複雑・ファジー小説
- Re: あだるとちるどれん ( No.27 )
- 日時: 2011/03/09 14:46
- 名前: 右左 (ID: 8hgpVngW)
あれから三日経った。
あのハマヤさんの衝撃の発言は、拓美さんには言わなかった。
言ったら拓美さんはハマヤさんを殺しに行ってしまうかもしれないと思ったから。
「どいて下さい」
僕は、家の掃除をしていた。
正しく言えば拓美さんにさせられていた、だけど。
「うっせーな、邪魔はお前だよ。 何掃除してんの」
「拓美さんがさせたんじゃないですか!」
半ば殴りたい気持ちを抑えながらも、この人が適当な人でよかったと思う。
きっとこんな性格だからこそ、依楓さんの事を引きずらなかったんだ。
「あぁ、ハマヤだっけ、自称不幸少年?? アイツと、話したよ」
……え。 そう、小さく声を漏らした。
僕があんなに必死になって隠した事を、知っているのか。
「何を話したんですか……??」
振り返ってしまったら、きっと、僕が何かを隠している事がバレてしまうかもしれない。
目を、合わせないようにしなくては。
僕は、おそるおそる、唇を震わせながら言う。
僕でもショックだった言葉を、僕よりももっと深い絆で結ばれていた恋人だった拓美さんが聞いてしまったら。
「別に。 “俺はそんな奴感知してねぇけど”、だってさ」
思わず、後ろを振り返ってしまった。
……は、何だあの人。
秘密って事なのか。 僕にだけ、なのか。
それとも、拓美さんが“恋人”だったと、それが分かったからなのか?!
僕が、言えるはずがないと。
なるほど、流石僕を一年間つけ回したストーカー。 僕の事をよく分かってらっしゃる。
僕は正面を向いて、拓美さんを直視しないようにする。
「そーですか。 残念でしたネ」
フザけた口調で言ってみる。
すると、拓美さんが後ろから僕の右肩をぐっと持ち、強引に僕を後ろに向かせた。
拓美さんは、眉根を寄せている。
「なあ、お前なんか知ってんだろ?? お前なんかが俺を騙せるとでも思ったのかよ」
肩を持っている力が、一層強くなる。
「知りませんって。 そんな事、僕はシラナイ」
あくまで、しらを切り通す。
拓美さんは勢いよく僕の左腕をガッと掴んだ。
まだ完治していない腕が、ギシギシと呻きを上げる。
「つ、……ッ」
「んあ、悪ィ」
焦った様子で素早く手を離した。
分からない不満が、拓美さんの中で渦巻いているんだ。
依楓さんを失った悲しみと、自分から依楓さんを取った“敵”への憎しみと。
焦りすぎて、もう周りが見えないんだ。
拓美さんの心身はもう限界に近いのかもしれない。
その時、電話が鳴った。
プルルルルと、この空気を読めていない電話の音を聞いて、少し安心した。
昔から不快で不快で仕方が無かった、電話の音なのに。
「あ゛?? 誰だよ」
拓美さんは子機に表示された電話番号を覗く。
僕も後ろから覗き込んだ。
その画面に表示されていたのは。
「僕の、電話だ」——ハマヤさんだった。
多分、僕宛てではないと思うけれど。
僕は子機を取り、“外線”のボタンを押す。
「はい、芦原です」
お決まりの台詞を言う。
すると、僕の耳に電話の機械的な音が飛んできた。
『……和ぁ?? 俺俺、俺だよ。 ハマヤだよーっと』
オレオレ詐欺だよ、子機戻そうかな。
全く、どうしてこんなに機械的なんだろう。
人間の綺麗な声のままで伝えればいいのに、何で、機械音に変換してしまうんだろう。
こんなにも、不快な音なのに。
「何のようですか、ハマヤさん」
だるそうに返事を返す。
『今から、会えない??』
少しだけ大人しくなった声。
……ただただ弱弱しい、子供の声だ。
「告白ですか??」
半分、冗談で言ってみる。
『まあ、そんなトコ。 でも、それよりも、重要、だから』
言葉が途切れ途切れだ。
すすり泣く、声も聞こえる。
「どこへですか」
『俺ン家』
即答。
僕は、溜息交じりの声で言う。
「分かりました。 でも、急に襲うとかはナシの方向でよろしくお願いシマス」
最後は冗談で締める。
さあ、行くとするか。
僕は子機を台において、椅子にかかってあるパーカーに手を伸ばす。
だが、行進途中で拓美さんの手に制された。
「どこ、行くんだよ」
えらく真面目な声で、真面目な表情で、止めてきた。
「……友達からなんで、友達の家??」「嘘つけ」「犯罪者の家」「……」
犯罪者では、ないけれど。
でも拓美さんや僕から見たら、犯罪者かな。
「お前まで俺から離れんなよ……」
……、弱った。 抱きしめられてしまった。
拓美さんから、離れられない。
「帰りますから、絶対に」
僕は力を込めて言う。
そして、僕よりはるかに重い拓美さんの身体を押し上げる。
「だから、帰ったら思い切りハグして下さい。 安心します」
笑顔で、笑う。
拓美さんは、口角を上げて答えた。
「言ったな」と。
僕は手を振って出て行った。
「また、絶対に帰ってこれるように」
そう言って、僕は閉まった扉に“りんご”を描いた。
——依楓さんがスキだった、りんごを。