複雑・ファジー小説
- Re: あだるとちるどれん ( No.45 )
- 日時: 2011/03/22 12:51
- 名前: 右左 (ID: 8hgpVngW)
ハマヤさんは顔を歪めて甘味の方を、下を向く。
しゃがみ込み、無言で甘味を見つめ、頭を撫でる。
「依楓の世界からお前を消せばよかった。 でも俺には出来ない、いや、出来なかったんだ」
弱弱しく微笑んで、ハマヤさんは僕と拓美さんと、ついでに柚鬼も見る。
消すだの何だのどーこーではなく、僕は、依楓さんが甘味を消したがっている事が一番の疑問だ。
いや、これも消すだの何だのの仲間か。
「お前が大事だったんだよ。 でも、依楓も大事だ」
「そーいや依楓が書いてたな、手帳に」
拓美さんが口を挿む。
「“不幸少年にはわたしより大事な人がいるらしい。 それは、わたしにとっての初めての不幸かも”ってよ」
拓美さんにとっても不幸だな、と思った。
依楓さんが自分じゃない他人と関係を持って、更には子供まで孕んでしまったのに。
それを許す拓美さんは寛大だなと、感心する。
「まあ、お前にゃ嫉妬するけどよ。 殴りてえよ、本気で、バーンっと」
と思ったけど全然許してなかった。
怒りを露わにしてないだけだったみたいだ。
「依楓が崩壊した原因は、俺にもあるんだろうな」
「お前がほとんどだと思うけどな」
「どーだっていいよ」
柚鬼は僕の服の袖を掴んで言う。
ジッとして、話に入れないのが我慢できなかったようだ。
「どーだっていいよ! ねー和、もう帰ろう?? 和居なくてもいいよ、帰ろう??」
“帰ろう”と執拗に繰り返してくる。
「うん……、そう、だね。 甘味、こっち……」
驚いた。
ハマヤさんの目の前に居て、さっきまで頭を撫でられていたのに。
——居ない。
辺りを見回しても、居ない。
襖を開け、少し前まで甘味が遊んでいた部屋を見る。
「おとーさんはね、甘味がかわいくてしかたがないんだよ」
甘味は言う。 ……震えた声で。
何かを握っているようだが、握られているものの正体が分からない。
右手に握り締められ、その手を大きく振り上げた。
その先の、ギラリと光る銀色の鋭いもの。
鋭く光る、その先には。
細い、真っ白な、甘味の左腕。
身体が、動かなかった。
ソレは一瞬の出来事であって。
僕の身体はソレに反応出来なかった。 しなかった。
それで、いいと思った。
僕は甘味がした事を、してほしくなかった。
なのに、止められなかった。
あからさまな矛盾。
一心拍おいて、僕はようやく事を理解した。
そして、叫ぶ。 甘味が、想いを。
「おかーさんがもういないとしても! わたしはおかーさんが“スキ”だったから!
おとーさんがかなしむのは“キライ”だから! みんながわたしをみるめせん、“キライ”!
わたしを“キライ”って! おかーさんも、あのひとたちも! キミがいないほうが、“スキ”って!」
“依楓さん”、“ハマヤさん”、“あのひとたち”。
“あのひとたち”が誰なのかは知ったこっちゃないけど、甘味は泣いてるんだ。
ただただ、愛される事を知りたくて。 泣くんだ。
僕は気持ちが分かる。 でも、分からない。
それでも、助けたいんだ。 どうしても。
——どれだけ虐待をされても、知りたいと思うんだ。
あんなにも。 あんなにも子供は純粋なのかな。
白い腕から鮮血がごぷごぷと溢れだす。
声が、出ない。 身体が、動かない。 思考が、否定する。
出来ないんだ、だめなんだ、生きていけないんだ。
——人が死ぬのを、見てしまうと。
「ハマヤさん! 早く来てよ! あああ、あああああああああああ死んじゃうっ。 人が、死ぬ!!」
混乱する。 分からない。
自分の存在も、立っているのかも、座っているのかも。
ああ、人が死ぬのが、こんなにもトラウマになってしまっているなんて。
こんなにも怖いだなんて。
4歳の子供が、こんなにも怖いだなんて。
こんなにも、“助けたい”と思っていたのに、“汚い”なんて思ってしまって。
そして、僕の隣に居た、僕の一番愛すべき人は、言うのだ。
「何だ。 人って弱いね」
クスリ。
甘味に笑みをくれてやる柚鬼の顔は、醜悪な歪んだ悪魔の顔に見えた。