複雑・ファジー小説

Re: あだるとちるどれん ( No.126 )
日時: 2011/06/06 20:14
名前: 右左 ◆B.t0ByGfHY (ID: 8hgpVngW)
参照: 和は生還しました、静和は僅かな存在をも忘却しました。




着いて早々、拓美さんに笑われたのは言うまでもない事である。
口に手を当て、怠そうに欠伸をする拓美さんはいつもと変わりない。
だからこそ、今話すことが余計に緊張を誘うのだった。

「お前はさ、依楓の事どう思ってる?」
「は……?」

開いた口が塞がらない。

「大切な人、じゃない……の」

だって、そう言うしかないだろ。
嫌いだったら何になるんだよ。 嫌いだったら、殺してでも依楓さんとのデート(かどうかは危うい)の誘いに抵抗するよ。

「ふーん」

一言つぶやいて、拓美さんは僕の杖を掴んでくる。
そのまま僕の手からそれを剥がし、支えるものが無くなった僕は前に転ぶ。
拓美さんと転んだ時についた手を、交互に見つめる。

何だよ、何を話そうとしてるんだよ。
意味が分からなさすぎて、ずっと交互に見つめ続けていた。
眩暈もしてきた。 分からない、何を、分からない。

「この杖みたいな感じなのか?」
「え? 依楓さん、え? そう、あれ、あ……? 僕は、俺は、あっ……?」

思考グラグラ、
視界グニャグニャ。

「……何」

拓美さんは至って平然としている。
僕がおかしいのか? 世間から外れていて、僕だけが、取り残されている。

見かねた拓美さんが杖を僕の手に戻してくれた。

「ごめん」

小さい声で謝る。
眩暈も、何もかも全部収まった。 のに、怖くなった。

「痛かったんだよ。 ずっと僕は、隠れてて。 依楓さんが守ってくれてて。 ねえ、僕はここにいなくちゃいけない? でも、俺はいちゃいけない?」

ああ、情けない。
アイツがまだこの世界にいたら、生きていたら、きっと俺に投げかける言葉はそうだろう。

「大丈夫だよ。 お前は和じゃないけど、俺の大事な人だから、平気。 大丈夫」

拓美さんは子供をあやすように優しく言う。

「静和、大丈夫だから。 俺は、お前がスキだから」

誤解しないよーに。
拓美さんが言ってるのは、家族愛です。

   セイワ
芦原静和は、芦原和の弟である。
俺の兄貴はちょっと前にこの世からいなくなり、そして、見事に生還を果たした。
俺の体の中に潜んで。


正しく言えば、静和は消された。
静和は外に出る事がなかったため、和が死んだ際に葬式に現れ初めて外の人からの認識を受けたのだ。
姿を見た人は、静和が死に、和が生きていると勘違いしてしまったのだ。

静和は当時大きなショックを受けたが、そうふるまうようにしたのだ。


芦原和という、一個人として。




「静和? 俺だけでもずっと、お前の事を覚えてるよ」


彼だけが本当にずっと俺を覚えてくれていた。


「ありがとう」


だけど、静和自身が静和を忘れるのも、遠い先の事ではない。