複雑・ファジー小説
- Re: 黒白円舞曲〜第1章〜 5曲目更新 コメ求む!!!! ( No.39 )
- 日時: 2011/04/19 16:38
- 名前: 風(元:秋空 ◆jU80AwU6/. (ID: 4.ooa1lg)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜黒白円舞曲〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
黒い空が一面に広がっていた
青い……青い 青い! 青い!! 青い!!! 青い!!!! 澄み渡ってあの太陽までも手にする事が出来そうなあの青い空が恋しい。太陽と呼ばれる存在のあの圧倒的な存在感……始めて来た時はあの退廃した物悲しさも儚く神秘的な月と呼ばれる存在も悪くは無いと思っていた……
だが,此処は元々は俺達の様な存在の住む様な場所じゃなかったんだ……そう,神々の気紛れで弾圧され誇りと思っていた白き翼を黒く染められ俺達は堕落の調印を押された……
————————今や,唯……神々が憎い!! 神々の造りし人間も……また
何故だ? 何故,憎めない?? 理解出来ない————
神か? 神が俺を束縛するのか? 身勝手な……堕としておいて切捨てやがって…………
何と身勝手な輩だ————
黒白円舞曲 第1章 5曲目「宵闇に紛れて踊れ…………」
深夜,イースレイが魔界に来て2度目の夜が来た。実際は拉致同然だったが今後を考えると最終的には感謝されるだろうとガデッサは確信している。そんなガデッサはと言えば今,いびきを上げて自室の席で眠って居た。
そんな中,部屋の前に設置され呼び鈴が押されたのか呼び鈴の高い音が響き渡り夜の静寂を打ち壊す。そして,数秒後,返事の有無など関係ないという風情でドアノブが周る音がする。
その音に睡眠を害されたように呻き声を上げて一瞬,ドアの方をガデッサは頭を上げて確認する。確認するとエルターニャの姿が見える。ガデッサは無表情な彼女の顔を見て渋い顔をしてまたうつ伏せになる。
眠った振りをしてエルターニャを帰らせようと言う原だ。エルターニャと言う女性は生真面目で自室に来る時は何かしら案件を用意してくる。今は,眠くて真面目な話をする気力はガデッサには無かった。
「狸寝入りが相変わらず下手ですね? ガデッサ様?」
トーンの低いエルターニャの声にガデッサは今回は帰ってくれないのかと怯え一瞬体を脈動させる。だが,基本的にガデッサを立てようとするエルターニャの事だから粘れば或いはとガデッサはうつ伏せに成りながら神に願うかの様な表情で祈り続ける。彼女が退室することを——
然し,世の中は何と無情なのだろうか。エルターニャは溜息をつき寝た振りをしているガデッサへと近付いてくる。コツンコツンと足音が確実に大きくなってくるのが分る。ガデッサの顔が一層引き攣る。
「お起きになって下さいガデッサ様…………何時まで狸寝入りしてるんだ!? さっさと起きろ!」
ガデッサの体に手を伸ばして届く程度の距離でエルターニャは止まり暫し,ガデッサを観察するよう見詰め数秒後,ガデッサの体を揺すり出す。2〜3回揺すって優しい声で起床を促す。
しかし,ガデッサは我慢し続ける。その様にエルターニャは嘆息し大きく息を吸いドスの効いた低い声でガデッサを起しにかかる。
ガデッサはどうやら逃れられないらしいと悟り目を覚ます為に一度,強く机に頭を叩きつけ起上がる。
「おっはぁ〜★ 相変わらず仏頂面な俺の天使ちゃんね?」
ガデッサは頭から血を流したまま月明かりに浮き上がるエルターニャを見詰め,先ずは気の無い挨拶をする。そんな適当な返事に対して呆れた風情で普段は表情の写らない瞳を動かしエルターニャは嘆息する。
「ガデッサ様」
「おっかねぇなぁ……起きたんだから良いじゃねぇか!?
そう,ツンケンすんなって……俺チビッちゃうから」
そんな,緊張感のないガデッサにエルターニャの苛立ちは高まって行く。無意識に声に怒気がこもる。そんな彼女の声に肩をすくめてガデッサは何時までも過去の事を引き摺るなと渋面を造って言った。
「お言葉ながら貴方が率先して起きたのではなく私が起したのですが? それに,今を何時とご存知ですか? 今は,お早うの時間ではないでしょう?」
「何度言わせリャ分るんだ? シャングリラでは俺が起きた時からが朝なんだよ!! って言うか細かい事気にしてると皺ッ……ガハッ————」
そんな責任逃れしようとするガデッサに尚も厳しい語調で彼女は続ける。彼女の言い分は至極ごもっともで普通なら聞き逃すか謝る所だがガデッサにも一応,組織のリーダーとしてのプライドがあるのだろう。
身振り手振りを加えて激しい語調でまくし立てる。その言葉はまるで自己中心的な暴君の様な言い分だが事実,シャングリ・ラでは彼が朝だと言えばその時間が朝だと言う感覚が多少ながら有る。
それと是とは話が別だとしたり顔のガデッサを呆れた表情でエルターニャは見詰る。然し,その呆れたと言う顔の中に相変わらずだと嬉しそうな表情がチラリと見える。
そのエルターニャの表情の動きを見てガデッサは安堵したのか冗談めかして勝手にストレス感じてると良い事が無いのにと,皮肉をこめて皺と言う言葉を口にする。その瞬間,エルターニャの表情が曇る。
「皺とは……失言ではないですか?」
『あれ……今日,自棄に気が短く有りません……姉さん??』
それに対してエルターニャは,冷徹な色の無い瞳で睥睨しながら自棄に冷たい語調でガデッサに反論する。ガデッサは普段,この程度のことは受け流すはずなのにと目をしばたかせる。
そして,悟る。今は何が合ったのか彼女は機嫌が悪く下手な事を言うべきでは無いと……然し,出来るだろうかと其れと同時に逡巡する。彼の軽口は天性の物だからだ。僅かに冷や汗が流れているのが自分でも分る。いつも冷たい表情の彼女だが,自棄に冷たく見える。今,ガデッサには妙な重圧が掛かっていた。
男は,何度か深呼吸して真面目な顔を作り背筋を伸ばしエルターニャを見詰る。そして,案件が何かと促す。そのガデッサの態度にようやく満足が行ったのかエルターニャは微笑を浮かべる。
ガデッサはと言えば,微笑を浮かべてくれたからと言って直ぐに表情を緩めては,今度は厳しい罵倒を食らわせられるだろうと悟り努めて冷静な表情で彼女の報告を待つ。
エルターニャの話によればどうやら,天使が単騎でシャングリ・ラの南西区画に侵入したらしい。情報源はシャングリ・のラ情報通としてしられる猫族のリーダーである三毛猫のシャム,通称:ネコ番長,このシャングリ・ラで最も信頼できる情報屋である。
どうやら,天使がシャングリ・ラに進入したのは間違えない様だとガデッサは確信する。天使が堕天していないのは間違いないらい。下の上からは結界に阻まれて入る事が出来ないようになっている事から恐らくは対象は下位の中でも弱い部類の天使だろう。
良く,結界を内側から破壊する為に下位の天使は使われる。力が弱過ぎる天使に反応できる優秀な防壁を造る事が魔力では不可能なのだ。
情報通で鋭い感覚の持ち主であるネコ族は,そんな下位天使対策の為の監視役でもある。
「やれやれ……随分と間抜けな天使ちゃんみたいね?」
「さて,どうでしょうね……直接,対象とコンタクトするまでは何とも言えないかと?」
一部始終聞いて眠たくて下がりそうな瞼を頑張って上げているガデッサは欠伸をしながら対象を馬鹿にしたような風情で言った。それに対してどんな相手でも油断するなと言う風にガデッサに警告する。
「そうね——じゃぁ,さっさと行こうかエル?」
ガデッサはそんなエルターニャに対して,油断したって良い事は無いと納得したような風情で頷き,立ち上がり凝った肩をほぐす様に軽い運動をして,そろそろ行くかと促す。
一方,エルと呼ばれたエルターニャは,何か物申したそうな顔をしながらガデッサの後ろを随行した。ガデッサがエルターニャをエルと愛称で呼ぶのは2人で居る時だけだ。
実は,エルターニャはガデッサに惚れていた故に天の神々を裏切ったと言う経歴がある。
ガデッサ達は南西区画へと移動する為に,本拠地の南西玄関へと進む途中,妙な者を見付ける。それは,アンリに自室を追出されたウルブスだった。どうやら,涙を流して咆哮している様だ。
鬱陶しいと思ったガデッサはウルブスの後頭部を蹴り飛ばす。脳味噌が詰っていないのかウルブスの頭は綺麗な音を立てた。蹴り飛ばされ床に叩きつけられたウルブスは数秒間沈黙する。
「死んだか?」
「まさか?」
「勝手に殺すな!! って言うか何!? 何で俺は入っちゃいけないの!? 俺,自室アンリに追放されたんですけど!! って言うか,俺の寝場所!!」
長い沈黙が続く。余り強く蹴った積りは無かったのだがと反省気味に言いながら顔を歪めてエルターニャに返答を願うガデッサに対して,あくまで冷静な風情でエルターニャは有り得ないと断言した。
ホッと一息ついて,ガデッサは笑い出す。体の頑強さだけが長所の目の前の男があの程度の蹴りで,死ぬ訳がないと何だか限りなく無礼な敬意をガデッサはウルブスに送っていた。
しばしの沈黙の後,ウルブスは案の定,起上り先程と同じ様に五月蝿く吠え始める。ウルブスは混乱しているようで言葉が繋がっておらず伝えたい事の要領を得ないがガデッサ達は何となく状況を理解してウルブスを無視して歩き出した。ウルブスの嘆きの慟哭が廊下を木霊し続けた——
恐らく,ウルブスはアンリに無理矢理自室を追出され更に,仕方が無いからアンリの部屋で寝ようとしてアンリの部屋に着たら「入ったら殺す 僕のベッドを穢すな狼」と言う張り紙を発見したのだ。
理由の一端はアンリにウルブスの部屋で眠って良いと許可したガデッサにもあるのだが,アンリと話した時は半眠りだったガデッサは無論,その様な事は忘れていた。
————南西玄関,外に出ると清涼な風が頬を撫でる。ガデッサは実は夜の散歩が好きだ。魔界に来て何万年かして魔界の象徴である月が嫌いに成った時があった。
それは,元々は光と闇が交互に訪れる天国で生活してた物故だろう。恐らくは,ガデッサがこのシャングリ・ラを開拓したのも太陽を恋しいと思ったからだろう。魔界の魔気を長い年月をかけて,洗浄して青い空を作りシャングリ・ラを照らせる程度の擬似太陽を造ったのだ。
そうして,太陽を手にしてからだ。月への嫌悪が少しずつ消えて月への敬意が生まれてきたのは……そんな過去を,夜になるとガデッサはいつも思い出す。
「どうかなさいました?」
「今まで,付いてきてくれて有難うな……」
「何を今更?」
感慨にふけり震えるガデッサを心配するようにエルターニャが言うとガデッサは是からも宜しく頼むという本音を含んだ感謝の念をエルターニャに伝える。 エルターニャは顔を少し赤らめて溜息をつくように言った。いつもの会話だ。最近は良く,ガデッサがエルターニャに対して,長い間付き添ってくれて有難うと言う労いの言葉を言う様になった。
自分の意思で従っているエルターニャにとって,実はそんな感謝が余り嬉しくはなかった。自分にとって当然の事をしているのだから感謝される必要は無いと彼女は思うのだ。
「ネコ番長に挨拶してから接触するか」
「それは良い考えですね」
しばらくの間,沈黙し2人は寄り添い合い月を……満天の星空を見詰る。流れ星が流れる。ガデッサは人間を神々から救うことを流れ星に誓い,エルターニャはガデッサと結ばれる事を星に願った。
そんな中,先に言葉を発したのはガデッサだった。思い出したように天使の情報源の事を思い出し,天使に会う前に先ずは彼に挨拶をした方が良いかなと言う。
それに対しエルターニャは全面的に肯定してくれた。
ガデッサ達は移動を開始する。
その途中で,ネコ番長に遭遇し挨拶をしあって天使の現れたと言う現場へと向かう。其処は,少し前,天使によって襲撃され崩壊した家々が広がっていた。復興もそれなりに進んでいるが未だに爪痕は生々しい。
ガデッサは,すぐさま天使のエネルギー反応を補足する。随行しようとするエルターニャを制して全力で対象へと走り出す。直ぐに天使を視認出来る所まで移動する。
自らの巨大すぎる力を極力抑えて身を潜め,しばらくの間,天使の行動を監視する。天使は155cmそこそこで年齢は人間にして10代後半から20代前半と言う所で目の色は青と赤のオッドアイ……色白で少しおっとりした容姿をしている。
天使は,倒壊した家々を見詰ながら苦々しい表情をしている。どうやら,自らの一族がやった行為に驚愕し絶望している様だ。ガデッサは死した魔族を塵を見る様な瞳で一瞥する天使を何度も見てきた。どうやら演技と言う訳でも無さそうだ。兎に角今まで,子の様な反応をする天使を見た事が無い。
ガデッサは意を決して彼女の前に姿を現す。全く,監視されていた事に気付かなかった彼女は,心底驚いた表情で突然現れたガデッサに唖然としている。
「月が綺麗な夜ですねお嬢さん?」
「あっ………あははっ,そうですねっ,えっと……魔界の月も綺麗なんですね……」
驚き,逡巡する天使に颯爽とガデッサは挨拶する。それに対して,警戒しながらも笑いながら少女は挨拶する。あどけないその挨拶にガデッサは,自然に笑みが零れる。それにつられて彼女も微笑む。
「所で,お嬢さんはこんな所で何を?」
「言ったら僕の事を殺したりする?」
天使の緊張を少しでも和らげる為にガデッサは微笑を崩さず彼女に質問する。すると,彼女は至極当然の疑問を口にする。ガデッサも流石にこれ程,単純な問いかけでは答えてくれないかと思う。
「場合に寄るが言わなきゃ絶対死ぬ……
あ〜ぁ〜……俺だってアンタみたいなお嬢さん殺したく無いって!」
然し,理由も聞かないで殺すのは,大量虐殺を平気で行う腐った天使と同じ様な気がしてバツが悪い。仕方ないとばかりに嘆息して言えば助かる可能性も出ると示唆した。
「——————僕,聞いちゃったんだ? 神様達の世間話なんだけどさ……神様達は人間がどんなに,罪を悔い改めた所で殺す積りなんだ!! 嫌だよ……人間は僕達の家族みたいな存在なのに!」
そのガデッサの言葉を聞いて彼女は子供の様に目を丸くして,少し考えてから話し始める。どうやら,彼女は神々の会話をどの様にしたのか聞いてしまった様だ……神々は矢張り,1000年前の契約を破り人間を虐殺する積りらしい。ガデッサは怒る。
勝手に創造して気に入らなかったら直ぐに壊す。少し,自分の思い通りにならなかったら堕として虐待して破壊する。怒りが沸々と燃え上がる。鬼の様な形相に成り掛けている事を悟りガデッサは顔を覆う。
そんな時,嘆願するような彼女の声がガデッサの鼓膜をつんざく。ガデッサは大声を張上げ近くに有った建物に拳をぶつける。建物は砕け散り崩落した。訳が分らず天使の少女は倒れこむ。
「やっぱりか……あいつ等本当に気紛れなんだよなぁ。で,君……名前何て言うの??」
ガデッサは神を拒絶する様な声音で神々を気紛れと称し,しばらく沈黙して天使に向き直り名前を問う。
「えっ!? えっ……えっ!!? えっと,僕はカナリア・ハーレイ……カナリアって言います!」
『ハーレイ?』
天使の少女は,恐怖に弛緩するする体に力を入れて名前を名乗る。最後の名前を強調した言葉はカナリアと呼んで下さいという事だろう。ガデッサは,微笑ましげに目を細める。
然し,そんなガデッサの中にある疑念が走る。ハーレイ家と言えば天使の一族の中でも最上位に位置する天使を何人も輩出する武術に秀でた名家だ。天使の中でハーレイと言う苗字の者は皆,其処の出自だ。
詰り,目の前の弱弱しい彼女にもその武勇に優れた名家の血が流れていると言う事だ。今は,まだ力は無いが仲間にすれば強大な戦力になるのではないか。
然し,是は業とではないか。組織の内部から崩す積りか……ハーレイ家は神々に絶対遵守を誓った一族だ。いかに,神々が戯れをしようとそれに対して何も考えず平気で大量虐殺をして来た輩だ。
不意に,不安になる。無垢な瞳が痛い……こんな無垢な存在を疑っているのかと良心が痛む。然し,是すらも演技かも知れないのだ。ガデッサは意を決してカナリアの顎に手を当てる。
「えっ? なっ……何ですか?」
「悪いな……俺は汚い奴らしい。あんたの本心を知りたい」
カナリアはこんな風に異性に積極的に顔を触れられた事は無いのだろう。しばらく瞠目して,接吻でもされるのかと状況を勘違いして顔を真っ赤にする。それに対してガデッサは容赦なく気術を発動する。
ガデッサの気術はイマーシナリー,両目と両目が数秒間重なり合った対象に一回だけ絶対遵守の命令をする事が出来ると言う物だ。命令によって永続的な物である場合も有れば一時的な物も有る。
今回の,カナリアに掛けたイマーシナリーは一時的な物……彼女の胸の内をガデッサが知ればカナリアは解放される。然し,カナリアは嘘を付く事は出来ない。
カナリアは,取り付かれた様な空虚な瞳で自分の胸の内を言い続けた。天使として人間を殺したくないし元天使だったガデッサ達とも戦いたくない……
こんな事は間違っていると思う。兄達はしがらみに捕らわれているが自分は何とかして兄達を呪縛から解放したい……その為なら堕天使になっても構わない……ガデッサ達が人を救おうとしているのが分るから————彼女は,本心を吐き出すとゼェゼェと妙な息の仕方をしてガデッサに倒れ込んだ。
「お前,凄いよ……凄い! ようこそシャングリ・ラへ……カナリア」
「んっ!? うあぁっ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
『堕天が始まったか!』
カナリアの本心を無理矢理ながらに聞いたガデッサはカナリアを心底賛嘆した。彼女は,力の波動からするに力は弱い。しかし,自分の手で此処に来たのだ。 いかに弱いとは言え裏切れば殺される可能性が高い……それを恐らくは覚悟の上で逃げて来たのだ。気の弱そうな顔とは一致しない気の強さを持っている事をガデッサは理解した。
その瞬間だった。カナリアの体が震え出し震央に秘められていた潜在的な力が突然,奔流し地面を鳴動させる。この現象をガデッサは知っている。否,ガデッサは経験したことが有る。
堕天……そう,呼ばれる現象だ。神々が,自ら達に反発する腹立たしき尖兵達の誇りを踏み躙る為に考案した刑罰だ。そう,カナリア……彼女は神々の怒りを買い堕天使となったのだ————
堕天が終了したカナリアは,力の質が大きく変化したことに気付き喘ぎだす。そして,ガデッサの胸の中で大粒の涙を流す。そんな彼女をガデッサは優しく撫でた。
「…………名前を……名前を教えて下さい? 殿方様……僕は,貴方達の仲間にっ……」
「ガデッサだ……」
小さく震えながら彼女は,上目使いでガデッサを見上げ名前を問う。ガデッサは小さく名前を答えた。カナリアは決意した。シャングリ・ラの戦士として天使である兄達と戦う事を。
其処に何が有ったのかと愕然とした表情のエルターニャが駆けつけて来た。少女を抱きかかえるガデッサを見て一瞬,直立不動と成るが直ぐに,冷静を取り戻し状況を問いただす。
ガデッサはカナリアは堕天しシャングリ・ラへと入隊したと言う旨を簡潔に述べた。エルターニャは納得行った風情で頷き細かい経緯などは後に聞きますと断りを入れて状況が動いた事を報告する。
シャングリ・ラ南西部の門の前に上位天使と思しき天使が陣取っていると言う情報だった。上位天使なら同じ上位であるエルターニャでも何とか出来るが,ガデッサなら圧倒できる。
だから,ガデッサに報告に来たのだ。
「分った……直ぐ行く。カナリアを頼む」
「はっ」
「待って! その人は僕の知り合いです……だから,死に際位見せて……」
「……見掛けによらず芯の強いお嬢さんの様ですね?」
ガデッサはカナリアをエルターニャに頼みその場を移動しようとするが,その時,カナリアが声を上げる。それは,知り合いの死を見届けねば成らないと言う覚悟の様なものを感じられる言葉だった。
それに対しエルターニャは,怪訝そうに眉根を潜める。彼女の言動が可笑しいと言うわけではなく彼女が思った以上に勇ましい女性で驚いているのだ。その言葉を聞いたガデッサは,笑いながらエルターニャの言葉を肯定してエルターニャに,カナリアを連れて来てくれと言外に頼む。
南西の門がギギギギギと重い音を発しながら巨大な扉が開く。その先には銀の野生的な髪形をした壮年に差し掛かった堀の深い巨漢の天使が佇んでいた。
恐らくは,自らを遮断する結界に責めあぐねていたのだろう。天使の男は,エルターニャに抱えられたカナリアの羽が黒い事を確認すると悲しそうに眼を細め自らの獲物である巨大な鎌を振り翳した。
「お前名前は?」
「魔道に落ちた貴様に名乗る名など無い!」
「気高い事で……反吐が出るぜ?」
「ぬっ? ぐああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
ガデッサの問い掛けに穢れた存在に名乗る名など無いと男は吐き捨て突進してくる。男の懐に入り込みガデッサはそっと手を添える。すると,男の大木の様な左腕がパンと音を立てて吹き飛んだ。
大柄な男は,大音量の雄叫びを上げながら左腕を庇い倒れこむ。通常,天使や悪魔と言った存在は,体を高速で再生させる力を持っているが,力の優劣により回復の速度が違う。詰り受けた損傷により傷の直り方に違いが出てくるのだ。ガデッサの攻撃力は目の前の男にとって圧倒的な攻撃力だった。
男は,ゼェゼェと荒い呼吸をしながら尚も殺気に満ちた瞳でガデッサを睨み続ける。そして,右手で鎌を奮い雷の魔法を発動させる。黒い無数の雷を顕現する上級呪文“エビルスネーク”だ。
然し,男の上級呪文にもガデッサは眉ね一つ動かさない。ガデッサが右手の掌を返す様な仕草をすると突然,淀んだ黒い防壁がガデッサを覆う。闇の防御壁の呪文“ヘルヴェルスト”を発動したのだ。
根本的な戦力差を象徴するかのように男の放った雷の力は全てかき消された。男の表情が引き攣る。だが,男は更に猛攻を続ける。鎌に雷を纏わせる……多くの種族が好んで使う武器に魔力を纏わせる技,魔法剣の類だ。それを見たガデッサは,遂に自らの獲物を異空間から顕現させる。
ズズズズズと蛇が這い蹲るような音を立てて世界を鳴動させながら槍が出現する。ガデッサの愛槍“キルビル”だ。ガデッサはそれを握り,久々の武器の感覚を確かめる様に軽く振るう。
すると,キルビルから発せられた風の力により突進していた天使は動きを封じられる。動く事が出来る戸惑う巨漢に一瞬で近付き槍を首筋に当てる。
「勝負有ったか?」
「流石は最上級の中でも最も強力な力を持っていたと称されるだけはある……私など」
勝負が決したことを悟った巨漢は武器を捨てる。そして,ガデッサを見詰め賛嘆する。
「ベルク……ゴメンね」
「お嬢様……その様な顔をしなさるな。貴女の選んだ道なのなら私は責めませぬ
生延びたのですから貴女の信念の元に戦うのですよ」
男の命の時間がもう直ぐ消えることを悟ったカナリアが叫ぶ。謝るという事はそれなりに近しい関係なのだろう。もしかしたら専属の執事だったのかも知れないとガデッサは推測する。
そんな,悲痛な叫び声を上げるカナリアにベルクと呼ばれた男は優しい笑みを浮かべて答える。自分の信じた道を進んでくれると従ってきた甲斐が有る物だと言っている様にガデッサには聞こえた。
ベルクは恐らく,彼女の気持ちを理解していたのだろう。然し,長く生きてしがらみがあって彼女と共には歩めなかったのだ。
「————悪いな……でかいの」
「頼……む」
ガデッサは小さな声で謝り槍に自らの闇の力の全てを乗せる。その力は大地を震撼させ,立ち込める巨大な魔力は空を黒く染める程だった。黒の嵐に飲まれてベルクは跡形も無く消えた。最後の言葉が,カナリアに何かしたら呪ってやると言う風に脅しているようでガデッサは寒気を覚えた。
カナリアはよろめく体を無理矢理動かしてエルターニャの腕から離れ涙を流しながらベルクの消えた場所へと行って倒れこみ泣き出した。余程近しい関係だったのだろう。
「…………ベルク……」
カナリアは,泣き続けた。大粒の涙が流れ続け目の下が腫れていた。ガデッサは彼女が泣き止むまで待った。待ち続けた。シャングリ・ラの外は殺意に支配された魔物が跋扈している。
彼女を1人にするのは危険なのだ……1時間近く経過しただろうか。シャングリ・ラの方を見ると空が白み始めていた。その朝の光に気付きカナリアは泣き止む。
いつまでも泣いていられないと心に言い聞かせているのが容易く読み取れる。ガデッサはエルターニャに先に戻るよう命令して,カナリアを抱きかかえた。カナリアは突然の事に驚き悲鳴を上げる。
然し,ガデッサはその様な事を意に介さず彼女を抱えたまま歩き出した。そして,歩きながら話し出す。自分の事は憎んで良いと,涙が枯れるまで泣き続けろと……その言葉にカナリアは,顔をクシャクシャにさせて情けない声を上げて泣き始めた。
「ふぅ……俺も涙脆くなったなぁ」
本拠地へと帰還すると同時にガデッサは泣き付かれて眠ってしまったカナリアを同性であるエルターニャの部屋へと預け自室へと向いベッドに横たわり小さくぼやいた。
悪魔に堕ちて,情が深くなるとは滑稽な事だとガデッサは冷笑を浮べる。カナリアを何処の部著に置くか等,今後の事を考えているとガデッサはしだいに睡魔に襲われていった。
そんな時だった。コンコンと控えめなノックの音が響く。ガデッサは小さく,起きているとノックの主に伝える。するとノックの主は,少し困った様な声音で自らの名を名乗り喋り始める。
「ガデッサ様,先程は無理矢理起してあまつさえ,上官である貴方にあのような罵倒……申し訳ありませんでした!深く反省しています。」
声の主であるエルターニャは,普段の冷淡な語調とは違う力の入った喋り方で無理矢理起したことへの反省を述べる。それに対してガデッサは,すっかり忘れていたと言う風情で鳩が豆鉄砲でも食らったような表情をする。一瞬,顔が強張るが直ぐに平静を取り戻しガデッサは言う。
「良いよ? 気にしてねぇから……それより,カナリアちゃんは頼むぜ?」
「所で……ウルブスはどうします?」
ガデッサの申し出にエルターニャは当然ですと言う風情で首肯する。そして,今度はエルターニャが話し掛ける。アンリに寝室を追放されたウルブスの件だ。 それに対しガデッサは,1日位寝なくたってどうって事無いだろうと欠伸をしながら言った。それを聞いたエルターニャは「それも,そうですね」と一言言って去っていった。
颯爽と自らの部屋へと向かう,エルターニャの耳に足音が響く。朝の日差しが刺し始めたとは言えまだ5時になった所だ。ほとんど,起きている者は居ない筈だ。エルターニャは反射的に身構える。
突き当たりの角を曲がると男の姿が確認できた。赤の縞模様と三角の瞳のお面をつけ,赤いフードと赤いマントで全身を覆い姿を隠している巨漢が,エルターニャの目に映る。
ゾッド・ラークローと言う名の同じ幹部に名を連ねる同胞だ。彼女はホッと一息ついてガデッサは今,睡眠を取っているから話は後にしろと忠告する。男は,仮面を上に動かし理解の念を示し踵を返す。
「オフィーリア様の件は上手く行きそうか?」
「行かなくては困る」
目の前の顔は愚か肌すら全て隠した巨漢ゾッドは,オフィーリアと言うガデッサと同格に位置する堕天使との交渉に向かっていた所だ。何かの進展が有ったのだろうとエルターニャはゾッドに問う。
ゾッドはエルターニャの言葉に対して冷たい声で答えた。その短い言葉に秘められた真意は無感情な口調の性で汲み取ることは出来なかった。
Fin
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