複雑・ファジー小説
- Re: 黒白円舞曲 Ep1 11-1 1月10日に更新 コメ求む! ( No.185 )
- 日時: 2012/01/18 00:46
- 名前: 風猫(元:風 ◆Z1iQc90X/A (ID: G9VjDVfn)
- 参照: アンリ好きな人には辛い話かも?
第一章 十一曲目「天使進撃 Part5(終幕)」Part2
「……あぁ、こんなに死に溢れていやがったのか……」
「狼ィ! お前の馬鹿げた嗅覚なら死臭も感じていただろう? 何を今更言っているのだ?」
天使軍とシルヴィアの戦い。
夫々の面々の戦いは続いていた。
命が爆ぜる。降り注ぐ光は、悪夢の残光。
夜と言う壁に隠された凄惨なる全ての死を照らし出す。
是だけの数が死んだのだと、嘆くには充分な死者の数。命を懸けて護ると誓った者達の亡骸は限りない。
オールバックの堀の深い男、ウルブス・サージェンスは咆える。
目の前の男の卑劣な戦い方に憎しみを顕にして。
銀の手入れの行き届いた長髪の若々しい顔立ちの男だ。気品に満ち溢れた振る舞いに対して実に卑劣な戦法を取る。
彼は知将、サイアー・ハーレイ。
仲間思いで志願し自警団の隊長となったウルブス。
そんな彼の弱みを理解し戦線から遠い悪魔を殺して彼の精神に損傷を与えながら戦ってきた。
そんあ男の卑劣な行為の歯牙に掛かり死んだ者達の数は、予想を大きく上回っている。
確かに男の言うとおりウルブスは、嗅覚ガ鋭く夜目も利く。
だが、嗅覚では死体の数は把握できないし流石に朝ほど目は鮮明に物を映さない。
梟のように夜すらも支配する高度な瞳が欲しかったなどと舌打ちをしながらウルブスは、十字を切り祈りを捧げ構え直す。
その瞬間をサイアーは逃さない。人差し指を彼をと向け魔力を指に集中させレーザーのように解き放つ。
放たれたのは、風属性の魔法“ランクウォルス(疾風の残光)”だ。
不可視の宝刀が、直線状に有る全ての物体を豆腐を斬るようにあっさりと引き裂いていく。
しかし、彼はそれを全く意に介さない。手を思い切り振いその刃を掻き消す。
彼の気術。圧倒的な身体能力強化を旨とした、シルヴィア内最強の格闘能力を有する者に相応しい能力だ。
衝撃の余波で舞った大量の土砂。少しずつ霧が晴れるように散会していく。
その先に有るのは、ウルブス・サージェンスの信念に萌えた炎の瞳。
この男は、まだ、護ると言う信念を持ち続けている。否、多くの同胞の仇と更に強く自分を憎む。
サイアーは、僅かに汗を滲ませた。精神的に追い詰めて優位に立つつもりが相手を吹っ切れさせてしまったのだ。
「歯を食い縛れ……容赦はしねぇぞ?」
「ガッ……ブアァッ!? 馬鹿力がァッ!」
サイアーは焦り、下級呪文フレイダム(炎槍)を放つも圧倒的な瞬発力と反射能力を備えたウルブスに当るはずも無い。
知将であると同時に戦闘にも優れている彼だが、今のウルブスの動きを目で捉えるのは困難だ。
残像を見ていた頃には、危険区域にまで入り込まれ。
鬼の如き形相のウルブスの怒りの篭った一撃を打ち込まれる。
彼は、その美しい顔を歪ませて絞られた雑巾の様に体を捩じらせて吹き飛ぶ。
その直線上にあった建物が十数旨吹飛ばされた。
無論、それでも彼ほどの実力者は死なない。ウルブスは、油断することなく次の攻撃を彼に食わせんと疾走する。
巻き上げられて舞い踊る粉塵は、ウルブスの勝利を祝福するシルフのよう。
彼は、その美しい風情に感慨深げな表情をしながら損傷の回復をしながら悶絶しているサイアーに、鉄拳を降す。
「まっ待て……!」
「ド三流の悪党みたいなリアクションー! してんじゃぁねぇよぉ!」
瞬間、拳を上げた風圧で舞い上がっていた微粒子たちが吹き飛びサイアーの姿が浮ぶ。
手を前に出し何とも情けない格好だ。一編の容赦も無く目の前の男に彼は拳を降した。
下された拳は空気を震撼させ周囲にあったまだ、無事な家屋の硝子を粉砕させて。
そして、岩盤を砕き巨大なクレーターを穿つ。地面には、歪なひびが数百メートルに渡り発生し多くの建物が倒壊していく。
その苛烈な一撃を受けたサイアー・ハーレイは、盛大に血を吐き出しす。
一撃を受けた腹部は、グチャグチャで再生不可能なほどのようだ。
苦痛が極限過ぎて悶絶する事もできずサイアーは、沈黙する。四肢を時々痙攣させながら虚ろな瞳で勝者を見詰める。
身下れてすら居ない。敗者として地面に横たわるのは久し振りだ。
勝つためなら何でもして泥臭く生延びてきた。
厳しい闘争の世界だ。神も生きたいと足掻くその姿を悪評はしない。
だが、強運と実力と……。誇りをかなぐり捨てた上で手にしてきたこの地位も終わりか。
一滴の涙が頬を伝う。ウルブスの最後の攻撃は、恐らくは最大の急所である心臓か脳の破壊だ。
大事に思ってきた家族の姿が、鮮明に浮ぶ。子煩悩で教育熱心な良い父親になるだろうと言ってくれたヴァネッサの微笑み。
日溜りのような笑みで沈鬱な雰囲気のときもいつも安らぎを与えてくれたカナリア。
それを全力で護ると豪語して練磨絶やさない実直で熱いリガルド。
多くの者達の姿が駆け巡る。
「終りにしようぜ……アンタは、俺の大切なものを壊しすぎた!」
「生憎とお前の言う通りなんてにしてやる気はない! 頼む! 残っている事を願うぞ、我が天力よ」
耳障りな狼の遠吠えが聞こえるが、そんな男の戯言はどうでもいい。
死ねない。まだ、死ぬ訳には行かない。ハーレイ家の永久の繁栄と幸福のためには。
その強い意志が、何ら骸と変わらない状態のはずのサイアー・ハーレイを動かす。
残り僅かな天力の貯蓄分を全て回復に傾け出来うる限りの治癒をする。
そして、激痛に晒される全身を省みず最後の魔力を発動させた。
彼の全身が、光に包まれて消滅する。
それは、極大移動魔法と呼称される魔法だ。全ての種族の共通の数少ない魔法だが、全種族の中でも使えるの極僅か。
効果は、本来なら幾つもの道具や甚大な量の魔力を使って可能になる世界間移動の魔法を一人で遣って退けるのだ。
習得した者は須らく神の庇護を受け神々しい天使の羽根に包まれるようにしてサラサラと消えて行く。
その美しさから、この魔法はヴィーナスと呼称される。
「ヴィーナス!? チッ! 味な真似をしやがる!」
止めを刺し損ねたウルブスは、堀の深い顔を歪めた。そして、舌を打ち逃げられた物は仕方ないと次の戦場を目指す。
————————
ウルブス対サイアーと言う一つの大きな戦いが終焉を向かえた。
それは、多くの者達に大きな影響を与える。サイアーは、今回の強襲の首謀者だ。
それが居なくなれば当然、結束は弱まる。
特にそれが如実だったのが雑兵たちだ。
一体多に特化した強力な戦士であるゾッドとエルターニャ。
彼らの前に戦意喪失し逃走する様は、正に肉食動物相手に逃げ惑う生物的弱者のそれだ。
辛うじて戦意を繋ぎとめていた戦況の拮抗。それは、大きな戦力であり司令官であるサイアーの脱落で脆くも崩れさる。
未だに戦意を失い輪ない者達は、数少ない。
サイアーを兄と慕うヴァネッサ。そして、天使軍の総司令官であるハリー。最後に戦闘狂セリス、柱となるのはこの三名だ。
一気に戦況は、シルヴィアの戦士たちの優位に成ったと言えるだろう。
最も大きな動きがあったのはハンナハンナ兄妹と対峙するヴァネッサだ。
彼の戦線離脱を強く嘆く彼女は今までの冷淡さを失い狂騒し制御不能の諸刃の刃を開放する。
露出度の高い服装をした色白の妖艶な美女である彼女は、常に目を包帯で隠す奇抜な女性だ。
だが、それには理由がある。彼女の気術スパニッシュは、危険でかつ制御不能なのだ。
圧倒的な禁忌の力が薄皮一枚の向こうに眠っている。それを理解する対峙者アンリは、包帯をはずさせまいと急ぐ。
しかし、どんなに急いでも間に合わない。目測でそう悟った彼は、ヴォルビノーチェ(氷神鉄槌)を発射させる。
「間に合え……間に……合えぇぇぇぇぇぇッッ!」
どんな時でも冷静さを失わない今回ばかりは、低く呻く。大きく口を開き怒号する。
それほどに解放してはいけない物なのだ。パンドラの箱のように。
だが、幾ら叫んでも祈っても届かない時は届かない物だ。
願いと言うのは……
根源的な恐怖を催すに値する圧倒的な力。今まで見聞きしてきた全ての気術の中で最悪の力。
それが、解放される。その名もスパニッシュ。
目と目の重なり合った生命体を砕き、そして目で見た魔法の力を崩壊させる比類なき力。
彼の解き放ったヴォルビノーチェは、無残にも砕け散り飛散していく。それらは、破片の雨となって台地に降り注ぐ。
全てが隕石のような攻撃力を持ち墜落しアンリ達の率いる戦士達は捲き込まれ息絶えていった。
「あぁ……解放されてしまった」
「お兄ニャん……」
多くの戦友たちの命が、読みの世界へと流されていくビジョン。
頭の中が真っ白になりアンリは嗚咽する。
そんな兄を見詰めタピスは苦しそうな声で嘆く。
だが、嘆いてばかりも居られない。彼は、絶望を振り切り絶望を刃に乗せて戦うことを誓う。
自分の持つ最強の武器、炎の装飾の施された爪“ヴェルファイア”を手の甲に装着する。
そして、目の前の最悪の瞳を持つ女ヴァネッサと目を合わせないように相手の側面に回るように旋回し始めた。
視界に入らなければ魔法も有効なのだ。高速で移動しながら魔法で遠距離から攻撃するのが定石。
そして、魔法が命中したら最大攻撃力を誇るヴェルファイアで後ろから刺す。それで止め。
「なっ!? そんな正気か……!?」
「正気? この目を解放させる時、私は正気など保っていた事が無いよ?」
そう、自分に言い聞かせる。文字通り彼はその戦法を実行する。
低火力ながら連射の可能な下級魔法で攻め倒す。
しかし、そのセオリーは、直ぐに粉砕された。彼女は形振り構わず爆撃を受けながら彼の懐に入り込む。
そして、強引に頭を掴み目を瞑る前に彼の瞳を見詰めた。
その瞬間、時が止まった。
タピスは、口を覆い大粒の涙を流す。大きな天力のうねりを感じて救援に来た猫番長は、現実を目の前にして放心し立ち尽くす。
アンリ・ハンナハンナは愛されている。シルヴィアの面々に、否シャングリ・ラの全ての人々にだ。
タピスは理解できない。目の前のありのままの現実を。受け入れられず頭の中で反芻される映像を否定する。
「嘘……嘘だよ? お兄ニャんは死なないもん……絶対、死なないもん!」
「タピス……タピスタピスタピス! うおあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁッッッッッッ!」
時間にして僅かコンマ数秒。
それは、周りに居た者達にとって数時間にも似た長い刹那。
悲痛な少女の声を飲み込むように怒号が、天空をつんざきヴァネッサの体が吹き飛ぶ。そして、地面に彼女は叩きつけられる。
アンリは、肩で息をして自分の体を見詰めた。体中の至る所にある亀裂が目立つ。
力の強い戦士ほど砕け散るまでの時間は長引くらしい。最も、どんな治癒魔法も効果は無いので死は免れないだろう。
冷静に分析し反吐が出そうになりクシャリと彼は、破顔した。
そして、恐らく生涯最後の戦いになるだろう相手を睨む。
死は怖い。自分が死んだら誰がタピスを護ると言うのか。不安だ。
だが、免れない現実は受け入れるしかない。
死ぬ前に何を言おうか頭の中で考える。幾つも幾つも思い浮ぶ。切が無いほどにだ。全く親馬鹿だなと一人ゴチる。
だが、まだ戦えるのは事実。シルヴィアのために最後まで貢献したい。そして、自分が死ぬまでは何が何でもタピスを護る。
彼の信念の全てがマグマのように煮え滾った。
「お兄ニャん?」
「ネコ番長……タピス。相手は手強いようだ。力を貸して欲しい! 勝って生延びて笑おう!」
目の前には体中ヒビだらけの兄が居る。
きっともう、助からないだろうと現実を理解しタピスは泣きながら頷く。
最後に、義兄であるアンリの役に立ちたいと。
いつもいつも迷惑ばかり掛けてきたから彼の願いを受け入れようと、強く切望する。
もう、涙は見せない。目の前の愛する人は言ってくれたから。
笑っているほうが好きだと。そう、言ってくれたから。
「……タピス?」
「何かニャお兄ニャん?」
不意にアンリから零れた言葉。名前を呼ばないといけないから呼んだわけではない。
しかし、親身になってタピスは聞き返す。
「タピスは、本当に……笑っていると可愛いニャァ」
「あっありがとうニャお兄ニャんにそう言われると照れるニャァ」
その時の彼の笑顔は、最高に眩しくて優しくて。
タピスは、その優しい表情を何時までも眺めて居たくなった。
アンリの言葉に彼女は頬を赤らめる。彼の大好きな最高に愛らしい彼女がそこには居た。
しばらく二人は見詰め合っていた。だが、幸せな時間は続かない。
轟音が鳴り響く。ヴァネッサが活動を再開したようだ。
空を見上げ臨戦体勢に入る。普段の無邪気な笑みは其処には無い。アンリは、その引き締まった表情を見詰め呟く。
「本当に成長したんだニャァ……」
『もう、心配ないかも知れないニャ……』
今日で親馬鹿も卒業だなと胸中でアンリは寂しげに呟いた……
⇒Part3へ