複雑・ファジー小説

Re: あだるとちるどれん ( No.116 )
日時: 2011/05/22 17:00
名前: 右左 ◆B.t0ByGfHY (ID: 8hgpVngW)
参照: 可愛イ子ヲ見ツケタンダヨ。 可愛クテ、……ソウ、君ニ、ヨク、似テル








ハイテンションなマーサさんがさっきから一々入り込んでくるので話が一個も進まない。

「可愛い子を見つけたんだよ」

マーサさんが語る。
拓美さんは、ブツブツ文句を言いながらおさまる事のない言葉の羅列を聞いている。
余りにもマーサさんが煩いので、彼女が満足するまで話を聞くことにしたのだ。
ちょっとカッコつけて、「聞かせてもらいます」とか言ったのに。 と僕の心境もあまりよろしくない。

「すごい可愛くてさあ! ……んと、……」

マーサさんが僕を見てくる。

「……そう、君に、よく、似てるって感じたわ」

柔らかく微笑む。 白い手のひらを僕の頭に乗せ、赤ん坊をあやすように撫でてくる。
本当に似てるようだけど、僕にとって僕に似てるっていうのはいけない事なのだ。

「そんなわけ、ありませんよ。 だって、僕はぃぐっ?」

拓美さんが威圧を纏った視線で僕の喉まで出かかった言葉を押し返す。
いや、単に口を塞がれただけなのだが、視線も熱いという事で。
……妙に長いよ、押さえるの。

「ふーん、訳ありって事かあ。 まあね、今度しょうか」「まあさあああああああ!」

扉から若い男の声が聞こえる。 マーサさんのような入り方をしてきた。 この病院にまともな医者はいないのか。
聞こえた瞬間、マーサさんは眉を顰めた。

 「うっげえ、なによぉ。 ちゃんと仕事してたっつうの。 ねえ、樫本さん?」

僕の横のベッドで寝ている樫本というおばあさんが、急に名前を呼ばれたにも関わらず戸惑いながら、

「え、ええ……そうね」

と笑いながら答えてくれている。 うーん、いい人だ。
拓美さんがクックッと笑いを堪えている。

「おっと、ご迷惑をお掛けしました。 邪魔だったでしょう? コイツは連れて行きますのでご安心して談笑ください」

この人も大概感じのいい人なのだが、マーサさんには嫌われてるみたいだ。

「ああああっ! しずかくうんっ!」

某アニメの猫型ロボットがだめだめな男の子の名を呼ぶように僕の名前を言ってくる。
だめ男(省略)が大好きなやきいも好き女の子と名前がかぶってるしね、何の偶然だろう。

あーあ、何だこの無駄な時間。 と拓海さんが言う。
それには同感せざるを得ないなあ。 樫本さんも煩い人が居なくなって一息ついている。

「はい、話をどうぞ? 無駄な時間はもう過ごさないように」
「それはそうだけどお前ベッドから出てもいいんだったよなあ。 だったら、屋上言って話すぞ。 人に知られたい話でもないしな」

知られちゃいけない話でもないでしょうに、と悪態をつく。
でも拓美さんがそう判断したならいいやと話に踏ん切りをつけ、立ち上がる。
心拍が一層早くなり、汗も尋常じゃなく出てくる。
立ち上がっただけなのに、立ち眩みがしてぐるぐると回る感覚が僕を襲う。
拓美さんはそれに気づかず、自分だけ早々とドアに向かって歩いていく。

「貸しましょうか?」

樫本さんが杖を差し出してくる。
何だこの人。 いい人すぎる。

「ありがとう、ございます。 お借りしますね」

手渡しで受け取り床を二回つく。
よし、おっけい。 と心でガッツポーズをする。

「その杖、あげますよ。 ですから、わたしの事を覚えててくれたら嬉しい。 この老いぼれには、覚えててもらえる人がもう一人もいないから」

樫本さんは笑って言う。
はい、と短く返事をしてドアに向かって歩き出す。 樫本さんは軽く手を振ってくれた。


あの人にはあの人の、触れられない事情があるんだなあと。
この頃から、僕は人の心にむやみに触れ始めてしまった。