複雑・ファジー小説

Re: 黒白円舞曲〜第1章〜 6曲目執筆中  ( No.44 )
日時: 2011/12/20 18:06
名前: 風(元:秋空  ◆jU80AwU6/. (ID: rR8PsEnv)

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜黒白円舞曲〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 何故,人は殺し合い血で血を洗うのか。 神はそれが悲しかった。 故に神々は,自分の造った過ちを壊す事を決めた。
 違う。 創造と破壊,その両方の力を有している万能なる者達だから命の重みが分らないのだ。 唯,楽しければ良いのだ。 
 違う……ならば何だ? 何故,神々は人を殺そうとするのだ? 自ら,力をふるって創った存在を何故壊そうとするのか?
 分らないのか……儚さが悲しいのでも唯,楽しむためでもない……彼等は,人間が自ら達にとっての脅威となる可能性を感じたのだ。
 何故? 分らない……それは,分らないが彼等は——
 
 
               ————だが,私には神々が,人間を畏れていたのが理解できた


 神々に謁見した私には分ったのだ……————



                        ————謎の男の言葉より




  黒白円舞曲 第1章 6曲目「天使進撃 Part1」

 雲海を貫き,天をも貫く様な長大な柱が4本,その柱達に支えられる様にして巨大な,岩の塊が有った。 その岩塊は,半円状になっていてその平面の部分には多くの建物が立地されていた。 どの建物も趣向が凝らされていながらも周りの調和を乱さない芸術的な造りだ。
 ——この雲の上の世界,人間界とも魔界ともまた,違う空間にある天使達の住まう天上の世界——展開。 天界には,こう言った巨大な柱に支えられた半円状の岩の上に立地されたブロックが合計で,15個ある。 合計15人の神々が1ブロック事に1人ずつ居るのだ。
 全てのブロックが,中央の巨大な塔を中心に街を造られていて,その中心の塔の天辺に自室を設けるのが神としては,普通だ。 ちなみに,中央の巨大な塔は,天使族でも戦闘力に優れた実動部隊達の本拠地となっている。 この,ブロックは第3ブロックとされ“アッサゲード”と呼ばる。 序列第3位の神である無限の神“チェルサ”が鎮座している場所だ。
 そして,端座する神々を護る為にブロック事の巨塔には夫々,天使軍の六大師団に属する最上位及び最上位候補の天使達が,司令官として配属されている。 そして,今,天界の巨塔を統べる司令官達のほとんどは1つの一族から輩出されていた。 その一族の名をハーレイ一族。 天界で最も,戦闘に長けた血統とされている。
 当然の様に,第3ブロック“アッサゲード”の司令官もまた,ハーレイ家の出自である。 青と赤の優しげな雰囲気のオッドアイで銀のサラサラとした腰まである長髪,年齢相応とは思えない20代位に見える顔立ちの男,サイアー・ハーレイである。 ハーレイ家の次期当主の筆頭として注目されている。 

「リガルドですか? どうしたのです?」
「兄貴,カナリアが堕天してベルクが消えたってのは本当なのですか!?」

 巨塔の会議室前の廊下を,サイアーが歩いていると妙な気配を感じる。 サイアーは怪訝に眉根をひそめ気配のする場所を睨み,相手の名前を呼ぶ。 
 サイアーが自分の名を呼んだと言う事は,周りには,話を聞かれて厄介になる相手は居ないのだと理解して,茶色の短髪の赤と青の切れ長のオッドアイの10代後半位の青年だ。 
 リガルド,彼もまた,ハーレイ家の出自である。 リガルドは声を張上げ,噂程度に聞いたのであろう事を問い掛ける。 サイアーは,顔面を蒼白とさせ,一瞬よろめく。
 その反応だけで,リガルドには十分だった。 リガルドは大きく嘆息する。 カナリアは実は,リガルドの婚約者である。 ハーレイ家は,才能を絶やさぬ為,同じ血縁同士での結婚を認められている。
 最も,リガルドが真にカナリアを愛している故でも有るが。
 
「忌々しい事だ……長年,我が一族に使え戦ってくれたベルクが死んだ事も受け入れ難いが何より……何よりは!!
おのれ,狡猾な悪魔共め……我が,愛しき妹にどの様な甘言を!!」
「兄貴……奴等からカナリアを取り返し“堕天返し”を!」

「あぁ……無論だよ。 私達の世界にカナリアの笑顔が消える事は,重大な事だ!」  

 サイアーは嘆くリガルドに,本当に嘆きたいのは自分だとばかりに強い語気で語りだす。 サイアーが生まれた頃から,ハーレイ家に仕えていたベルクが逝去した事。 最も近い兄妹の1人のカナリアの堕天。 サイアーにとって嘆くに余りある事だ。 
 リガルドの言葉に,サイアーは歪んだ笑みを浮かべ当然だと応える。 堕天返しとは堕天した天使,即ち堕天使を普通の天使に戻す儀式の事である。 魔素の洗浄や堕天した天使のエントロピーの関係……神々の思惟等が絡んでくるが,ハーレイ家の者なら戻ってこれるとサイアーは信じている様だ。
 サイアーは,時計を一瞥し,会議の時間が近付いていることを確認して颯爽と歩き出す。 この事で揺さ振りを掛けてシャングリ・ラ襲撃作戦を決行すると言う情意で普段冷静な筈の男は動いていた。

「遅れてすみません」
「貴官が遅れるとは珍しいな? 何かの企てでもしていたか?」

「さてはて何の事やら……そもそも,そんな警戒して掛かっても誰も尻尾は見せませんよ? ハリー総司令? あぁ,勘違いなさらぬよう……私は,何も謀などしていませんよ?」

 廊下の先に有る,荘厳な装飾の巨大な扉,その先に会議室がある。 会議室の取っ手に手を当てサイアーは天力を篭める。 すると,扉は勝手に,音を立てて開くのだった。 
 特定の天使の魔力に反応する仕掛けの扉である。 その扉の先には,欠席の4人の司令官以外は,全て揃っていた。 最後に入ったサイアーを入れて集まった司令官は11名。 内5名がハーレイ家だった。
 
 サイアーが入室すると同時にある男が突然,睨みかかってくる。 警戒心の滲んだ目だ。
 それは,目の色は青,壮年の深みが有る凹凸に富んだ顔立ちで,恰幅の良い浅黒い肌の筋肉質の巨漢。 ハーレイ家が戦闘部隊の中心になった100000000年の間は珍しいハーレイ家以外の出自の天使軍総司令官,ハリー・ディロードである。
 その圧倒的な威圧感,殺気を出している訳でもないのに老いで力は,全盛期とは比べ物にならない程,落ちている筈なのに。 矢張り,この男は油断ならないと敬服と恐怖を感じるサイアーだった。
 しかし,サイアーはハリーの質問に,平静を保ち,答えた。 ハリーは,その後何も喋ることはなかった。 唯,目で席に着けと促すだけだった。

「奴等は,悪魔だ!! 何時まで,元は天使だった等と甘い事を言うのだ!!? 
あいつ等は,天使である我が妹を甘言で懐柔し,我等に牙向こうとしているのだ!!」

「カナリアを言葉巧みに勧誘し堕落させた……確かに,お前の言うような悪魔ならそうだろうが……
ガデッサはその様な男では無い。 分って居るだろう?」
「ならば,何故,奴等は堕ちたのだ! 堕ちたと言う事は奴等は,悪意により神々を軽蔑したのだ!!
そんな輩の肩を持つというのなら,貴様とて悪だぞ!?」
 
 会議が始まり数時間,議題はシャングリ・ラ襲撃だった。 最初の間は,シャングリ・ラの危険性等を事例を交えて淡々と述べていたサイアーだったが,激情を抑えきれず声を張上げる。
 ハリーは,短絡的過ぎるとガデッサの元師匠でも有った故に擁護しようとするが,派閥として結託しているハーレイ家の面々の威力を抑え切れる筈も無かった。
 渋面を造るハリーの姿を見てサイアーは勝った……と,進撃は確実に行われると確信した。


 一方,魔界シャングリ・ラでは,寝起きのガデッサが,ゾッドからの報告を眠気を我慢しながら聞いていた。
 ガデッサが,ゾッドに頼んだ任務,それは,シャングリ・ラから東,魔界の東端に位置する場所にあるガデッサと同格とされる最上位天使出身の悪魔オフィーリアの軍勢との統合の成功である。
 本来,オフィーリアもガデッサも人間を擁護して,魔界に追放された身であり人間の為に,命を賭けると言う意思は同じなのだが,天使だった頃の派閥の違いのせいで当初は,いがみ合っていたのだ。
 しかし,神々は恐らくタイムリミットの1000年と同時に,天使達を率い世界へと現れ,蹂躙するだろう。 如何に,アルファベットZと言う切り札を手に入れることに成功しようと今の,シルヴィアの戦力では,神々の率いる軍勢から人間を護る等不可能だ。
 時間と場所,役職としての関係からの脱出,今ならオフィーリアを懐柔できる,そう考えガデッサはゾッドを使者として送ったのだった。

「は〜ぃ,ガデッサちゃぁん! 元気してるうぅ? もしかしてエルターニャとウッハウハ? あ・た・しも! ブルスマンとウッハウハよおぉん? ブルスマンったらもう,本当良い男なんだからぁ!」
「飛ばして……中核の部分を読んでよ?」

 ゾッドは全く恥かしげも無く,オフィーリアの言葉をそのまま話し始める。 自分自身の声をなるべく聞かれたくない男である彼が,覚えた術らしい。 実際,シャングリ・ラに居る殆どの面子は,彼の本当の声は余り知らない。
 オフィーリアの挨拶と身辺の話から始まった様だ。 オフィーリアの鬱陶しいイントネーションと女性であるオフィーリアの声を見事に再現している。 普段は寡黙な男だが中々の演技派だ。
 ガデッサは小さく欠伸をして,長引きそうだなと目を擦りながら余計な所は省けと命令する。

「…………下らない話は,終わりにしてえぇぇぇ本題入るわよ! あっ,あったしの最高な日常のが本題かぁっ!? あっは! じゃぁ,付け足し行くわね?
あったしにもそれ結構メリットあるし了承よおぉん?人間好きだしね! でもでもぉ,簡単に,軍門に下るんじゃ安い女って感じじゃな〜ぃ? ちょっと,条件付けるわよ?」

「そのオフィーリアっぽい鬱陶しい喋り方好い加減に止めて」

 すると,ゾッドは一瞬沈黙する。 仮面を被っているので表情は分らないが普段,抑圧されている部類の彼にとっての解消行為なのか。 もしかすると仮面の先の表情は,怒りに満ちているのかも知れない。 
 ゾッドの気の短さを知る数少ない男であるガデッサはそんな事を考えるのだった。 ゾッドは,何処から話すかと一瞬,逡巡してからまた,流暢に話し出す。 そのゾッドの言葉からは,彼女の同意が感じられた。 ホッとするが余り嬉しくは無い。
 何故なら,オフィーリアが断るメリットが実は無いのだ。 相手が,意地を張りさえしなければ十中八九成功すると踏んでいた。 しかし,ガデッサはついに,ゾッドのオフィーリアに我慢しかね止めろと命令する。 ゾッドは,小さく舌打ちをする。

「……オフィーリア様は猫が好き故か,自らの取り巻きに猫をご所望のようです」
「————はぁ,ネコ番長に交渉しないと」
 
 そして,最後にオフィーリアの突きつけて来た条件を自分の意見を短く交えゾッドは告げた。 ガデッサは,奴らしい条件だと呆れながら面倒臭そうに嘆息するのだった。

 カナリアが堕天してから,1日が過ぎた。 カナリアには,今の所エルターニャとアンリの寝室で寝るようにして貰っている。 イースレイの為にも,物置と化した幾つかの部屋の掃除をしているが,異臭立ち込める地獄のゴミの除去は思いの外,難しく難航しているのだった。
 今の所,カナリアは血統からくる将来性を信じて,イースレイと同様に特別修行メニューを与える事にしてある。 しかし,アルファベットZであるイースレイは当初からその様に扱うと決めていたから良いとして,カナリアには問題が有った。 
 今まで,天使から堕天した者達は即座に全5分隊の内の1つに入隊させていた。 この対応の違いは,組織内での不信感を煽らないか,ガデッサは悩んでいた。 悩んだ結果,最初の内は,第5分隊に属する作戦立案及び状況把握部隊と言う最も,表舞台に出ない部隊に配属する事を決めた。 是なら,本部内に彼女は自然,居る時間が増えるから特別訓練も行い易くなる。 更に,作戦立案及び状況把握部隊はその任務の性格柄,基本的に所属構成員も察しが良いのだ。
 普通なら,真実を見抜き情報を解析する彼等が最も疑うだろうと思う所だが,彼等は疑うべき場所を知っていて対象の嘘を見抜く眼力に優れたスペシャリスト達なのだ。

 その日の早朝7時頃,イースレイとカナリアは初めて本部内の廊下で顔を合わせた。 イースレイはトイレから自室へと戻る途中だったようだ。 カナリアはと言えば,速くこの屋敷の造りを把握しようと必死だった様でトイレから出てきたイースレイにぶつかったのだった。

「ぐっ……大丈夫か?」
「あっ!! すいません,大丈夫……えっと,お名前は?」
「イースレイだ」

 それなりに早足で歩いていたのか,カナリアは鼻を押さえて痛そうにする。 イースレイは,いきなりの事に一瞬呻くが,直ぐに平静を取り戻す。 そして,対象の安否を伺う。
 其れに対し,女はアタフタと一瞬取り乱し,問題ない事を告げ,イースレイに名を問う。 イースレイの名を聞くと同時に,カナリアは瞠目する。 既に,エルターニャから特別な存在として聞き及んでいるのだ。
 
「僕は,カナリアって言うの……です」
「カナリア? お前が,堕天使の……」
「そう言う貴方も聞いてますよ? アルファベットZに指定されている特殊体だと」

「…………」

 呆けているとイースレイが,言外に名を名乗ったのだからそちらも名乗れと言ってくる。 カナリアは,驚き背筋を伸ばし妙に声を張り上げて自分の名前を言うのだった。
 カナリアの名をシルヴィアの幹部であるウルブスから事前に聞いていたイースレイは,顎に手をあてて確信した様な雰囲気で,カナリアに情報が事実かを問う。
 其れに対して.カナリアはと言えば,今までのギクシャクした雰囲気を一変させ,目を細めてイースレイを自分も知っていると言うのだった。 イースレイは,間違いない事を悟る。
 しばし,沈黙し見詰あい2人はすれ違った。 2人の部屋は逆の方向だから。
 
 イースレイが彼女と2度目のコンタクトをしたのは,それから僅か,2時間後の事だった。 自室に戻り,イースレイは剣を見詰る。 此処に来て,何もしていない事を思い出す。 唯,寝て食べて,屋敷内を歩き回るだけ。 戦士としての自らの本分を忘れているような気がした。
 イースレイは,今日は,任務が入ったと言う事でタピス達が居ない事を良い事に久しぶりに剣を振るってみた。 唯,剣を振り回すだけなら十分な広さの部屋だ。 思う存分に振るう。
 1時間程度,剣を振るっていると突然,ノックの音が響きだす。 誰だ?と訝りながらイースレイは武器を鞘に納める。 そして,開けて良いと許可する。 扉が,丁寧に開けられる。
 ウルブスもタピスも,何時も派手に壊すかのような勢いで開けるタイプなので少し,イースレイは驚いた。 ノックの主は,アンリだった。 何の様だとイースレイは,身構える。

「そう,殺気出さないで貰いたいですね? 僕は,君と殺し合いをしにきた訳じゃないんですよ?」
「何の用だ?」

「イースレイ……君は,僕達にとっての……いや,人類存亡のキーになりうる存在だとガデッサ様に聞かされていますね。 でも,今の君では,全くの足手まといなんですニャ」
「詰り,俺を鍛えると言うのか?」
「単刀直入に言えば,そうですね……」

 アンリは,厳しい表情のイースレイに,あくまで飄々とした態度で落ち着くよう促す。 イースレイは,アンリの友好的な態度に歯軋りし,握手しようと差し伸べられた手を払った。 悪魔である彼等が,信じるに値するとは思えないのだ。 あくまで,距離を置いた雰囲気で無愛想にイースレイは問う。 

 イースレイの問いに,そう,急かさなくても答えるのにと溜息を吐いてアンリは答え出す。 神々は,900と数10年前に人間を滅亡させようとした。 しかし,その最中,多くの堕天使を出し多くの天使に批判され,1度,その人間殲滅戦を止めたのだ。 
 その時,1000年の間に,人間がより良い方向に進化すれば,殲滅戦を行わないとしたが,実は神々は1度決めた事を容易く変えるは事は無い。 天使達の反抗に折れたのも所詮は,演技だろうと言う意見が大勢だ。 例え,1000年の間に人間達が,進化したとしても恐らくは,嫌がる天使達を無理矢理,力で捻じ伏せて世界を蹂躙するだろう。 

 イースレイには,理解出来ない。 神々は善,天使は善と叩き込まれてきた。 そんな事を言ってこいつ等は,自らを手駒にして自らに人間を殺す道化を演じさせる気かも知れない。
 しかし,彼等の目は,今まほんの1回も嘘を付いていない。 真摯な瞳で本気で,天使の手から人間を護りたいと思っている様に感じる。 
 兎に角,自らの力が,圧倒的に足りていない事は,事実だとイースレイは理解し修行を承服する事にした。 もし,彼等の言葉が真実だとしても彼等の言葉が嘘で,彼らを倒して逃げなければならない状況になったとしても,どちらにしても実力が足りない。 目の前の男にも,一捻りにされる程度の実力と理解している。 

 アンリに従い,アンリの後ろをイースレイは付いていく。 イースレイが今まで通った事無い道も既に何度か通った。 資料室や拷問室などと言う様に,区域事に余り区分はされていない様だ。
 迷路の様な入組んだ区域を抜けると長い古びた廊下がひたすらに続いていた。 唯,目して10分以上歩き続けると。目の前に,巨大な扉が見えてきた。 高さにして10mは有りそうだ。
 イースレイは,その扉の圧倒的な存在感に一瞬飲み込まれる。 そんなイースレイを他所に,アンリが扉の取っ手に手を差し伸べた。 そして,魔力を取っ手に流し込む様に発する。 
 その魔力に呼応する様に扉は,輝き自動的に開いた。 その先には,何も無い,広いだけの理路整然とした闘技場が有った。 

「此処が修行の場所か?」

「あぁ,そうですよ。 おーぃ,カナリアちゃーん! 何時まで隠れているのかニャ?」
「すっすいません!!」

 一応の確認のために,イースレイはアンリに問う。 そんな事を態々聞くのかと言われそうな物だが,アンリは全くその様な事は気にせず肯定する。 イースレイを一瞥して,アンリは周りを見回す。
 イースレイは何を探しているのかと怪訝そうにするが,アンリに名前を呼ばれ,その対象は突然,何も無い場所からカナリアが,姿を現した。 性質から天術の類だろう。 堕天使だから天術も使えるのだろう。
 カナリアは,怯えた表情をして大きな声で謝った。 そんなカナリアをアンリは撫で,謝らなくて良いんだよと優しい言葉を掛ける。 その時の表情が,善意に満ちていてイースレイは目を背けたかった。

「えっと,僕,アンリはタピスの兄であると同時に,このシルヴィアの第4分隊である敵地潜入及び情報収集部隊の統率者ですニャ。 ガデッサ様の命により今日から1週間,君達の特別訓練の師事をとるので宜しくお願いしますニャ!」

 アンリは,イースレイにとってもアンリと同室に住まうカナリアにとっても何度目かになるだろう,挨拶を丁寧な口調で言う。 ふと,イースレイは,首を傾げカナリアを見る。
 何故,彼女が,特別訓練を受ける事になっているのか。 通常,堕天使は,特別訓練を行うと言う義務でもあるのか……何故なのかと逡巡していると,アンリがイースレイの悩む様を見て疑問に答えた。 

 どうやら,彼女は,天界でも武術に長けた名家であるハーレイ家の血族らしい。 通常,彼女の年齢なら天使族の戦闘の才能は大体,伸び代の限界が見えるらしい。 
 ハーレイ家は,此処100000000年で生まれてきた女も男も関係なく最終的に,全ての血族が上級天使クラスの実力を有している。 詰り,ハーレイ家の血が流れている限り彼女の弱さは有り得ないのだ。
 ガデッサが言うには,ハーレイ家には,才能の無い子供を出産と同時に殺すと言う因習が有るらしい。 そのお陰で一族の水準を保ち続けているのだ。 それが事実なら,彼女は上級天使クラスの才覚が少なくとも有る筈なのだ。 考えられる理由としては,彼女の力の大きさが膨大過ぎて,彼女の天力を放出する穴が放出を抑制していると言う事だ。 詰り,彼女のレベルに合せて力が制御されているのだと言う。 そして,この件には,前例がある様だ。 ガデッサの様な最上級天使は皆,そうだったらしい。

 
「あっ……あのアンリさんは1週間って何でですか?」
「あぁ,皆,暇って訳じゃないですから? イースレイが来た時は,彼の為もあって皆仕事を停止させてたんです。 だから,実は僕自身も仕事がかなり溜っているんだよ」

 自分の事で重くなった雰囲気を和らげようとカナリアは恐る恐る気になっていた事を質問する。 質問に対して柔和な笑みを浮かべて自分達にも幹部として仕事が有るんだと言った。
 
 修行が始まった。 最初から相当の実戦形式だ。 アンリと直接,戦闘を行うと言う物だった。 しかし,実力差が大きいのは分っているため矢張り,ハンディはある。 イースレイとカナリア2人係りで掛かってきて良いが,アンリは魔術は使用できない上に,利き腕である左手を使わないと言った。 
 イースレイにとっては,過剰とも思えたハンディだっが,いざ実践となると何も出来ないのだ。 イースレイが,今の地点で倒せる悪魔は,中の上程度の悪魔だと聞いた。
 しかし,それなら上級とそれ程の大差は無いはずだと言う事になる。 上級のどの辺にアンリが居るのかは分らないが,仮に上級の中位としても2つしか差は無いと甘く見ていたのだ。
 ガデッサの言葉により,自分の才覚が相当の物なのだと思っていたのだ。 疑って掛かっているのに言葉に酔っていた。 更に言えば,あくまで才覚なのだ。 現在の実力ではない。
 圧倒的な,脚力による蹴りと目にも止らぬ速度,唯,防御術を使い防ぐので精一杯だった。 20分程度でカナリアとイースレイは,倒れこんだ。 アンリは,悲嘆する様子も無く柔和な笑顔を浮かべていた。

「期待外れじゃ……ないのか?」
「そうですニャ。 予想通りですよ? 大丈夫ですす……君達は,直ぐに強くなりますから」

 タピスの事となると青筋を造り怒号する男だが,本来は本当に,温厚な男だ。 イースレイの苛立ちの篭った言葉に,全く怒る様子も無い。 イースレイは,小さく後退りした。

「1つ教えて欲しいんです。 あのっ! 悪魔である貴方が何故,人間を助けたいと言うガデッサさんに加担するんですか!? あの……凄く気になってたから」 
 
 呆然とするイースレイの横を通り抜け,カナリアはアンリの近くへと歩き出した。 その瞳には,何やら強い意志が有る様だった。 その瞳で何を語るんだろう,アンリは心の底で楽しみにしていた。
 アンリと3m程度しか離れていない場所でカナリアは,立ち止まる。 カナリアは兼ねてより思っていた事を口にした。 心の底から何故かと疑問に思っていた。
 悪魔は,人を喰らい人を差別し滅亡へと追込む事も平気な魔獣のはずだ。 人間の仲間をする悪魔は同族から異端視されるとカナリアは聞いていた。 それなのに,何故だ。 人間に対して彼は何を思っている。
 一見弱気に見えるカナリアの真摯な瞳を見て,イースレイは一瞬,眩しくて瞑目する。

「君達は何で戦うんですか? 僕は,人間を護りたいんだ……人間が好きだからですニャ?」
「えっ? そんな理由??」

 アンリの答えは単純だった。 屈託の無い笑みで人間を救う行為をまるで誇りに思っているかのように一瞬の迷いも無くアンリは言った。 思わずカナリアは,聞き返す。
 
「もっと,崇高な理由だと思いました 取り繕ったお堅い理由で,戦えるほど大人じゃないですニャ
生き物なんてのは本来,単純で理由が単純な方が強いもんなんですニャ……」


「えっ?」
「君も,護りたいって気持ちを強く持てば力を開花できます……僕は,そう思いますニャ」

 呆けるカナリアの無垢な瞳を覗き込みながらアンリは続ける。 長ったらしく取り繕い誇張した所で,根幹は同じで短い言葉に纏められる言葉がほとんどだ。 長い言葉で取り繕っても逆に疲れて,本気になれないだろう。 アンリは,気楽な様子で言う。 カナリアは,唖然とする。 自分が,一族の同年代の中で圧倒的に実力が劣っているのは何故だろう。 長らく考えてきた。 考えるだけで思うだけで行動をしなかった事に気付き,何故だか心が痛くなった。
 不意にカナリアの目から涙が流れる。 何故,涙が流れるのだと強がる様に彼女は,涙を拭う。 止らない事に苛立ちを覚え拭う力が強まる。 アンリは,彼女の手を止めハンカチを渡す。
 そして,アンリは自分も誠心誠意,助力するから一緒に,強くなろうとエールを送った。


 ————4日が過ぎた。 朝,9時から夕方の5時まで修行は続いた。 しかし,一向に,アンリに近づける気配は無い。 傷をつける所か,目でアンリの動きを捉えることすら出来ない。 イースレイは何の成長も無いのではと焦燥感に焦がれていた。 

「焦りすぎですよ……4日程度の修行で明瞭な変化を感じられる程,僕等は実力は拮抗していません」
「ガデッサの言った事は……」

「本当ですよ。 そう,急いだって何も良い事は無いですニャ……天使が大規模攻撃をするまでには絶対に覚醒するから,辛抱して欲しいですニャ」

 怒気の篭った声で,全く強くなった気配が無いとイースレイは言う。 それに対して,実力は確実に上がっているという事を示唆した上で,彼我の実力差が大きいのだと最もな事を言う。
 それに対して,ガデッサの言葉をイースレイは否定しようとする。 ガデッサの言葉の否定材料が欲しかっただけだと言う事を見抜いて,アンリは冷然とした声音で言う。 
 時間は,まだまだ有るだろうと……1週間も経過していないのに焦りすぎなのだと。 アンリにとってもイースレイの悪魔の言葉を否定したいと言う気持ちは,理解できるが余りに情けない様に顔を引き攣らせた。
 その一瞬の表情の変化を察知し,温厚で誠実で完璧に見えたアンリも矢張り,怒ったりするのだとカナリアは親近感を感じるのだった。



 その日の夜明け前,多くの下級天使達がシャングリ・ラの結界を擦り抜け内部へと侵入した。 彼等が現れた場所は,結界装置の設置されている街の4つの角にある建物だった。
 結界は基本的に,中央から全てを包み込むようにするタイプと4つ角に夫々,装置を置き結界を張る形式の2つが存在する。 シャングリ・ラは長い間その結界の性質を中央式に見せかけて結界破壊戦略を取らせない様にしてきたのだ。 上級悪魔が数人居る本丸に入り装置を破壊するなど,下級天使には不可能だ。 だが,本拠地でもない普通の家屋の様な場所に置かれた結界装置なら下級天使たちでも破壊は出来る。
 敵に怪しまれないように番兵も付けない様にしているのだから……

「サイアー様,17名の仲間が,トラップにより死去しましたが装置は破壊しました!」

「四隅全て陥落ですね? さぁ,是でシャングリ・ラは壊滅ですね」

 最後の装置が破壊された。
 四隅の全ての装置を破壊するのに下級天使107名が命を失った。 捨駒として志願した勇敢な下級天使達である。 その強靭な意志と神への敬意の強さには下級天使ながらに敬意に値した。
 サイアーは,彼等に1度,黙祷を捧げ1筋の涙を流す。 黙祷を捧げた後,彼は剣を掲げ突撃の合図をする。 今回の戦いの司令官はハリーだが,サイアーはカナリアが心配だとカナリアは自分が取り戻すと,突撃隊を志願した。 妹思いのサイアーの事だ,カナリアを助けたいと言う気持ちは確かに強い——それは,ハリーも理解していた。 
 しかし,ハリーはサイアーの欲望の深さを知っている。 権力を手に入れる為には全てを利用する事を躊躇わない。 ハリーは,自らの部下にサイアーの監視を任せるのだった……

 力が,蹂躙する。
 悲鳴が,嵐の様に巻き起こる。 鮮血が舞い上がり悲痛な叫び声が響く。 助かりたいと祈る老人,子供だけは殺さないでくれと懇願する主婦。 母親を目の前で失い無きしゃくる子供……
 全ての命が,悪魔だという理由だけでゴミの様に消されていく。 老人は,細切れにされ主婦は,子供を殺された後に火炙りにされた。 子供は,四肢を切断され頭を潰された。 
 悪魔への嫌悪と拒絶反応,それは凶暴な牙となり残虐な行為を天使と言う者達に易々と行わせた。

「やれやれだな……サイアー兄さん? どっちが悪魔だよ?」

「ウルブス!!」

 何人もの力無き者達を圧倒的な武力で終焉へと追込んでいくサイアー。 その男の目の前に,ある男が現れた。 サイアーも良く知る男だ。 数時間ほど前に,任務を終えて帰宅し,酒屋で祝砲を挙げていた所だったらしく少し顔が赤い。 惨たらしく殺された住民達を見て憤然としている様だった。 面倒な相手の登場に,サイアーは,憤慨する。
 サイアーがウルブスの名を叫ぶと同時に,2人は交錯する。 サイアーの左肩に装着された肩当が吹き飛び,ウルブスの右肩に浅い切り傷が出来る。 ウルブスとサイアーの火花散る戦いが幕を開けた。 
 
 


Fin

Next⇒第1章 7曲目「天使進撃 Part2【弱き者よ】」