複雑・ファジー小説

Re: 吉原異聞伝綺談 *皐月更新中 ( No.89 )
日時: 2011/07/28 17:49
名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: rbVfLfD9)
参照: 糸色 イ本 糸色 命


「へぇ、アンタ一人が相手。無理だからやめたら?」
茶々が哄笑する。亜麻色の髪が一部吹き飛んだ。————焼け焦げている。砲を構えた時雨は微笑した。
「…………すみません、手元が狂いました」
「アンタ————……」茶々の額に青筋が走る。肩が小刻みに揺れ始めた。ナイフを一回転させて握り直す。「良い度胸」
びゅん、と音を立てて一気に接近する。時雨は素早く対応、弾丸を二、三発発射。見事に茶々はナイフで全てを弾き落とした。

 刃が時雨の服を切り裂く。胸を真一文字に切っていた。僅かなふくらみが現れる。下に巻いていたさらしも僅かに切りこみが入っていた。
「おん……?」
一瞬の動揺、隙をつき時雨が撃つ!一発が見事に茶々の右足を貫いた。踉(よろめく)が、瞬時に体勢を立て直した。ナイフだけでは足りないと思い、肢体を自在に扱うことを決める。——動きからして、それ程肉体の鍛錬はしていないようだ。

「ふんああッ!」
荒い呼吸と同時に茶々の右足がしなやかに曲がり、時雨の下腹部に衝撃を与える。
「っうあぁあッっ!」
喘ぐような悲鳴を上げ、苦痛に表情を歪ませた時雨だったがすぐさま反撃を開始。通り抜けるように過ぎて行った茶々の右足を掴む。そのまま全体重を掛けて振りまわし、彼女の躰を地に落とした。女が小さく呻く。
「なんてね!」
しかし、それは演技。この機会を待っていたと言わんとばかりの満面の笑みを浮かべてナイフを眼前にあった時雨の右腕に突き刺した。鮮血が吹き出す。
「ッ——————!」
さらに顔をゆがませた時雨は思わず躰をよろめかせた。
「鬱陶しい!」
倒れかける時雨の躰に罵りながら、茶々は蹴りを入れた。諸に食らった肉体が吹き飛ぶ。壁に当たって落ち、暫く手元を痙攣させた。

時雨の意識が朦朧とする。おぼろげに茶々の姿を確認していたが、肉体が能からの指令に付いていけてなかった。亜麻色の髪が時雨の顔に当たる。紅毛を乱暴に掴んだ女は口元を三日月の様に左右に吊らせた。不気味に弧を描いた唇が殺気を漏らす。同時にポケットから出した二、三の錠剤を碧眼に突き付けた。
「これなんだ?」
しかし、時雨は答えない。その態度に対し、腹が立ったのか思いっきり顔を殴りつけた。豪打された右頬が赤く腫れていく。
「青酸カリ、ね」
茶々は低く笑った。かと思えば直ぐに金切り声を上げる。乾いた笑いが周囲の静寂を破壊しつくしている。
意識のはっきりとしない織田時雨の髪を掴みあげて、そのまま力任せに地面に叩きつける。時雨が掠れ声を上げて吐血した。その頭を足で踏みつける。
「どうしようか。毒殺?」
一旦浮かせ、深く落とす。時雨から苦痛に満ち溢れた叫びが漏れた。声は掠れ切り、音としての意味を成していないくらいの叫びだ。口元からの殺意が、右足と一緒に時雨の頭へと落ちる。
「圧殺?絞殺?刺殺?殴殺?格殺?虐殺?禁殺?串殺?撃殺?射殺?砲殺?銃殺?坑殺?劫殺?惨殺?斬殺?残殺?襲殺?専殺?賊殺?椎殺(ついさつ)?闘殺?爆殺?焚殺?蔑殺(べっさつ)?捕殺?暴殺?撲殺?抹殺?密殺?薬殺?誘殺?要殺?掠殺(りゃくさつ)?扼殺?搏殺?炮殺?磔殺(たくさつ)?縊殺(いさつ)?轢殺?鴆殺(ちんさつ)?鏖殺(おうさつ)?」
何度も何度も踏みつけ作業に励んでいた右足が急に妙な所で止まった。力を入れても動かない。——時雨の紅く染まった白手袋が、足をその場に固定していた。紅毛と血液に見え隠れしている碧眼が鋭い眼光を放ち、言葉が鋭く放たれた。

「悩殺☆」


その瞬間、茶々の躰が吹き飛ばされた。先程まで受け身に呈していたはずの時雨が起き上がり、袖で血を拭き取る。切り裂かれた服からは彼女の性別を現わすものが見え隠れしていた。
「oh no...汚れちゃったし破けっちゃったし、ボッロボロ……。What a disappointment(がっかりだ)!」
瞬時に隠そうと、残った布の部分を引きのばして縛る。「これで良いか」と声を漏らし、茶々に近づいて行った。

「僕の形勢逆転ですね」


逆に今度は茶々が上から見られるようになった。軽く舌打ちをし、持っていたナイフを突き刺そうとして接近する——!


「へぇ、アンタ一人が相手。無理だからやめたら?」
茶々が哄笑する。亜麻色の髪が一部吹き飛んだ。————焼け焦げている。砲を構えた時雨は微笑した。
「…………すみません、手元が狂いました」
「アンタ————……」茶々の額に青筋が走る。肩が小刻みに揺れ始めた。ナイフを一回転させて握り直す。「良い度胸」
びゅん、と音を立てて一気に接近する。時雨は素早く対応、弾丸を二、三発発射。見事に茶々はナイフで全てを弾き落とした。

 刃が時雨の服を切り裂く。胸を真一文字に切っていた。僅かなふくらみが現れる。下に巻いていたさらしも僅かに切りこみが入っていた。
「おん……?」
一瞬の動揺、隙をつき時雨が撃つ!一発が見事に茶々の右足を貫いた。踉(よろめく)が、瞬時に体勢を立て直した。ナイフだけでは足りないと思い、肢体を自在に扱うことを決める。——動きからして、それ程肉体の鍛錬はしていないようだ。

「ふんああッ!」
荒い呼吸と同時に茶々の右足がしなやかに曲がり、時雨の下腹部に衝撃を与える。
「っうあぁあッっ!」
喘ぐような悲鳴を上げ、苦痛に表情を歪ませた時雨だったがすぐさま反撃を開始。通り抜けるように過ぎて行った茶々の右足を掴む。そのまま全体重を掛けて振りまわし、彼女の躰を地に落とした。女が小さく呻く。
「なんてね!」
しかし、それは演技。この機会を待っていたと言わんとばかりの満面の笑みを浮かべてナイフを眼前にあった時雨の右腕に突き刺した。鮮血が吹き出す。
「ッ——————!」
さらに顔をゆがませた時雨は思わず躰をよろめかせた。
「鬱陶しい!」
倒れかける時雨の躰に罵りながら、茶々は蹴りを入れた。諸に食らった肉体が吹き飛ぶ。壁に当たって落ち、暫く手元を痙攣させた。

時雨の意識が朦朧とする。おぼろげに茶々の姿を確認していたが、肉体が能からの指令に付いていけてなかった。亜麻色の髪が時雨の顔に当たる。紅毛を乱暴に掴んだ女は口元を三日月の様に左右に吊らせた。不気味に弧を描いた唇が殺気を漏らす。同時にポケットから出した二、三の錠剤を碧眼に突き付けた。
「これなんだ?」
しかし、時雨は答えない。その態度に対し、腹が立ったのか思いっきり顔を殴りつけた。豪打された右頬が赤く腫れていく。
「青酸カリ、ね」
茶々は低く笑った。かと思えば直ぐに金切り声を上げる。乾いた笑いが周囲の静寂を破壊しつくしている。
意識のはっきりとしない織田時雨の髪を掴みあげて、そのまま力任せに地面に叩きつける。時雨が掠れ声を上げて吐血した。その頭を足で踏みつける。
「どうしようか。毒殺?」
一旦浮かせ、深く落とす。時雨から苦痛に満ち溢れた叫びが漏れた。声は掠れ切り、音としての意味を成していないくらいの叫びだ。口元からの殺意が、右足と一緒に時雨の頭へと落ちる。
「圧殺?絞殺?刺殺?殴殺?格殺?虐殺?禁殺?串殺?撃殺?射殺?砲殺?銃殺?坑殺?劫殺?惨殺?斬殺?残殺?襲殺?専殺?賊殺?椎殺(ついさつ)?闘殺?爆殺?焚殺?蔑殺(べっさつ)?捕殺?暴殺?撲殺?抹殺?密殺?薬殺?誘殺?要殺?掠殺(りゃくさつ)?扼殺?搏殺?炮殺?磔殺(たくさつ)?縊殺(いさつ)?轢殺?鴆殺(ちんさつ)?鏖殺(おうさつ)?」
何度も何度も踏みつけ作業に励んでいた右足が急に妙な所で止まった。力を入れても動かない。——時雨の紅く染まった白手袋が、足をその場に固定していた。紅毛と血液に見え隠れしている碧眼が鋭い眼光を放ち、言葉が鋭く放たれた。

「悩殺☆」


その瞬間、茶々の躰が吹き飛ばされた。先程まで受け身に呈していたはずの時雨が起き上がり、袖で血を拭き取る。切り裂かれた服からは彼女の性別を現わすものが見え隠れしていた。
「oh no...汚れちゃったし破けっちゃったし、ボッロボロ……。What a disappointment(がっかりだ)!」
瞬時に隠そうと、残った布の部分を引きのばして縛る。「これで良いか」と声を漏らし、茶々に近づいて行った。

「僕の形勢逆転ですね」


逆に今度は茶々が上から見られるようになった。軽く舌打ちをし、持っていたナイフを突き刺そうとして接近する——!



『茶々、待って!』



 突如、茶々の脳内に声がこだまし始めた。
こう!」
茶々は目の前にたいしても、周囲に対してでもなく、虚空に声を投げていた。時雨は怪しく見る。撃って良いのかわからないタイミングだ。
『来るよ、新撰組。だから下手に"攘夷のこいつら"なんかにちょっかい出してられない』茶々の脳内で"江"と呼ばれた女が訴える。『だから肉体の主導権を譲渡して』
一瞬だけ顔を顰めた。しかし、彼女には逆らえないと茶々は仕方無く胸ポケットから縁眼鏡を取り出す。

意地の悪さに溢れた悪態を最後にとつく。茶々は眼鏡をかける動作に取りかかりながら、唾を吐き捨てた。
「命拾いしたね、でも次はないから」
唐突すぎる、芝居染みた何かにあたふたする時雨を置き去りにし、茶々は肉体の主導権をもう一人に譲渡した。————茶々の精神がスポットから離れる。周囲は真っ暗闇だ。暗く広いステージの上、スポットだけが光として存在していた。今その光を浴びているのは亜麻色の髪の、眼鏡を掛けた女だ。舞台の主役のように、燦々と輝いて彼女は存在する。今、"世界"に出ているのは江だ。

 二重人格者の江が、主人格として表に出る。スポットに立った江は久しい外を仰いだ。……眼前の時雨は唖然としている。

————雰囲気が変わった?

先程まで溢れさせていた気が一瞬で消えている。同じ人間が出来るような芸当ではない。不審に思いつつ、軽い威嚇で一発だけ撃った。
「うっうああ、わああぁああ!」
江が慌てふためき、声をあげる。軽やかに避けていた茶々とは対照的に、綺麗に右足を撃たれていた。これはやれる、と思ったが時雨はそんなことをする性質ではない。弱者を無意味に痛め付けるのは嫌いだ。

————でも、伊藤熾織殿ならやるんだろうな。

同時に脳内に浮かんだ、嘲笑している女に対して思う。付き人はよくやっていられるものだ。思考に時間を費やしているのに気付き、すぐにやめる。眼鏡の女は頭を深々下げていた。
「えぇっと、えと」詰まり詰まり、何か急くように声を放つ。「新撰組が来るから、てめぇなんぞここで死にやがれぇ!!ハッ、ザマァ!犬の餌にでもなるのが良いし!始原生殖細胞を作るのも烏滸おこがましい!さぁ、サッサッと掃かれるように死に失せろ!!」
「ハァ!?」
抑揚のない声で喋る言葉に思わず時雨は聞き返していた。しかし、相手は真顔で
「と、茶々が仰っておりました。……では」
と言って足早に去っていってしまった。

————眼鏡を掛けてから別人……。

確か、と何かを思い出そうとする。しかし出てこなかった。入江蕀いばらという人間が仄めかすようなことを言っていた気がしたが、分からなかった。

「Well...取り合えず、僕も去ろ!戦わなくて良かったし!どうせ嗣殿が来るまで待ってる予定だったし、YEAH!」

考えをやめ、今まで張り詰めていた緊張を解く。直後から訳のわからない言葉を一斉に吐き出し始めていた。最早時雨にはそれを抑制する気力も消えていた。気力が抜けた瞬間に、止血されかけていた血液が一気に噴き出す。それからは、血を垂れ流しながらただガッツポーズし、泣き叫び、
「Thanks God,This Friday !! TGIF!TGIF !!」
と連呼しているだけだった。





『りん』

優しい声が傾く。頭上、斜め上、発信源探る。

 ここ?そこ?あそこ?どこ?

『りん』

もう一度。

————私は知っている、貴方が誰かを。
————でも分からない、思い出せない。

 幼い琳邑のまなこが天上を仰いだ。刹那に来た来迎に思わず目を瞑る。差し込んだ光は、綺麗に名を呼ぶ人間の顔を隠していた————。


「おねえちゃん?」

鄙子の声が聞こえ、意識が戻される。ハッとした先に童顔の可愛らしい少女が見えた。眉を顰めて見つめている。
「どうかしたの?」
「……ううん」琳邑は首を左右に振った。「ただ、ぼんやりしてただけ」
「そっか」
それを聞いた鄙子が満面の笑みを浮かべる。色鮮やかな花々が咲き乱れている花畑の様な笑顔で手を引いた。
「お姉ちゃん、早くいこーよ」
急かすように言う。琳邑は笑顔を返した。


 無邪気な子供姿が可愛らしい。彼女に引っ張られてゆく姿に、何か別のものが重なってゆく。菫色の艶を出した、艶やかな黒髪。薄桃色の、躰を覆うようにしている中華服。

『はかせ!』

元気に声を張り上げ、子供が名を呼ぶと同時に振り向いた。

 鄙子の顔に重なって、自分を幼くした顔が映る。

「え、わ……わた……——?」
一瞬動揺。眼を擦る。直ぐに開ける。鄙子の顔が映っているだけだった。やはり気の所為なのだろうか、と思考が揺らぐ。其処を無理やり、「気の所為」だとした。

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