複雑・ファジー小説

Re: あだるとちるどれん ( No.33 )
日時: 2011/03/15 15:24
名前: 右左 (ID: 8hgpVngW)






「……でか」

大分距離を歩いた先に、着いたのは20階はゆうにあろうマンションだった。
玄関先も綺麗。 眩しすぎて庶民の僕には直視できない。
どうやら、ハマヤさんはお金持ちらしいな。

僕は、ゲームでラスボスを倒しにいく前くらいの緊張感を抱いていた。 度合が分からない。
覚悟が決まっていないまま来てしまったので、手が、足が、震えている。
その震える手を何とか動かし、ハマヤさんの号室の番号を押す。

『あ、来たか。 ちょっと待ってろよ』

不快な音がする。 機械の、砂嵐のような雑音がうるさい。
この音源のスピーカーを殴り飛ばしたい気分になった。

後から付け加えられたような“ちょっと待ってろよ”は多分、僕に宛てられた言葉ではない。
ハマヤさんの部屋にいる誰かに、指示を出す言葉だ。
現に今、「うん」という言葉が聞こえた。

『今から開けるから、来てくれていーよ』

はい、と短く返事をして開けられたドアをくぐり、エレベーターに乗り込む。
8階に住んでいたんだっけ。 うろ覚えの記憶を頼りに、“8”のボタンを押した。
さっきのインターホンで押した号室は、記憶の片隅に辛うじて残っているくらいになっていた。

やがて、お目当ての号室にたどり着いた。 ……多分。
僕はインターホンを押して、ハマヤさんを呼ぶ。

「すいません、来まし」

全て言い終わる前に扉が開く。
きっと、扉の前で待ち構えていたんだろう。
ハマヤさんが、僕の腕を強引に引っ張りドアを閉める。




リビングから、子供の泣く声が聞こえた。




「苦情が来るだろ。 さっさと上がれよ」

眉根を寄せながら手招きをしてきた。
僕は靴を脱ぎ、整えた後、リビングに上がった。


そこには、4、5歳くらいの女の子がいた。


「ああもう、うるさいんだよお前! まじ不幸! 泣きやめばかっ」

ハマヤさんが話し声より少しだけボリュームを上げて、女の子に言う。
女の子は必死に泣き声を止めた。 だが、まだしゃっくりは聞こえている。

「ホラ、話したろう。 あれが、例のガキだよ」
「子を孕ませておいて、ポイっと捨てちゃったんですか」
「うるせーな。 こーゆー事言われるから話してなかったのによ。 選択誤ったかー、不幸不幸」

僕は溜息を混じらせつつ、ハマヤさんに尋ねる。

「ハマヤさんの不幸癖は直らないんですかねぇ??」
「直らねぇだろぉ。 ガキ育てんの面倒イコール不幸。 お前とこんな形で話す事になったイコール不幸」

次々と“不幸”を語っていくハマヤさん。
最後にハマヤさんが言った“不幸”は、少しだけ口許が笑っていた気がする。




 、、、
「アイツが死んでしまったイコール不幸」





実際、女はハマヤさんにとってガキを産む機械でしかなかったろうに。
依楓さんは、彼にとって大切なことを学ばせたのかもしれない。
結果的にはグッジョブ依楓さん。

「そんで、話っつーのはさぁ」
「あ、そーいや、この子名前何なんですか??」

ハマヤさんが、あからさまに嫌そうな顔をする。

「……ほんと、そーゆー不幸はやめてくんねぇ?? 今、話題逸らしたろ」
「そんな事はシテマセンヨ」

わざとらしく言う。
ハマヤさんは、仕方ないなと女の子の名前を呼ぶ。

「甘味っ! ちょっとこっち来い」
「うゆー」

可愛らしく駆けてきた女の子はハマヤさんの膝にスッポリと収まった。
それから、ハマヤさんが女の子の右手を掴み、小さく横に振った。

「はい、自己紹介」
「沖田甘味っ!」

カンミ、かんみ、甘味。
白玉餡蜜が食べたくなってくる名前だね。



そして、僕も拓美さんもご存知の、あの人によく似ている。
忘れもしない、あの顔によく似ている。


壊れて壊れて、そして、死んでしまった。

































——紛れも無い、甘味は、依楓さんの子供だった。