複雑・ファジー小説

Re: あだるとちるどれん ( No.91 )
日時: 2011/04/03 13:38
名前: 右左 (ID: 8hgpVngW)








——柊真夜は、あの時死んだ。

僕達が目を離した隙に、偶然落ちていた硝子の破片で手首をズタズタに引き裂いて。
拓美さんは、見るに耐えないという顔でその様子を見ていた。
僕は、“人って弱いね”という柚鬼の言葉を思い起こし、全くその通りだなと感心しているだけだった。
ただ誰一人、ソレを止める事はしなかった。


「偶然なんてねぇよ」

拓美さんはそう言っていた。
“偶然”硝子の破片が落ちていたのではないと。

「……僕には、分からない」

ありのままの感想を言った。
死ぬ人の気持ちも、殺す人の気持ちも。
話を聞く限り、真朝さんとか関係なくハマヤさんが殺される筋合いが無いように見えた。
“大人”には、なりたくないと思った。

「分からなくていんだよ。 テメーはまだ迷っとけ」

少し涙がたまった瞳で拓美さんを見ると、優しく笑ってくれた。
でも、僕には無理をしているというのが手に取るように分かってしまった。
だが今日は、今日だけは、拓美さんの笑顔に甘える事にした。


僕は、やっぱりまだ一人じゃ立つ事の出来ない子供だ。


「僕、柚鬼の家に戻って荷物取ってきます」
「はあ?? 同棲してた訳」
「違います。 すぐソッチ方向に持って行こうとしないで」

僕は柚鬼の家に帰った。




***




和と別れた後、俺は甘味が入院している病院へと足を運んだ。
507号室だ。

行く途中、505号室から鼻歌が聞こえた。
年がイってそうな女だ。

「真夜、まだ来ないのかなーっ」

子供のような声で、“真夜”と口にしている。
俺はチラっと覗いた後、甘味の号室へと向かった。
ほんの少しだけ顔を曇らせて、苦笑いをする。

「依楓みたいだ」
「拓美、おそいっ」

依楓の声が聞こえた気がした。
でも、声の主は天国からではなくむしろ下。
入院着を着ていて、甘味の胴体とほぼ変わらないくらいの大きさのぬいぐるみを抱えている。
後ろから、男の子も駆けてくる。

「甘味、勝手に出て行かない」
「いいじゃん、ひまなんだもん」
「つか、呼び捨てすんな」

溜息を吐いて、甘味をベッドに座らせる。
タンスの中からくしとヘアゴムを取り出して、甘味の髪を梳かす。
くすぐったいのか、笑っている。

「拓美ー、かたもんでーっ」
「俺はてめーの召使じゃねーんだよっ」

少年は明らかに甘味より年上で、小学一年生くらいだ。
というか甘味4歳のクセに口が達者じゃないか?? こんなもんなのかな。
因みに少年の名は恭夜というらしい。

「甘味、じっとしててスリッパ飛ばすなっ」

恭夜は甘味が飛ばしたスリッパを毎回ご丁寧に取りに行きそのたびに履かせる。
甘味のこんな様子をアイツが見れないのは不憫だなと思う。

「おとーさん、つぎいつくるいつ来くるっ」
「一生、来ねーよ」

髪を梳かす手は止めず、その場にはスリッパが落ちる音と、駆ける音だけが響く。



「だいじょーぶ、だよ……。 ほら、とおいおそらでつながってる、よ」



遠いお空も見れて無いけどな、と心中で呟いた。