複雑・ファジー小説

Re: あだるとちるどれん ( No.85 )
日時: 2011/04/02 14:26
名前: 右左 (ID: 8hgpVngW)







「和、不貞腐れてるー……」

翌日早朝。
柚鬼がベッドに横になっている僕を抱き締めたまま僕の頬を押してくる。
結局商店街では見つけられなかった。 人生そんなに甘くないって事だね。
柚鬼の家で世話になっているわけなんだけど。
つーかまじでカッコつけた僕何な訳。

「柚鬼が可愛すぎて他の男に盗られそうだからじゃないかな」
「もーっ、和ったらー! アタシは和一筋だからそんな事気にしなくてもいいのにーっ」

誤魔化せた。

「テレビのリモコンどこだっけ」
「何か見るの??」
「んとね、コーコーセーのお勉強する時間なんだっ」

講座を見るらしい。
高校行ってないクセしてこういうの見るのか。
リモコンを探し出し、柚鬼は電源を点ける。

「あ、柚鬼新聞とってる??」

柚鬼は講座を見て揺れていた身体をピタリと止めた。
テレビ画面を凝視したまま、冷めた声で言う。

「……知らない」

柚鬼がこういう発言をする時は多分人が殺された時だ。
という事は、また真昼さんが誰かを殺したのか??
でも、あの人が必要以上に殺す事はないと思うんだけど。
……だからって、ハマヤさんが何で殺されたかは知らないけど。

「自分で探すね、ごめんごめん」
「……」

柚鬼は頬を膨らませて怒っている事をアピールしている。
僕は寝ていたベッドから起きて新聞を探す。
辺りに散らかっている服やカバンを避け、落ちているカッターやハサミは拾って机にあげながら探していく。
……野晒しにしとくなよ、と心で思う。
やがて、ゴミ箱の前までついた。 ゴミ箱の中には今日の日付が書かれている新聞が入っていた。

「……どんだけ嫌なの」

僕も少しは覚悟しとこうかな。
真昼さんが殺す可能性があるとしたら真夜ぐらいだもんな。

「そーいえばハマヤさん以外も一応アレだよな」

ハマヤさん以外にも犠牲者はいるわけだし。
真夜に限った事ではないが。
前にハマヤさんが殺された時他人も殺されたって事は真昼さんが相当危ない状況なんだろうなと思う。
僕は、紙面を見た時全てを否定したくなった。





——何で。





何でこの人が殺されてる??
おかしい、違うはずなんだ違う。
冗談だよな、そう、冗談のはずなんだ。
冗談じゃなかったら、僕が今まで探してきたのは何なんだよ。

もう、もう殺した奴の考えが理解できない。
この人は、殺されるはずがなかった人なんだ。
絶対に、ひっくり返っても殺される事の出来ない人間だったはずなんだよ。
有り得ないんだ、有り得ない有り得ない。

僕の手が震え始める。
小さく声が漏れる。 柚鬼が此方を見る。

「ああああ、あぁぁああ」

僕は、叫んだ。
また一からやり直しだ。





——犠牲者、柊真昼。













Re: あだるとちるどれん ( No.86 )
日時: 2011/04/02 17:19
名前: 右左 (ID: 8hgpVngW)







僕は、柚鬼と出会った公園のベンチに座っていた。
目先の出来事が信じられなくて、真昼さんを疑えない事実が酷く冗談に思えて。
今になって吐き気もして、頭が痛くて、足も、手も、動かそうと思えなかった。

「……居ないんだよ、なあ……てゆーか、僕は探偵じゃないし」

何で僕は探偵気取りな事してたんだろう。
ハマヤさんの為じゃなくて、ああ、自分自身を納得させる為か。
こんなに歪んだおかしな人生。 なのに、全然退屈なんだ。
厨ニ病の奴が泣いてほしがるだろう、非日常なのだ。
それが、こんなに退屈だなんて思ってないんだろうな。

「真夜に、会いに行ってみようかな」「その必要はないよ」

不意に、後ろから声が聞こえた。
動かない足を感情で倒し、ベンチから落ちる。 だっさ。
後ろを見ると、今まさに会いに行こうとしていた人物がいた。

「久し振りって程じゃないよね」

と言いつつ真夜は笑顔で手を振る。
振っていない方の手には、フルーツナイフが握られている。
怖いと、思った。
本気で僕を殺そうとする瞳が、酷く恐ろしく思えた。
顔の熱が一気に引いていく。

「アリ?? 顔、青いよ」

尚も笑顔でおどけて言う彼女に、恐怖以外抱けない。
ムリに笑ってないんだ。 だから、あんなにも恐ろしい。

「真昼もハマヤも、死んじゃったねえ。 でも真昼はねお礼、言ってくれたんだよ」

彼女だ。
きっと、犯人は彼女なんだ。

「真夜なんだ、犯人」
「……可哀想だったんだ、とても」

話が噛み合わないんだけど。
ベンチの背もたれに手を付いてベンチを越え、此方に一歩、また一歩と近づいてくる。
その度に震える足を叩きながら、動けと願う。
僕は動かない足を動かす事を止め、手元に転がっていた木の棒を片手で構える。

だけど、ナイフに木の棒が敵うはずも無く、呆気なく折られる。

「遊びじゃないんだよ?? わたしだって、したくないんだ」

真夜の頬に、一筋の涙が伝う。
悲しく訴えるその瞳は、捨てられた子犬のように震えている。
もう、さっきまでの妙な威圧感は無く、いつもの真夜と同じだった。
僕の足は、依然動く気配を見せようとはしないけど。

「わたしは……愛されすぎた」

彼女は怯えた目にいっぱいの涙を溜めて、言う。
でも彼女の足は休まる事なく寄って来て、遂には僕の上にしゃがみ込みフルーツナイフを僕の眉間に構える。
握る手も、握られたフルーツナイフも震えている。
最早彼女は、か弱いただの女だった。

「お母さんに愛されてなかった。 そんなの、親に愛されなかったら生きてる意味ないでしょう??」

真夜は泣きながら無理矢理笑った。

「だから、わたしは真昼を殺した罪を背負っていく。 真昼は、もう悲しまないで済む」

フルーツナイフを少しズラし、僕の頬に当てる。

「えへへ……一石二鳥って、真昼なら言うかなあ」

この期に及んで、そんな事を言うのか。

「違うでしょ」

自然に言葉が出てしまった。
真夜は目を丸くして、僕の方を見る。
当てられたフルーツナイフが、どんどん下へとむかい、赤色の水が真夜の膝に垂れていく。

「“悲しまないで済む”じゃないよ。 “悲しむ事をさせない”の間違いじゃないの」

あれ、僕はこんな事を言いたかったのかな。

「もう真昼さんは悲しむ事が出来ないんだ、真昼さんを殺したのは真夜が解放されるだけの自己満足じゃないの??」

僕に言ってるんじゃないのか?? コレは。
僕は解放される為に、解放されたい為に——……。

「や……、やめて」

真夜のフルーツナイフが頬から離される。
代わりに、真夜の身体が落ちてくる。




 マアサ
「真朝が、悪いんだよ……! わたしの所為じゃないんだからっ」

















Re: あだるとちるどれん ( No.87 )
日時: 2011/04/02 19:30
名前: 右左 (ID: 8hgpVngW)







僕はやっと動くようになった手でフルーツナイフを奪い、真夜を押しのけ馬乗りになり形勢逆転させた。
僕の右手に握られたフルーツナイフは真夜の首筋に沿わせてそっと肌に触れさせる。
真夜は小さく怯える。

「真朝??」

首筋を気にしながらゆっくりと頷く。

「イトコの姉さん、なの。 その人、が、母さんを……おかしくさせちゃった。 真昼が、あんな事になった……っ」

真夜は泣きながら言う。
つまり、真朝さんという人の所為で真昼さんの人生が狂い、真夜が結果的にハマヤさんや真昼さんを殺すことになったと。
彼女はそう言っているのだ。

「真朝さんは今何処に居るの」
「し、らない……! わたしっ……分からないの! 真朝さんも、真昼も、母さんもっ」

真夜の歯がカチカチと音を立てて震え始める。
真夜の話に集中するあまり僕は、目の前に迫る人影に気付けなかった。
そっと温かい手のひらが僕の頭に触れた。

「和ァ、てめっ女と野外で何してんだよ。 せめて屋内でやれや」
「……拓美さん、笑えない冗談やめて下さい」

鞄を持ってめんどくさそうに、拓美さんは立っていた。
帰ってきてたんだと、思わず言ってしまいそうだった。
言ったら殴られるのでもう言わないけど。

「何?? 俺邪魔だった??」
「色んな意味で。 それより、電話持ってる??」

フルーツナイフを少しだけ離して、拓美さんの方を向く。
持ってるけど、と拓美さんは胸ポケットから携帯を取り出す。
僕はそれを確認するとまた向き直り、静かに言う。

「連絡して。 ケーサツ、110番」
「はあ?? 欲求不満の若者が女を強姦してますって??」
「拓美さん殺されたいんですか」

拓美さんは「冗談」と苦笑いしてボタンを押し始める。
警察を呼んでいる間に、聞く。

「何で、ハマヤさん殺したの」

一番聞きたかった答えだ。
拓美さんも、その言葉を聞いてこちらを横目で見てくる。

「違、う。 ハマヤ、は、真昼が、殺[ヤ]った」
「は。 だって、さっき」
「でもわたしが殺した事にしといて?? 折角真昼楽になったのに、死んでからも罪を背負うのは、だめだよ」

真夜は苦笑いをして涙を溜めた目で見る。
通話を切った拓美さんが僕の背中から手を伸ばし、真夜の額にコツンと当てる。

「テメーが誰殺したとか知らねーけど、それで何か変わったか」
「………………」

真夜は小さく首を横に振って、笑う。
とても、犯人とは思えない笑顔だ。

「でも、いいの。 自戒として、背負ってくよ」

真夜を立ち上がらせ、僕も少し距離を取りながら真夜を見る。
真夜は僕の頭を撫でながら言った。

「わたしは、ヒトゴロシだ。 それから、タクミ、だっけ」
「あ??」

めんどくさそうに返事をした。

「依楓の彼氏さんでしょ。 あの子、いい子だったよ、ウン」
「……そりゃ、どーも」

呆気ない終わりだったなと思う。
あんなに僕が苦労したのに、終わりってこんなに呆気なくていいのかな。
……それとも、普通の日常を遅れている証拠なのか。
なんにしても、今日もセカイはヘイワ、平和。








***



真昼、これでいいんだよね。
ずっと待ち望んでいた結果だもんね。
これでも、わたし、頑張ったんだよ。

痛くて、辛くて、でも、真昼がいたんだ。
真朝、今、変な子といるんだって。
わたしたちにはもう興味ないんだって。
それだけ。 それだけなの。

もう、逃げないよ。
あの子達は最後の詰めが甘かったの。
今だって、ホラ。 後ろを向いて警察を待ってる。
今なら大丈夫だよね。


「オイ、お前……ッ!!」


そして彼女は、