複雑・ファジー小説
- Re: あだるとちるどれん ( No.11 )
- 日時: 2011/02/27 20:18
- 名前: 右左 (ID: 8hgpVngW)
どういう、事だろう。
つまり一年間同じクラスに居たのに僕の存在感が薄い所為で覚えてもらえてなかったと。
そういう訳だろうか。
「えと、僕と君はね、」
僕が説明しようとすると、王叶は思い出したかのように両手をパンッと合わせた。
それから、僕の腰に手を回してきた。 所謂、抱きついてきた。
「分かった! お前がアタシの恋人という奴だな!」
自己解決をして、納得している。
さっきまで「誰だ」と言っていた人物を、信用してもいいのか。
「早速アタシの家に来いっ。 ほらほら早くー!」
王叶は僕の手を握ると、早歩きでせかせかと歩く。
その顔は中学時代に見たことの無い、屈託ない笑顔だった。
多分、何を言ってもこの子は僕の話など聞いてはくれないだろう。
僕には家で待ってくれている人がいるというのに。
そういえば。
事件の事について、少しばかり思い出した事がある。
事件が起こる前に流されていた“噂”。
“王叶 柚鬼は虐待を受けていた”
当時僕らの中学では、いや、僕らの中学に限らないと思うが体育の時は更衣室が男女別々だった。
そこで中学二年生の時、王叶と同じクラスだった派手好きな女子が彼女の身体に痣を発見したらしい。
前も言ったが、僕は事件には詳しく知らないので退学になった“騒ぎ”については知らない。
しかしこういうのもなんだが僕も、
彼女が虐待を受けているのではないかと、疑っていた。
僕は彼女の家を知っている。
決してストーカーをしたわけではない(それもどきはしたけど)。
その時に聞こえたのだ、彼女の必死の叫びを。
「あ、そういえばお前名前、なんて言うんだ??」
違和感に気付かないのか、この娘は。
普通恋人なら名前くらい知ってるだろ、気づけよ。
絶対に街角とかでチャラい欲求不満の男に誘われたらホイホイついていくタイプだな。
「和だよ。 芦原 和」
王叶は目を丸くして、動かしていた足をピタリと止めた。
「………………」
先程まで笑顔だった顔には困惑が伺える。
迷っている、多分。
僕はエスパーじゃないから断定は出来ないけど。
「し、ずか。 ……女みたいな名前だな……」
「うん……、よく、言われるよ」
コメントしずらかった。
「アタシはな、柚鬼って言うんだ。 呼び捨てな、呼び捨て!」
また元気な顔に戻り、走り出す。
それから走っている途中に沢山の事を聞いてきた。
僕は、このまま彼女の彼氏という事でやっていくのだろうか。
***
「アタシ、は、シズカと、恋人。 えへへ……」
柚鬼は笑う。 目の前の人物に語りかける。
「シズカねー、かわいいんだよー」
相手からの、返事は無い。
「応答ナシ?? ひっどいなー」
相手からは寝息まで聞こえる。
どうやら寝ているようだ。
「ねえ、シズカ……。 シズカは、シズカの事どう思う??」
- Re: あだるとちるどれん ( No.12 )
- 日時: 2011/02/28 19:23
- 名前: 右左 (ID: 8hgpVngW)
……、あれ。
何で僕はこんな事になっているんだろう。
確か、王叶……柚鬼と走ってて、柚鬼の家について。
それから……、
「しぃーずかっ♪」
目の前に、顔がひょこっと出てきた。
視界がぼやけて顔は確認出来ないけど、柚鬼だ。
柚鬼の奥には黒いローテーブルがあり、更に奥には襖があって違う部屋に通じているようだ。
僕が今触れている物の質感から、ソファだと確認する。
手足は、……何故か縛られている。
それも緩くはなく、きつく、形が残りそうなほど。
「中々起きないから、死んだかと思った」
「……勝手に殺してくれるなよー……」
僕は目の前にいる柚鬼にも聞こえないくらい小さな声で呟いた。
呟いた、と言ってもほとんど空気と掠れるほどの音だ。
それに、仮にも僕は恋人のはずなのに。
死んだかと思ったって、あっさり言ってくれるな柚鬼。
「シズカはアタシのモンだしね。 ふひひ、印つけるんだよ!」
パタパタと台所へ忙しなく歩く。
“ふひひ”なんて、奇妙な笑い声をするもんだ。
柚鬼はにこりと笑いながら、手に持つ光る物を見せるように駆けつける。
ギラリと光る銀色は、獲物を捕らえようとする野獣の目の光のよう。
「あ、殺さないから大丈夫!! アタシ、人殺し嫌いだしね」
人殺しが嫌いな人が、“包丁”を持ってニヤリと笑うもんか。
彼女は包丁をギュッとしっかり握り締めて振りかぶる。
それも僕の太ももに目掛けて、だ。
「あ、って、と、」
避けるのに精一杯だった。 縛られている足では行動範囲が限られる。
ギリギリ、かすった程度だ。 傷は出来ていない。
だが、避けた所為でうつ伏せになってしまい、包丁を持つ相手に対してあまりに無防備だ。
「…………何で、避けたの」
低い声で、唸るように声を出した。
まるで避けたのがありえないとでも言うように声を搾り出している。
「っ、怖い、かな?? あの、せめて僕の手足を縛っている縄を外してほしいかな、ってえええええええええッ?!」
左の腕に、ぐりぐりと包丁が刺さる。
“刺さる”なんてもんじゃない。 肉を抉り出すように。
腕が、紅い。
血の色と、血の臭い。 臭い、あまりにも。
だけど、それも気にならないくらい痛い。 痛みも感じてないんじゃないのかってくらい。
でも、柚鬼は気にしてない。 むしろ、喜んでる。
いや、……怒っている…………??
、、、、
「前だってそう言って、逃げ出したじゃないッ!!」
……前??
ちょっと待て。 僕と柚鬼が出会ったのは今日であって。
それまでにこんな刺激的な体験を柚鬼とした覚えはないんだけど。
柚鬼は僕に考える余裕をくれやしない。
鬼のような形相で僕を睨んでくる。
「シズカ、アタシの言う事聞かないもん! そうするしか無いって思ったんだもん!」
だから、僕は何もしてないって。
被害妄想は頭の中だけにしてくれよ、柚鬼。
「シズカ、言った! だから、アタシから逃げたりしない!」
何か分からない。 腕の感覚が、堕ちていく。
「分かった! 分かったから、今度は……っ約束する! 今度はほんと!!」
柚鬼は包丁を下に落とした。
……機嫌、直った??
柚鬼はさっきまで怒っていたとは思えないほど満面の笑みを浮かべた。
にこりと笑って、僕の頬を撫でる。
「じゃあ、許す!! シズカが約束してくれたから、アタシ信じるよ! ふひひひひ」
やっぱり、笑い方変。
***
その後の僕と言えば、柚鬼のラブラブ光線を抜け出して帰り道を歩いていた。
腕?? そんなの勿論、血をだらだら垂れ流してるよ。
……やば、血液足りないかも。
「っ、和ッ?!」
ああ、やっと来てくれた。
僕の大事な“保護者さん”。
このままだと、僕死ぬかもね。
まあ、“保護者さん”が助けてくれるよ、うん。
僕みたいな弱弱しい奴が、柚鬼と付き合っていけるのだろうか。
決定する権利は持ってないけどね。