複雑・ファジー小説

Re: 吉原異聞伝綺談 *[皐月]終了、水無月開始 ( No.96 )
日時: 2011/08/09 17:58
名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: rbVfLfD9)
参照: 糸色 イ本 糸色 命

【三月目、水無月】




 ————水無月のつちさへけて照る日にも。

「と、いう歌が万葉集にあるのですよ、局長」
枯草色の長髪を右で纏めて胸元まで垂らした、細目の女が布団から起き上がり、語り掛ける。
「あれ、今日は珍しく起きてるねえやなぎちゃん」
「はい」穏やかな笑みを返し、女は繋げる。「新撰組六番隊組長井上八柳いのうえやなぎ、本日は起きておりますよ」
丁寧に深々と頭を下げた八柳に吊られて新撰組局長近藤鄙子もお辞儀する。上げてからいつもより八柳の顔色が良いのを確認し、鄙子は障子に大穴を空けて声を飛ばした。

「ひじー!!組長会やるよーう」
「だぁあから、局長ォオ!どうして毎回穴空けるんですかァアアァアァアァァァ!!」

廊下を全速力で走り、更に怒鳴り散らしながら新撰組副長の土方空華がやって来る。鄙子は右手を挙げてあどけない顔をしている。
「よっす!」
「よっすじゃないっすよ、局長」
鋭く言い放ち、土方は一息深く吐いてから部屋に入った。中に居る八柳と目が合う。互いに会釈。妙にぎこちないやり取りに八柳が思わず笑いを漏らした。
「土方さん、ぎこちなさがなんだかうちの妹みたいよ」
土方は苦笑いを浮かべる。相変わらず天然で、常に風船のように揺られて浮いている井上八柳は掴み所がない。病気がちながらも強さを秘める彼女は新撰組内でも少ない穏健派に入る人間である。

 土方は部屋を確認する。多くの人間が入るには狭い。なので彼はしゃがみ、八柳と目線を合わせ
「井上。移動できるか?」
と訊ねた。八柳は柔和な顔で頷く。——それでも病人、彼は優しく手を取ってやった。立たせてやり、毛布を持つ。
「すぐ前の大広間行くか」
鄙子もきちんと掴んでくれたようで、八柳を支えた。

二十歩数えぬうちに、直ぐ到着。前の戸を開けて中に入った。剃髪の男や小柄な少女、髪を金髪に染めた派手な男と様々な人が集まっていた。各々土方と鄙子が入って来たのを確認すると黙り、静寂を創る。ピリピリとした緊張感が溢れた。破るように鄙子が声を出す。
「じゃーあ、出欠席確認!」

 新撰組の組長等、重役が集まって会議をする際には必ず出欠席を確認する。鄙子が名を呼び、返事をするという如何にも簡単な行為であるが、何故か重要視しているのだ。鄙子が長い巻物を開く。
「一番隊組長おっきー!」
一瞬ざわつく。————鄙子が勝手に付けている渾名だ。おっきーこと沖田総爾郎が挙手しようとした時より少し前に土方が訂正。
「一番隊組長沖田総爾郎」
「はい」
機械的で実に退屈なものだと鄙子は頬を膨らませてぶうたれる。副長は思わず声を張り上げた。
「ちゃんとしてくださいよ局長!!」
鄙子は相変わらず不貞腐れている。
「ヤだよ」軽く舌打ち。「詰まんない」
「詰まんないて……」
土方空華は項垂れた。構わず鄙子は次の名を呼ぶ。

「二番隊組長がんまる」
二番隊組長永倉雷丸ながくららいがん
呆れ顔で土方、訂正。鄙子は無視する。
「ヘィ」
返事をした永倉雷丸は金髪の男だ。前髪を上げ、頭をはねさせ、多くの金属の装飾品できらびやかに着飾っている派手な組長は気だるそうに挙手。
「相変わらずのチャラ男だね!チェケラっ」
鄙子は人差し指と親指だけを立てた両手を回転させて永倉を指す。彼は欠伸をしてから
「そうすな」
と倦怠な感じで言って居眠りにつく。誰も注意しないのはこれが常だからだ。次に進む。

「三番隊組長はじめちゃん」
「三番隊組長齋藤一」
「…………はい」
返事をしたのは左頬に傷のある長身痩躯の憂いを帯びた男だ。青白い顔が残りの命の短さを語っている。
「齋藤サンは相変わらずの罪オーラだね♪」
子供のように総爾郎は笑うが齋藤は一切無視する。
「四番隊組長ういー」
四番隊組長松原初まつばらうい
「はい」
きちんとした身形の、潤み色の短髪の男が挙手。
「五番隊組長エコー」
五番隊組長武田回向たけだえこう
烏羽色の髷頭をした、少し太った男が返事する。
「はい」
「六番隊組長やなぎちゃん」
「六番隊組長井上八柳」
「——はい」
咳き込みながら八柳は手を軽く挙げた。

「七番隊組長たにがわ」
「七番隊組長谷かはら」
「…………うぃっす」
長い髪で目元を隠した男の返事。
「八番隊組長ドードー!」
「八番隊組長藤堂はかり」
少し間。ハッとして急いで返事をしたのはおかっぱのまだ若い少女だ。
「は、ハイッ!」
先日組長になったばかりの若手の顔を確認すると、鄙子は次に進んだ。
「九番隊組長ハゲ」
九番隊組長鈴木勝義すずきしょうぎ
「はいはい」
例えるなら達磨、僧のような剃髪の男が挙手。
「十番隊組長ざっそう!!」
「十番隊組長原田草之ヱ(はらだくさのえ)」
組長最後の青年はゆらりと立ち上がる。
「局長ォ!ざっそうじゃないで」
「よし、組長は皆居るね!」
「無視かい!!」
抗議を受け流された原田は滑り転けた。


 鄙子は一望する。ついでにと、残りの名を呼んでいくことにした。
「総長さんなん〜」
「はい、局長」穏やかな顔付きの青年が返事。「山南利記さんなんとき、きちんと居ります」
「新撰組しや……か……?忘れたけどみっちゃんいる?」
「新選組諸士調役兼監察!山崎櫁杞やまざきみつき、ちゃーんといますよぅ!」
キラッと効果音を出して現れたのはミニスカートに隊服を改造した少女だ。派手さは永倉と良い勝負である。
「参謀のつーちゃん」
「はい。参謀の伊東続紅です」
鄙子と良い勝負の小さな少女が返事。よしよしと鄙子は頷いている。
「もう一人の参謀伊藤槝緒いとうかしをは欠席です」
土方が付け足す。二人居る参謀のうち、伊藤はよく不在になっていた。
「最後に副長のひじー」
琥珀の目を輝かせて土方空華を見る。
「副長土方空華」
「あれ、土方さん本名嫌いじゃなかったっけ?」
調子に乗った永倉の頭には秒速で土方の制裁が下された。

鄙子がもう一度一望する。見事な眺めだ。
「じゃあ、組長会を始めようか」






 視界に一筋の紅い線が走った。


「りん!」
「は、はいっっ」



赤黒く爛れた肉体からボタボタと血液を流し、悶えている醜悪な妖魔に刀を突き刺しながらの高杉嗣に、対妖魔用人形兵器の琳邑が翳した両手を向ける。露出された背中から浮き出る、八枚の透過色の羽。翳した両手から、閃光が放たれる。妖魔に直撃、灰塵と化させた。
「次も!!」
今度は濃緑色の肉体を持った、鋭利な刃物を躰から生やしている妖魔を封じていたチェン・フェルビーストが琳邑にトドメを求めた。
「うん」
今度は右手だけを前につきだし、広げて直ぐに握り直す。握り直したと同時に妖魔が弾けた。周囲を見渡し、もう敵が居なくなったと確認した嗣が声をかける。
「一段落ついたな」
聞いて直ぐにチェンはその場に腰を下ろし、深く息を吐いた。————不老不死の特性を持った妖魔と戦うのは、やはり疲れる。



 突如江戸吉原に現れた妖魔を倒す手段はほぼない。いくら切り刻んでも、爆破しても奴等は再生する。——それを世界で唯一完全に消し去れるのが、対妖魔用人形兵器[RIN-YOU]、即ち琳邑なのだ。研究によって、物質の存在概念である"ことわり"をねじ曲げる力を得た彼女はこの世の物質、全てを破壊できる。だから妖魔も完全に消せるのだ。

 しかし、その力も妖魔を束ねる仙翁によって三分の一、奪われていた。だから今の彼女は完全ではない。それでも妖魔を破壊することは出来る————仙翁の様に、桁外れの妖魔以外ならば。

「俺はもうヘトヘトだよ」
腰をおろしていたチェンは、次の段階——寝ころぶという行動にまで進んでいる。その様子を横目で見ながら、嗣は刀にこびり付いた鮮血を振り払った。紅い軌跡が描かれる。
「お前も疲れてると思うけど、お嬢さんはもっとじゃねえか?」
冗談めかして笑っている嗣に不信感を覚えつつ、チェンは起き上がった。——案の定、妖魔を消滅させていた琳邑は深い眠りに落ちている。更に深いため息を吐き、熟睡して居る彼女の傍に寄った。安らかな寝息と寝顔が妙に腹立たしい。が、"理"の力を使った後に体力を回復すべく、眠りに付かねばならないと言う彼女の特性が後から脳に伝えられたので仕方ないものだと思ってやった。……先が思いやられる。

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