複雑・ファジー小説
- Re: 黒白円舞曲 Ep1 11-3 2月6日更新 アンケ実施中! ( No.201 )
- 日時: 2012/02/12 17:56
- 名前: 風猫(元:風 ◆Z1iQc90X/A (ID: UmCNvt4e)
- 参照: 葵へ 色々少し待って!
第一章 十一曲目「天使進撃 Part5(終幕)」Part3
「アンリ……大丈夫か。本当に戦えるか?」
「大丈夫ですよネコ番長……僕は、タピスを悲しませちゃいけない。だから、死ねないし死んでやる気もありません」
死から逃れられる事は出来ないだろう。アンリは、血の繫がらぬ妹を見詰め続ける。
本当は、愛して居た妹だ。体を求め合うほどに愛していたタピスを彼は、恋人とすることは出来なかった。
妹としておいて恋心を紛らわせて逃げていたと言うことを彼は知っている。
何故だろうと考えれば明白な話だ。彼は、長い人生を従者として服従の意思を教え込まれてきて。
その殻を破るのが怖くてそれでもタピスと一緒に居たかった。故に囁いたのだ。意気消沈する彼女の耳元に。
“君は僕の妹だ。だから、僕は君を擁護し傍にい続けなければいけない。家族愛という絆で繫がっている”と。
体中にひびが入り端麗な容姿は見るに耐えない。確実な死が蛇が這いずり回るように彼の体を侵している。
ヒタヒタと脳裏に氏の足とが刻み込まれていく。そんな中、彼の心に浮んだのはあの時の情景。
家族を主人を全てを犠牲にしてようやく手に入れた初恋の人。未だに愛しているのに結ばれると言うには程遠い。
それは、全て自分の不甲斐無さゆえ。
握り拳を造るとぎしぎしと何かが砕けるような音が胸中を奔るのだ。本来は響いていないはずなのに彼の耳朶には確かに響く。
その反響が長すぎて掛けられた声に一瞬反応できず彼はネコ番長を見詰める。
アンリの知る猫族最強の戦士だ。彼は、自分のことを案じているらしい。それに対しアンリは微苦笑を浮かべてささやく。
それは、小さい声ながら強い決意表明。彼の迷いない強い言葉にネコ番長は目を丸くする。
「一本取りましたね……ネコ番長はいまだに僕のことを唯の優男だとでもお思いですか? 冗談じゃない!
僕は……僕は、従者としてこの体朽ち果てても戦い続ける覚悟を幼少から叩き込まれました! 嘗めないで貰いたい……」
「ふっ、頼もしい限りニャ! よし、前衛は俺に任せろ!
アンリ、お前は氷系や土系の呪文で奴の視界を遮る役目だ!
そして、タピス! お前にも働いて貰うぞ!
タピスはキャットセラピーを発動させて他の猫族を使い奴に狙いを絞らせるな……
全力で行くぞ。短期決戦だ……女だからって手加減するとか言うなよ!」
そんなネコ番長を見てアンリは、不敵な笑みを浮かべた。
目の前の男は、小柄で愛らしい本物の猫のような容姿だが硬派で頼りになる男だ。
滅多なことでは驚くことはなく緊急時ほど冷静さを増す歴戦の戦士である。そんな彼の目が驚愕によって見開く。
決して長いとは言えないが結構な時間を友にしてきたアンリ。そんな彼が今まで驚嘆するネコ番長の姿を見たことがない。
嬉しくなるのも道理だろう。そんな感情を口に出来る余裕のある彼を見てネコ番長は、瞑目する。
そして、彼の信念とエゴの強さに改めて賞賛しネコ番長は支持を送る。
周りの状況を瞬時に認識し最も勝算の高い作を導き出す。
その作戦の容赦のなさに彼の忠誠心と国土愛が滲み出ているように思えた。
一方、ヴァネッサの無生物にも適用される圧倒的な瞳の力による破壊によって丸裸同然に成った戦士達。皆一様に逃げ惑う。
魔力を持ち睨まれただけでは壊れない戦士達は、その特徴を理解し前傾姿勢になり相手の姿を見ないように逃げ回る。
それらも上空より折り彼らの瞳に狙いを定めたヴァネッサの前には無意味。悪魔の瞳に睨まれまた一人また一人と消えて行く。
肉体が残ることはなく、粉砕された岩石の如く煌いて大地に降り注ぐ。驚くほどあっさりと魂が音を立て消え去る。
それを見詰めてタピスは仲間の死を嘆く。しかし、嘆いている場合ではない。
ネコ番長が彼女を制し死者を少しでも減らすために速く気術の発動をとうながす。
また、猫族の戦士の前にヴァネッサが現れる。
タピスは息を飲む。しかし、その猫族が死ぬと思われた瞬間アンリが大地をめくれ上がらせてヴァネッサの視界を防ぐ。
睨まれた大地が砕け散るがその間に猫族の者は距離を取ったようだ。その視界がふさがれている間にネコ番長が動いていた。
「ぐっ!? その縞模様はネコ番長か!」
「遅いっ! タピス、速く気術を発動するニャ!」
三角飛びの要領で視界に入り辛いルートを駆け巡る。そして、ネコ番長は自らの指示通りヴァネッサの頚動脈を牙で抉った。
先刻の言葉、女性だからと容赦するなというのは自分自身に言った言葉でも有るのだろう。目元に小さな罪悪感が浮んでいた。
大地を蹴り距離をとりタピスの名を叫ぶ。タピスは彼の怒号を聞いて心を落ち着かせ気術を発動させる。
頚動脈を損傷したヴァネッサは、体をくの字にくねらせ喉笛を掴む。血がどくどくと流れ出ていく。
暖かくヌルヌした不快な感触が彼女の体中を嫌悪感で満たさせる。
敵地での長時間の本気の戦闘がたたり彼女は回復が思うように出来ないようだ。
声にならない呻き声を上げながらも強大な切り札である瞳は見開いている。
しかし、アンリの絶妙な援護とタピスのキャットセラピーによる的確な指揮の成果もあり被害は少ない。
ネコ番長からは翻弄のために自分の部下を消耗品として使えと言われていたが。
その行為が結果として的確な動きを下位の戦士たちに行わせることにつながり死亡率を下げていた。
ネコ番長が圧倒的な速力でヴァネッサの体を蝕んでいく。ついに彼女は損傷に耐えかね膝をついた。
好機と判断しネコ番長が彼女の後ろへと回り両手に強烈な魔力を集中させる。
彼の開発した固有魔術デスパライズクロウ“全色魔爪”の予備動作だ。全ての爪に八大属性の魔力を夫々纏い振り翳す。
それは、山火事が台風に煽られるように強大な相乗効果を引き起こし並の上位魔法を遥かに上回る威力を発揮する。
「デスパライズクロウ……その魔法は貴方の強力な切り札だ。分って居たさ。最初からこうなるのは……クラウローダ(風雹牙槍)」
「なっ……自分の脇腹を!? 馬鹿か……次が続かないだろうがッ!」
デスパライズクロウには弱点が一つある。それは、圧倒的に強大な威力を誇るがゆえに暴走する危険を孕んでいると言うことだ。
すなわちそれは、一歩調整を間違えれば誤爆してしまうと言うこと。
その精緻な魔力操作の性もあって技の発動に時間が掛かってしまう。
歴戦の戦士ネコ番長を知らぬ者などほとんどいない。
無論、彼を歴戦の英傑と認めさせたデスパライズクロウの存在を知らぬものもいないのだ。
ヴァネッサは最初から知っていた。
彼が攻撃訳を買って出た時点で止めを刺す前には確実に息の根を止めるためにその技を出してくるであろうことを。
ゆえに気術を中心に使い四角をカバーできる魔法の元となる天力を温存していたのだ。
彼は失態に眉根を潜め技の発動をキャンセルし魔法の回避に、全力を注ぐ。
クラウローダは、天使族の魔法らしく貫通力に優れそれでいて風の力の加工による高速と氷の力の反射性による可視困難が特徴だ。
本来、ヴァネッサは風属性の魔法は苦手だが氷属性の色の強いクラウローダは習得していたらしい。
後ろを向かず気配で居場所を察知し脇腹を貫き予想外の攻撃でネコ番長を彼女は襲う。
多くの意外な出来事に指物彼も一瞬表情をこわばらせた。
だが、ネコ番長は歴戦の感と反射能力に優れた猫族の中でも特に高い反射性能を誇っている。
全力で加速していた彼だが、柔軟な体を上手く捻らせその攻撃を回避して見せた。
天使族の魔法は威力と速度に優れるが直線的で回避し易い。ネコ番長に微妙な焦りの表情が一瞬のぞくもそれも一瞬だ。
しかし、どうしたことかヴァネッサはそれ以降彼には目もくれない。
彼は怪訝に目を細めるも直ぐに状況に気付く。
「アンリ! くっ、スパニッシュの影響が……」
「お兄ニャん!」
ヴァネッサの気術スパニッシュの影響でアンリの動作に不備が出始めていたのだ。寧ろ、今まで良く持ったといえるだろう。
しかし、まだ彼女は死んでいない。彼女が倒れるまで彼に持ってもらわなくてはいけないのに。
ネコ番長とタピスの表情に焦りが滲む。ネコ番長は咄嗟に魔術でヴァネッサを倒そうとするが距離的に間に合わないのは明白。
ネコ番長は、一瞬アンリを諦め目を背けた。
しかし、目を戻した瞬間彼は地面に這いつくばりながらも生延びていた。
左腕が砕け散っているが確かに生きている。タピスが彼を救ったのだ。
彼が死ぬのはもう避けようがない。それは分っている、だが彼女は最後に彼と語りたかった。
その思いが彼女を突き動かす。愛する人の体を傷つけてでも生きて貰いたいと。
位置的に自分では間に合わないからキャットセラピーにより自分の手足のように操作できる猫族の戦士にその役目を負わせた。
汚い役回りを同胞にさせてしまったことを悔やみながらもタピスは毅然と振舞う。
損傷が大きく回復に戸惑い立ち上がれないヴァネッサにキャットセラピーの効果を使い多角攻撃を仕掛ける。
「大切な人を傷つけられる痛みはタピスにも分るニャ……でも、同情はしてもそのために死んでやる積りはないニャ。
危険に晒されている人が大切な人ならなおさら……上下左右二十方向、これを懐に入るまでに全滅させるのは貴方でも不可能。ごめんニャ。皆大切な仲間なのに」
「タピス……嫌な思いをさせてすまない」
上下左右入り乱れて二十箇所からの特攻。
スパニッシュは、無機物は数秒睨み続ければ一定の範囲を破壊できるが魔力の外壁を持った生物達をそのまま破壊する事は出来ない。彼らの瞳を見詰め破壊していかねばならないのだ。
囲むようにして他方向から多勢で攻撃すれば幾人かの犠牲は出るが止めはさせる。
ヴァネッサには、恐らくは既に強力な魔法を発動させる力も無い。チェックメイトだ。そう、彼女は安堵の吐息を漏らす。
自分の操作する戦士たちから幾つかの犠牲が出るのが確定しているのが辛い。
彼女の気術キャットセラピーは猫族を一方的に自らの思い通りに操作できるが彼らの感情も読み取れてしまう。
彼等の心がアンリの仇を撃てるのなら砕けても構わないと叫んでいても痛いのは変わらない。
兄は世話好きで優しくてシャングリ・ラの皆に慕われていた自慢すべき存在だ。
故に、命を賭してまで彼のためにと心の底から思う者達は実は多いのだろう。
彼女にはそれが、とても悲しく感じられた。そんな存在が命を失おうとしているのも。
そんな人物が自分の仇のために命を懸ける他者を見詰め続けなくてはならないと言うこともどちらも辛い。
出来れば、自分も加わりたいが彼らは心で訴えてくるのだ彼女に。“タピス様やネコ番長が死んだら困ります”と。
自らを捨駒だと理解しているとでも言いたいように。
だが、確かにその通りなのだ。ただでさえ組織は疲弊していてこれ以上幹部を失うわけにはいかない。
ネコ番長も彼女も当然幹部という位置づけだ。
命に甲乙を付けられないと言うが戦場では適応されない。彼らの命は彼女達の命より軽いのだ。
タピスは静かに目を瞑る。既に特攻した数対の戦士達が砕け散り粉雪のように静かに消えた。
だが、予想通り天使の女は魔力を使い果たし既に気術の反撃しかできていない。武器を振り回すのも体力的に困難だろう。
終った。彼女は呟く。安堵したように、そして何よりこれで終って欲しいと。
しかし、彼女の願いは砕かれた。
止めを刺したと思った瞬間に見たのは陣風とそれに捲き込まれ生涯を終えていく同胞達。
突然の出来事に彼女は呆然と立ちすくむ。自分の命の重要度を理解し仲間たちに止めを任せたネコ番長もだ。
何が何だか分らない。光明が見えてきたと思ったら新たな絶望が降臨したのだ。思考も停止するだろう。
単純にヴァネッサ一人ならこれで終っていただろう。
だが、それは敵わない夢だった。遥か上空には先程の暴風を引き起こした主。
焔のような真紅の深海のような青のオッドアイを持った精緻で美しい顔立ちの色白の女性。
セリス・ハーレイ、現ハーレイ一族最強と目される女だ。
彼女の左腕にはモヒカン頭の特徴的な褐色肌の斧使いの男がぶら下がっている。どうやら腹部を貫かれているようだ。
ブルスマン・ハードウェイ、魔界で知らぬものはいない豪傑が血塗れになっている姿を見て戦士達は戦慄く。
圧倒的な怪物の出現に廻りは沈黙としていた。
「ヴァネッサ。随分と情けない様だな? まぁ、私の魔法のダメージも少なからずあるか……
すまないな、距離があって遅れてしまった」
「うっ、セリス姉様ッ! 申し訳ありません……」
魅惑的な表情を浮べセリスは少し年下のヴァネッサを蔑む。
彼女の思想だ。ハーレイ一族は何よりも強くなければならず弱き者は滅びるべきである。
ゆえに彼女は、サイアー・ハーレイと強く対立してるのだ。そんな彼女をヴァネッサは大嫌いで。
この救援も不本意で自然と苦々しい表情になる。
しかし、助けられたことに偽りはなく余所余所しく彼女は礼を言った。
「さてと、お前はもう戦えそうにないな……どうだ? ブルスマン、お前まだ生きてるよな?
強い奴はお前を含めて一、二ィ三四……四人か。他三名が頑張っている間に全力で回復させろよ」
冷たい瞳で這いつくばる同胞を一瞥しすぐに自分の左腕に腹部を貫かれているブルスマンに目をやる。
そうして憮然と言い放つ。彼女は、彼が生きていることを確認すると彼の腹部から左腕を抜き取った。
ブルスマンは、そのまま落下し地面に叩きつけられる。
腹部の痛みと落下の衝撃に苦悶しながらもすぐに回復に取り掛かるブルスマン。近くに居たネコ番長が呟く。
「どれぐらいかかりそうだニャ?」
「十分間頼む……」
ネコ番長は、回復に要する時間を冷然とした態度で聞きその回答に溜息をつく。
手負いのアンリとサポート型のタピス、攻撃力の期待できるのは自分一人だけ。
正直、セリス・ハーレイを相手にするには心許ないのが実情だ。だが、彼女から逃げるなど愚の骨頂。
仲間が、ブルスマンが回復するまで持たせ仲間が来るまで戦うのが得策。
厳しい戦いになるだろうことにネコ番長は、肩を落とす。
「あーぁ、人生いや、猫生かニャ? 今まで最高に充実してるニャ……」
死ぬには良い日だ、などと一人呟き臨戦態勢に入るネコ番長。
冗談を言う程度の余裕が有ることに安堵し相手を強い眼差しで凝視する。
セリスも最も手強い相手をしっかりと認知していて彼を睨む。
天使軍シャングリ・ラ侵略戦最終幕が切って落とされた。
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