複雑・ファジー小説

Re: あだるとちるどれん ( No.77 )
日時: 2011/03/31 17:52
名前: 右左 (ID: 8hgpVngW)






時変わって先日。
真夜は病院の505号室にいた。
母親が入院している為、見舞いに来ているのだ。

「母さん、だいじょーぶ??」

真夜は椅子に座ってお土産に持ってきた林檎の皮を剥きながら言う。

「ええ、ありがとう真夜」

淡い桜色の唇が孤を描き、優しく微笑む女性。
この女性こそが、真夜と真昼の母親なる人である。

「お父さんとは仲良くしてる?? 喧嘩したりしてない??」

真夜はずっと母親を騙し続けている。
父親が母親の依存に耐え兼ね、蒸発してしまったのだ。
昔から、真夜達が生まれた時から、母親の天秤にかけられているのは娘と夫だけだ。
そこに、息子はなかった。

「ちゃんと食べているの?? お父さんも貴女も、好き嫌い多いからね」
「やだ、子供じゃないんだから」

そう?? と一息つき、真夜は剥けた林檎を差し出す。
母親はフォークのついている林檎の欠片を取り、頬張る。

「ん、おいし」
「それ、それね、真昼が母さんにって取ってきたのっ」

真昼の名前を聞くと母親は眉を寄せ、真夜を見る。

「だぁれそれ。 真夜の名前に随分と似ているけど」

恍けた訳ではない。
母親は消滅させようとしているのだ、真昼の存在自体を。
母親は笑顔で思い付きを言う。

「あ、分かったぁ! 真夜の彼氏ぃ??」
「……冗談よしてよ」

唇を尖らせ、母親の頬を抓る。

「いひゃいいひゃい」

真夜が指を離すと、母親は頬を押さえる。
母親はかははっと笑いながら、真夜の頭を撫でる。

「やーねぇ、冗談よ」
「分かってるよ」

真夜も釣られて笑った。
笑えない言葉なのに、何故か笑ってしまう。



真昼がひねくれたのはその所為だ。
母親の右手には父親が、左手には真夜が居て。
両手が塞がり、真昼だけがその中に入れなかった。
双子が産まれたというのに、真夜だけが彼女の子供になってしまった。
母親が一緒に家に居た真昼に罵声を浴びせるだけだった。

真昼がどんなに“お母さん”と呼んでも、母親は無視か怒鳴るかしかしなかった。
“親の顔が見てみたいわ”とか、だけど、一番酷かったのは、

——こんな子供を産んだ母親もかわいそうだわ。

という言葉。
真昼はその言葉を聞いた時から、何も入っていない空の押入れの中に蹲ったまま出てこなくなった。
二日に一度、母親が居ない時に真夜が押入れを開けてお菓子やパンを与えてあげていたのだ。
その時だけが、真昼にとって至福の時だった。

その後母親が入院し、父親が蒸発。
真昼を叱る人もいなくなったから、真昼は出てきた。
だが真昼にとって信頼できるのは真夜だけとなってしまった。
こういう依存は、母親譲りなのだろう。
チェーンでお互いを繋ぎ、風呂や、トイレでさえも一緒に行動するようになった。

その内外へ出たりしてから、真昼は色んな人と話したりした。
近所のおばさん達からの視線は相変わらずだったけど。
ハマヤとか、ついでに和。 そして、最近になっては甘味。
真昼の真夜に対する依存は薄くなった。
反対に、真夜はいつも一緒に居た所為か、真昼に対する依存心が強くなった。



真夜は林檎を食べながら、

「じゃあ、帰るね」

と母親に向かって言う。

「また来てね」

母親は笑って言う。
真夜はそれに笑顔で返し、病室を後にする。

出た後、涙を零しながら心中で呟く。



——真昼が、かわいそうだよ。