複雑・ファジー小説
- Re: 黒白円舞曲 Ep1 11-4 執筆中 ( No.207 )
- 日時: 2012/04/01 00:48
- 名前: 風猫(元:風 ◆Z1iQc90X/A (ID: r3A.OAyS)
第一章 十一曲目「天使進撃 Part5(終幕)」Part4
「どうした? ネコ番長……貴方の強さはこの程度か!?」
荒廃したシャングリ・ラを疾駆する二つの影。普通の戦士たちからすればその二人は、一瞬で輝き全てを照らす閃光に見えるだろう。ネコ番長そしてセリス・ハーレイ。彼等の戦いは苛烈だった。轟音より速く地面は捲れ上がり建物が砕け散る。
しかし、それでも戦闘は互角ではない。この世に本当の互角など無いと言うがそう言う意味ではなく彼と彼女では少なからず実力差が有った。結論から言うと圧されているのはネコ番長の方だ。証拠にセリスは涼しげに攻撃をかわしているが彼は必死である。
「言ってくれるニャ……ソーンボルティック(紫電磁場)」
だが、ネコ番長も圧倒的な差を理解した上で好機を待つ。彼等は十分で回復すると言ったブルスマンと言う男の強さを知っている。無論、目の前の女には劣るが二人係で前衛を行いハンナハンナ兄妹が援助をすれば光明も見えるだろう。
彼は心に念じブルスマンの様子を見て後二分程度で回復すると目測し強力な魔法を放つ。ソーンボルティックは悪魔の使う魔法には珍しい拡散型で威力も強力な上位雷魔法だ。その歯牙がアギトを描く。しかしセリスは喜々とした表情でそれを掌で相殺してみせる。
「温いな……セフィロト(光神の樹)」
そして飽きた玩具を処理するときの子供のような表情を浮べ膨大な量の天力を発動させ放つ。天使族最強の攻撃力を持つ魔法の一つとされる光属性最強魔法だ。その閃光はその新交通路上にある全てを薙ぎ払い目にも止まらぬ速さでネコ番長に迫り行く。
「デスパライズクロ……ウッ!」
通常の上位魔法など何の役にも立たないほどの巨砲をネコ番長は全力で迎え撃つ。彼の奥義が煌く。空間が振動し筆舌に尽くしがたい轟音が世界を包み込む。そして世界が光に飲み込まれた。そんな中でもセリスは迷い無く動く。
ダメージを受け流しきれず大きな体力の磨耗を強いられたネコ番長に止めとばかりに手刀を放つ。そんな彼女の行動に彼は、待っていたとばかりに双眸を見開く。そして気術を開放する。
「気術発動……ワールドエンド」
ネコ番長の胴体から放たれた気力の波がセリスを包み込む。それに包まれた彼女は動きを完全に止めた。時間を止めること、それが彼の気術の能力だ。その強大な力と引き換えに発動中は自分も動きを止めてしまうのだが。
「かたじけないネコ番長。感謝する!」
回復を済ませたブルスマンがセリスの後ろを取り切掛った。仲間の援護があってこそ彼の気術は最強なのだ。それをブルスマンは理解している。勿論他の仲間たちも。傷付いて体に負担の掛かる動作の出来ないアンリは兎も角としてタピスも攻撃に参加していた。
「終りにするニャ! カルクォルドー(台地の刃)!」
詠唱と共に大地が光だし至る所から巨石が刃が顕現されていく。後、コンマ一秒も掛からず攻撃が命中するだろう。しかし、セリスの表情は余裕に溢れていた。それどころかその綺麗な唇からは哄笑が漏れ出す。血迷ったか。皆がそう思った。
「気術……ファントムソードライン」
抑揚に欠けた声でセリスはそう呟く。すると突然ブルスマンとタピスが大量の血を噴出させ体勢を崩し堕ちていった。一体、何が起こったのか理解できずネコ番長が目を見開く。しかし、その優れた洞察力ですぐに彼女の気術の能力を看破する。
各所に設置された見えない鋭い切れ味を有する糸……良く太陽光を利用して見れば視認は不可能ではない。だが、常に彼女の指揮により流動しているため戦いながらそれを視認していくのは至難の技だろう。
彼女がその力でタピス達を迎撃しなかったのは彼の気術によって身動きを封じられていたからに他ならない。詰り遠距離から魔法で攻撃していれば決着はついていたはずだ。確実に止めを刺すために接近して攻撃を喰わそうとしたのだが見事に裏目に出たらしい。
ネコ番長は嘆く。
「お勤めご苦労……少しは楽しめたぞ?」
相手の力量によってワールドエンドの効果継続時間は違うがこれほど速く効力が消えるのは始めてだ。セリスほどの実力者に使ったことがないので当然と言えば当然なのだが。ネコ番長は、突然の能力の断裂に苦悶する。
既にセリスは目の前に移動して居た。そして、空間を湾曲させ自らの武器を召還する。それは彼も良く知る有名な武器だった。聖剣エクスかリバー。世界最強の剣として名高い神の想像せし武器の一つだ。神に愛された女で有ることをネコ番長は改めて知る。
「愛されていることで……羨ましいニャ」
「お前の最後の言葉……詰まらないな」
セリスは涼やかな表情でまるで子供が羽蟻を潰すかのような気軽さでネコ番長にエクスかリバーを振り下ろす。彼は目を背けない。回避は不可能。命中すれば即死だろう。しかし、戦いの瞬間最後の最後まで相手から目を背けることは許されないと考えている。刃先が目の前へと迫り死への圧迫感が増す。死神が鎌を持ち冥府の横で断頭の準備をしている姿が脳裏に映される。あぁ、死ぬのだ。そう、思った時だった。
膨大な爆発が起こりその爆風がセリスとネコ番長の二人の位置を僅かにずらす。その僅かなズレが明暗を別けた。頭の中央から真っ二つになっていたであろう彼は左腕を失うだけで済んだのだ。激痛を耐えて振り返れば壮絶な光景。
「嘘だろ……何だあの焔は? あそこには仲間が何人も……」
「あっ、ヴァネッサ? あそこにはヴァネッサが!」
街並みは見事に崩壊し廃材すら残っていない。陽炎が立ち込め遥かに離れているのに温度が伝わってくる。ネコ番長は涙した。自分達の愛した町が残骸すら残らず無残に消去されたのだ。
対してセリスもまた興奮していた。いつも冷淡で詰まらなそうな表情を浮かべていた彼女が今は必死の形相をしている。戦いを放棄し全力ではばたく。冷淡な付き合いに見えたヴァネッサと彼女だが、実は強い絆で結ばれていたのだろう。
ネコ番長もすぐに現場に向おうとするが腕を失った苦痛に耐えかね地べたに転がり込む。
「畜生……」
忌々しげにそう言って彼は舌打ちした。その目前に足にガタが来たらしく足が砕け倒伏しているアンリが映る。
「アンリ……」
「どうやらやばいみたいですね……」
ネコ番長は何も言い返すことが出来ず唯タピスの姿を探す。彼女がこれを見たら何と言うだろうか。考えるだけで嫌だった。
「…………」
『ヴァネッサ……くそっ! 戦いに夢中で思いの他離れてしまった! 彼女は無事だろうか?』
羽が風との抵抗で引き千切れるのではないかと言うほどの全力で飛行するセリス。彼女は自分の短慮さに忌々しげに舌打ちをする。思いの他距離は遠い。それで余波があれほどなのだから心配は一層増長されるだろう。
能面と言うに相応しい彼女の表情は今正に普通の人間の表情だ。額に脂汗を浮べ、唯々同士の無事を祈る。だが、眼下に広がる光景はその希望を打ち砕くには充分だった。ヴァネッサは、首だけしか残っていなかったのだ。
「あっ……うああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「セリス・ハーレイ?」
確定した。詰りはセリス・ハーレイの短慮が生んだ悲劇。彼女は絶叫する。彼女の強烈な霊力の宿った咆哮により大気が震撼した。その声を聞き巨漢が振り向く。天使軍総司令官ハリーだ。相手のオフィーリアも健在らしい。
ヴァネッサの首を持ったハリーにセリスは襲い掛かる。それを見て計画通りだとオフィーリアはほくそ笑む。最初から自分がハリーに勝てないのを分っていてセリスの力を理解して居たからこその策だろう。彼女は特別に力の持ち主の把握と識別が得意なのだ。
ゆえに重傷を負ったヴァネッサとそれに近付いたセリスを利用することを即座にその状況をさっちして思いつく。防御に全てを回しハリーの攻撃をいなしながら目的地へと至りそこで全力でぶつかり合いヴァネッサをセリスの張った結界ごと吹飛ばす。
「こおぉんなに上手くいくなあぁぁぁぁぁんてねえぇぇぇぇぇぇ!」
端正な面持ちを無様な表情に歪めて同士に切りかかるセリスを見詰めながらオフィーリアは微笑む。ハリーにはヴァネッサを殺す動機もある。実際やりかねない男だ。それを知っているセリスは臆面も無く彼に全力で攻撃をし続ける。
「これはどういうことだ?」
最早オフィーリアの声など二人に聞く余裕はない。そんな所にゾッドとエルターニャが現れる。ゾッドが怪訝そうに緒フィーリアに問う。彼女は、人の悪い笑みを浮かべて一言。「二人の関係を理解した上で同士討ちを仕向けた」と簡潔に述べた。
「そんなことよりさいっこおぉおぉぉぉおおぉぉぉぉっのショーでしょおぉぉぉ!? 楽しみなさいよ?」
「勝敗は決したな……」
詰まらないことを聞かないで欲しいと嘆息しながらオフィーリアは手を広げる。彼女はこの血みどろの仲間同士の戦いを見て心の底から喜んでいるのだ。悪魔をしたと見下す者達がどの程度なのか? 大して変わらないではないか? 否応無く興奮するのだろう。
そんな彼女の奇声を聞きながらゾッドも満更でもなさげだ。本来なら高潔な彼のこと。否定しそうなものだが彼も天使には似た感想を持っているのだろう。客観的に状況を分析した上で勝利を確信して息を吐く。
「待てセリス! 周りを見ろ……このままでは共倒れだ。お前の怒りなら幾らでも受け止めてやる。引くぞ……」
セリスの常軌を逸した強烈な一撃を全て済ました表情でいなしながらハリーは冷静に状況を確認する。そして、忌々しげに息を吐き負け戦で有ることを認識しセリスに忠告する。彼女もその程度のことは分ったらしく二人は撤退していった。
「結局、止めはさせなかったな……」
「何言ってんのよおぉぉぉ!? 護りきっただけで大殊勲じゃないのよおぉぉ!?」
撤退する二人を倒すことが出来ず気落ちするエルターニャ。そんな彼女をオフィーリアは諭す。あれほどの軍勢相手に持ち堪えただけで事実奇跡と言えた。だが、素直に彼女はそれを認めることは出来ないのだろう。
「そう、思いたいのだが……な」
エルターニャはなおも嘆く。組織の副官としてこの惨状は看過しがたいものなのだろう。これから間違えなく起るであろう大きな戦いを前に既に自ら達の設立した組織は壊滅状態なのだから。
Fin
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