を噴き出させる。プシュウ、という擬音が更に痛みを増させた。チェンは顔を歪ませる。
「[RIN-YOU]は一人で逃げたんじゃないのか!?」
必至のチェンに対し、沖田総爾郎は嘲る。
「あれ、意外に知らなかったんだ。彼女は岩倉と一緒に逃げ出したんだよ」
「いわく……」
名前からその呼称の主を記憶から呼び覚ます。が、中々出てこない。切らした沖田は誘導するように紡いだ。
「キミのお母さんの妹、つまり叔母煌琳の旦那。対妖魔用人形兵器の主導科学者岩倉峰一とね」
聞いた瞬間に"岩倉"の顔が浮かんだ。焦げ茶のオールバック、もう四十路を過ぎた男だった。ヘラヘラとした様子が非常に残っていた。
岩倉同様科学者である両親についていった際によく見たものだ。生憎、叔母の煌琳は既に故人となっていたため知らなかったのだが、決して家族的な関係では無関係でないのは分かっていた。
「岩倉が……?」
そう言えば琳邑が脱走してから謀反で捕まったとは聞いていた。
「そう、岩倉峰一がね」
沖田の不気味な笑みと同時に一閃がチェンの前を走った。剣閃が粘着質に追ってくる。
向いた刃物を上手くナイフで受け流す。次に沖田の足が放たれた。跳んで避ける、着地前に殴り込む!が、ダメージ無し、拳は止められている。掴まれ、振り回される。躰が飛んだ。壁に激突し、ずるずると落ちる。
「岩倉も死ぬし、キミも洋梨……じゃなくって、用無し♪」
刹那、銀閃が見えた。直後に腹部から鮮血。——切っ先が腹部を貫いていた。痛みに声もあげられない。死神のように、沖田総爾郎は嘲っていた。
「[RIN-YOU]だけ貰って、あとは殲滅だ」
「ん、な、さァッ!」
声すらあげられないほどの痛みを圧し殺し、チェンは叫んだ。刀身を更に自分の奥に突き入れ、沖田を近付ける。眼前に迫った彼を頭突きした。天才剣士がよろめく。刀を持っていた手が緩んだ。チェンは咄嗟にそれを掴み、刀を我が物にする。激痛に耐えるため、右肩にナイフを突き刺して分散させた。そしてゆっくりと引き出していく。
「殲浄計画がなんだよ。————どうせお前らがあの子を連れ帰っても兵器としか扱わねえんだろ!」
抜き終わった刀を持ち、沖田に向けて立つ。脳裏に琳邑の姿が掠った。——感情が無かった筈の兵器は感情の芽生えを現わしていた。無論チェンも最初は彼女の事をそうとしてしか見ていなかったのだ。しかし、仙翁との件があってから少しずつそれは変わっていっている。
「岩倉は兵器を逃がす際に、記憶を書き変えてる。————『今までいた場所は牢獄の様な場所だから帰ったらまた閉じ込められる』ってね。そしてそれ以外の記憶端末は全て消去。全く部が悪くなって仕方ないよ」
「黙れよ!!」
沖田はやれやれという表情で屹立していく。チェンが罵声を浴びさせた。沖田から奪った刀で斬りつける。
「琳邑を兵器なんて呼ぶんじゃねえ !!」
沖田総爾郎はあんぐりと口を開けてひらりとかわした。——心外、彼は琳邑の事を"人間"と認め始めているらしい。尚更不必要になっていた。
「キミは本当に幕府には必要なくなったよ」
新撰組一番隊組長の眼に、先程とは全く違う、余計冷酷な殺気が宿った。空気が変わったのにどぎまぎしたチェンの手が何かに打たれる。痛みを感じた時には既に握っていた刀は消えていた。ハッとすると、沖田が自分の刀を取り戻して剣戟を喰らわせようとしている。草履が一歩踏み出した!チェンの鼻先に刀の切っ先が向く。ギリギリで避け、回転。その少年の躰を沖田が蹴りあげる。とんだチェンは壁に着地、そのまま助走を付けて飛んだ。空中で隠していたクナイを飛ばす。沖田は的確にそれらをすべて撃ち落とした。着陸したチェンは息を切らしながら猛った。
「うるるるらぁああぁああああああああ!」
威勢に任せ、指の間に挟んだ三本のナイフを沖田に向けて突っ込んでいく。沖田は刀で斬りつけようと構えた。
金属音が奏でられる。剣戟が繰り返された。刃と刃がぶつかり合って火花を生み出している。互いに一歩も譲らぬ状況だ。しかし、其処に突然一振りの刀が加わる。お互いに敵の加勢だと錯覚した。と、同時にもうひと振りの刀が現れて二人を引き離す。土埃を立てながら二人は真逆の方向に下がっていった。大量の土埃が中心に舞っている。——次第に晴れてきた其処には、煤けた黄色の上着。
「全く、野蛮ですわね」
男しかいなかった現場に、遠くから柔らかい女の声が響いた。黄色の上着の人間は顔を見せる。伽羅色の髪の、まだ二十歳にも満たないと思われる青年だった。
「シホリ先輩!」
青年が声の主の名を呼ぶと、薙刀が青年の頭を掠めて飛んできた。発射元には端麗な顔立ちの、和服の女性が佇んでいる。
「久坂!塵屑共は抹殺なさいと仰ったでしょう!どうして生きているの、こんなミトコンドリアの価値も無いような塵(ゴミ)たちを!」柔和な顔に似合わず毒舌のシホリという女性は毒を吐きまくる。「二人とも幕府の粗大塵じゃないの。今直ぐ撤去よ、久坂。今日が燃える塵の日であっても撤去よ。ブラックホールに投げる勢いで、ね」
「分かってるッスよ!」
久坂と呼ばれた伽羅色の青年は両手に持っている刀を振った。悪戯めいた顔が明らかに沖田とチェンを捉えている。チェンも沖田も一瞬で理解した。————彼らは倒幕派の人間だ!そして同時に一致する。女の方は伊藤熾織、男は久坂扈雹であると。
「ちょ、ちょ!待てってっ!俺はえと、高杉と今協力状態で……敵じゃないっていうか!」
逃げ道と言えば逃げ道。嗣の名前を出して標的から離れようとする。しかし、毒蛇の女は容赦なかった。
「言い訳無用、酸素と二酸化炭素の入れ替えをしている時点で死刑決定ですわね。久坂、極刑になさい!」
伊藤熾織が命じると、久坂は「ウス!」と言って一歩踏み込んだ。
□
「とりま、先輩に会ってよ。入江先輩、会いたがってたからさ」
韵は一瞬で辛さを隠した。嗣は顔を歪める。見るも辛い表情の女だった。
「俺が会う必要なんて、有るか?」
嗣は苦笑する。韵も続いて苦笑した。紛らす為にふと出た言葉だったからだ。適当に出した言葉を、律儀に嗣は返してくれていた。
「へぇ、————うちも会わせてよ」
背後からした声に二人は反応し、振り向く。亜麻色の髪の女性が唇を三日月にしてほくそ笑んでいた。——二人には見覚えがあった。山縣が訊く。
「嘘……。もしかして、江ちゃん?」
女性は首を振った。と、同時に嗣に足を向け、襲いかかる。それを止めた嗣は呆然とする韵を抱き抱えた。
「違ぇ !! "今"は、茶々だ!」
叫ぶ嗣の頭を刃物が掠めた。俗にジャックナイフというものを手にした"茶々"が続けて剣戟を放つ。背負われた山縣韵は茶々を潤んだ眼で見詰める。
「うちが用あるのは高杉の方なんだけど」茶々は睨む。「兵器の居場所を教えてくれれば殺らないよ?」
「ってことはやっぱ新撰組と関わってたのねっ!」
茶々は頷く。——嫌なくらいに推測は当たっていた。亜麻色の髪の女は間合いを詰めてきた。生憎嗣は武器を持っていない。長い足で容赦無く蹴り上げた。腹部に衝撃、茶々が怯む。
「今だろ!」
精一杯の大股で嗣が駆ける。
「この馬鹿がァア !!」
復活した吉田茶々は罵った。同時に、頬に赤い線が走る。風を直に感じれた。先を見ると、紅毛碧眼の青年が銃を向けて佇んでいる。背中には嗣と山縣が見えた。
手助けに入った青年を見て高杉と山縣は同時に歓喜の声を上げる。
「時雨ェ!」
「巴殿から言われて来ましたよ。————ヒビキ殿が貴方に伝えてくれていたみたいなので態々言う必要性は無いようですが」
異国の民族である織田時雨は真剣な眼差しを吉田茶々に向けたまま饒舌に話した。米国人ながらも流暢な日本語を喋るのは、高杉が渡したエロ本で日本語を学んだからだった(勿論、そんなもの好きで学んだわけではないのだが)。
「流石時雨だな。上手いタイミングで出てきやがる」
嗣がまじまじと浸っている間に織田は的確に茶々の四肢を貫いていく。手際よく弾丸を補充し、撃つ。流石に茶々もやられているばかりではいない。すり抜け、時雨に接近した。
「っあ!」
吉田茶々の手刀が時雨の手から銃を落とす。
「ザマァ !!」
そのままの流れで彼女は時雨を切り付ける。危機を察知した時雨は軽く身を翻した。が、間に合わない。ジャックナイフが背中を切り付ける。
「何処までも低レベルですね」
しかし、時雨はしゃんと立っている。起立し、上着の中に右手を入れた。秒単位で新たな銃を取り出し、撃つ。間を与えず、もう一丁を出す。両手に二丁拳銃を持ち、交互に乱射!接近すら許さず、更に後退を強制する。
「嗣殿!今の内に一旦お逃げ下さい!此処は僕が担当しますから!」
合間に時雨は二人に命じた。嗣は「おう、また加勢しに来る!」と言って一旦退く。二人が去っていったのを横目で確認した時雨は口元を緩めた。相手の亜麻色の女は不快そうに見つめている。
「……なによ、気持ち悪い」
時雨は苦笑した。空になった薬莢を地面に捨て、リロードする。そして微笑を浮かべた。
「これで僕と一対一、サシで勝負ですよね?」