複雑・ファジー小説

Re: あだるとちるどれん ( No.34 )
日時: 2011/03/15 15:43
名前: 右左 (ID: 8hgpVngW)






          第参話
      〝甘く、熱く、ほろ苦い〟


『キミの幸せ探しに何でわたしまで付き合わないといけないのさ』
『ま、いいじゃんか。 手伝ってくれや』
『こんな山奥の小屋なんて、気味が悪いにも程がある』
『だーいじょーぶ、俺が守るよ。 死んだら不幸って事で』
『これで、孕んじゃったらどーすんのっ』
『そん時はそん時。 じゃ、名前決めといて、俺一人で育てるから』
『キミ一人は不安だけど……なら、“甘味”』
『甘味ィ?? 甘そ……っ』
『いいじゃない。 キミの人生にちょっとでも甘さを与えてあげたいわたしのキモチだよ』


——それが、オマエが俺に施してくれた約束だった。




Re: あだるとちるどれん ( No.35 )
日時: 2011/03/15 18:33
名前: 右左 (ID: 8hgpVngW)






色素の薄い、ストレートの髪。
僕を見つめる茶色い瞳に無邪気さの欠片は少しも無い。
その筈なのに、あの笑顔が年相応の女の子に見せている。



全部が全部、依楓さんとの繋がりを表していた。



ハマヤさんの膝から離れた甘味は、依楓さんの好きだった林檎模様の服を着ていて、クルクル回っている。
子供らしい笑顔を振りまきながら、今度はぬいぐるみを抱き締めながら隣の部屋にある、布団に包まり始めた。
ハマヤさんは呆れたように甘味に言う。

「おい、あんまはしゃぐな。 寝るなら、その襖しめとけ」
「元から開いてたもんっ! 人にたのむたいどー!」
「お願いしますぅー」

皮肉交じりに青筋を浮かばせながら言った。
そしてそれを見て、僕はクスリと笑った。

「んで、この件は拓美さんに話そうと思うんですけど……」
「ああ、その件だけどさ。 コイツ、引き取ってくれない??」

予想外の言葉に、目を丸くする。
引き取る?? 誰が。 僕、しかいないけど。

「……依楓にさ、言われたんだよ」

依楓さんが、ハマヤさんに、言いそうな事。
………………、心当たりがありすぎて困るな。

「子供を孕ませる前に“キミが育てると、凄い事になりそうだし甘味は拓美に任せてよ”って。 信頼ねぇよな、不幸ー」
「その気持ち、分かります。 あ、依楓さんの気持ちですよ」

ハマヤさんに頭の両側からぐりぐりと拳を回された。 痛い。
あれ、少しだけ疑問。

「何で、依楓さん女か男か分かってないのに甘味って決めてんですか」
「ん?? ああ……“女の子が生まれて来なかったら神様殺す!”って言ってたしな。 神様ビビったんだろ」

ニシシと歯を見せながら笑う。

「甘味ィ、こっち来ーい」
「うゆー」

この子は「うゆー」しか言えないのか??
まあ、4歳くらいの子供だから、仕方ないとしよう。

「今日から、コイツの家で暮らせ。 な??」

寄って来た甘味の両肩を掴んで、同じ目線で言った。
甘味は笑顔になって、元気よくこう答えた。



「分かった! じゃーおとーさんも一緒に行こっ」



大口を開けてニコリと笑う甘味を見て、ハマヤさんは手を上げた。

「ハマヤさん……っ!」

僕は、とっさに甘味を庇ってしまった。
見てられなくて。 そして甘味が、殴られる理由が分からなかった。

「何すんですか! 甘味に手ェ上げるなんてっ」
「うるせェ!」

さっきと、違う。
ハマヤさんの雰囲気が、さっきとは打って変わって怖くなった。
甘味に対して、優しい笑みを浮かべていたのに。
今ではとても、醜悪な笑みになっていた。

「ウザいんだよ、チラつく、アイツの顔が。 甘味を、壊したいんだ、どうしようもなく……ッ」

僕の胸に甘味を押し当てている所為か、甘味の顔が見えない。
怯えているのか、泣いているのか。 そう、思っていたのに。



甘味は、慣れているように震えてすらいなかった。



むしろ、笑っていて。
甘味は僕を押しのけて、僕から離れてハマヤさんの前まで行く。
僕は甘味をすぐに、此方に引き寄せられるように、構える。

 、、、、、、、
「アイツのように、壊してしまいたくて仕方が無いッ!!」

アイツのように。
依楓さんのように。
甘味を、壊してしまいたくて。

壊して、肉体も、精神をも、自分のものにしたくて。

そうしたくて、仕方が無い身体の欲求を、抑えているんだ。 ハマヤさんは。

甘味は、そんな自分の父親の前で、両手を広げて、尚笑う。
その笑顔はとてつもなく綺麗で、美しくて。



——とても、残酷だった。



ソイツから離れろ、と言いたかった。
でも、声を——


声を、掛けてはならない気がして。


甘味は、もっと近づいて。
広げていた手を、ハマヤさんの足に回して。
言うのだ。

笑顔で。





「怖くないよ。 おとーさん、安心していいんだよ」




その、次の瞬間には。



ハマヤさんの足が、甘味の背中を踏んでいた。