複雑・ファジー小説

Re: 黒白円舞曲〜第1章〜 7曲目更新 コメ求む!!! ( No.53 )
日時: 2011/05/12 22:01
名前: 風(元;秋空  ◆jU80AwU6/. (ID: 4.ooa1lg)

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜黒白円舞曲〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 血が流れ,命が消えて行く……凄まじい速度で,まるで……雨粒の様な切ない命の絶叫が響き渡る。 守る所か,戦いの中に自分のみを護る為に民達が巻き込まれて行く。 強者が弱者を守る事は当然だと思っていた。 だが……ならば,何だ是は?
 是は,強者が弱者を蹂躙しているだけだ。 命を命と見ず差別し蔑視し理解の世界から度外視して……惨殺する。 護ろうと盾になろうとしても力の余波が弱き者を吹き飛ばす。 強さとは何だ。 唯単なる俺の,身勝手なのか……

「どうした? 民達が死んでいくぞウルブス」
「命とも見ていない癖に“死”だと? 泣けるぜ!!」

 黙れ————命としてなど見ていない癖に死を語るな!! 
 俺の咆哮とサイアーの嘲笑が普段は静寂に包まれている筈のシャングリ・ラの夜に響き渡っていた。 俺は……コイツを倒す!!



 黒白円舞曲 第1章 7曲目「天使進撃 Part2(弱き者よ)」
 
 ガデッサ率いる組織シルヴィアの戦力と天使軍の戦力差は決して小さくはなかった。 ガデッサの率いるシルヴィアは,総勢14715名。 内上級以上の戦闘力を持つ戦士はガデッサ自身を筆頭に6人。
 それに対し,天使軍は,天使軍全6大師団の統括団長ハリーを筆頭に,強力なハーレイ家の戦士達が顔を連ねていた。 特に恐ろしいのは最上位天使級が軒を連ねるブロック警護隊長・ブロック護衛隊長及び各部隊隊長格達だ。 
 単純な戦力で見れば,選ばれた精鋭が14092人居る天使軍の勝ちは明確だった。 だが,ガデッサは,カナリアを仲間に瞬間から,親族に対する愛情の強いハーレイ家の面々が黙っていない事は理解していた。
 ウルブスとタピスを任務に出していたのは,是に対する対策の為だった。 しかし,事態はガデッサの予想以上に速く,天使達は進撃を仕掛けてきた。 元々,彼等にとってシルヴィアは邪魔だった。 
 何時,襲われても可笑しくない状況では有ったのだ。 襲われなかったのは鉄壁の防御壁のお陰に他ならない。 何故,防壁の破り方を知ったのは分らないが防壁が破壊された今,戦力差を考えれば,持久戦をするしか無かった。 
 ガデッサが打った策が功を生じるまでは。

 しかし,民も護らなければならなかった。 民が居なければシャングリ・ラのシステムが凍結するからだ。 アンリとタピスは,救える限りの民を,防空壕やシルヴィア本部へと非難させていた。
 そんな中,腹部を数箇所,先鋭な槍の様な刃により貫かれた事により絶命している少女が,タピスの目に入った。 それを見たタピスは,目を見開いて大量の唾液を口内から出すのだった。
 それを見たアンリは,タピスの事を殴る。  

「タピス……君は,1週間前の事を忘れたのかい? イースレイが居なければ良いのかい? 
僕は,タピスの事を愛しているけどそう言う所は嫌いだニャ」
「お兄ニャん……」

「急ぐよ! 僕達のやるべき事はまだまだ終っていないから!!」 
 
 タピスはよろめき殴られた頬を支え,何故殴られたのかを逡巡する。 それに対してアンリは,本当に分らないのかと目で促す。 タピスの脳裏には,ある記憶が走る。 
 しかし,彼女は目の前の死体に欲望を奪われ必死でそれを否定する。 それを認めれば自分を強く攻めてしまいそうだから。 そんな問答する様子が顔に出ているタピスを見てアンリは優しい笑顔で言う。
 イースレイが来て初めての夜が明けての事。 タピスは一足速く目を覚まし食事を取っていた。 久し振りにその日は人間の死体を食べていた。 喉を潤す血の味。 適度に油気のある生肉。 タピスにとっては何よりのご馳走だった。 だが,イースレイのあの時の表情は明らかな疎外感だった。
 人を天使の進軍から救う為に発起された組織の中核に位置する存在である自分が,人間を畏れさせた……罪悪感と矛盾感で溢れていた事をタピスは強く覚えている。
 アンリの顔を涙を流しながら見詰め,アンリの事を小さく呼ぶ。 アンリは,反省した事を確認すると是から直せば良いんだと,気付いたのだから良いのだと優しく許してくれた。
 そして,彼等は,自分の仕事へとまた,心を強く注いでいく。 しかし,少女の死体の口角が突然釣り上がる。 ゆらりと音も無く,少女の体は,浮き上がりケテケテと笑い出した。

「待ってヨォ? ハンナハンナ兄妹ってあんた等だろう? 死ねよぉ!!」
「タピス!!」

 少女の体が,グチャグチャと音を立て変貌する。 少女の体中の骨が肥大化し,皮膚を突き破り,そして,アンリ達へと高速で伸びていった。 明らかに敵意のある攻撃だった。 
 アンリは,位置関係上回避しづらいだろうタピスを蹴り飛ばす。 直ぐに自分も逃げようとするが相手の所々,血肉の付いた骨による攻撃を掠める。 攻撃が命中した左肩から鮮血が舞う。

「お兄ニャん!!」
「噂通りのシスコンねぇアンリさん?」
「何者ですか?」

 アンリの血が,タピスの頬に降掛る。 アンリの傷口が既に再生し始めているので大した損傷ではないのは分っているが,タピスは思わず叫んだ。 それに対して相手は,冷かしを入れる。
 アンリはその冷かしには全く動じず冷静に,相手を見据え問う。 宙を浮く血塗れの少女が,本体ではない事は理解していた。 浮遊する少女は凄絶な笑みを浮べけたたましい声で笑い出す。
 アンリ達は,そのおぞましい声に,身を竦める。 感じられる天使の気配は格上と言うわけではない。 アンリ達と同格か,それ以下だろう。 2人掛りならそれ程,手間取らず倒せる筈だ。 だが,その狂気染みた笑い声は,恐怖を感じずには居られない物だった。

「あちしはベニチュア・ハーレイって言うの……カナリアお姉ちゃんの末の妹だよぉ」
「やれやれ……何かと思えば唯の幼女ですか?」

 少女の胸の辺りが突然,赤黒い血を撒き散らしながら開かれる。 其処から,細い手が現れる。 少しずつ少しずつ敵本体の体が少女の体から外へと現れていく。 どうやら,その天使の気術らしい。
 敵の後ろを付き攻撃するという類の物だろう。 少女から出てきたのは,女だった。年の頃は10台前半から中盤位と言った所だろう。 青と黒のオッドアイの小柄な少女だ。 髪の毛はツインテールにされている。 どうやら,入れ物の中に居たと言う訳ではないのかほとんど,血は付着していない。
 ハーレイ家と聞いて少し,瞠目するアンリだが,畏れるに足らない相手と判断する。 タピスに目配せしてベニチュアに挑発染みた言葉を掛けて集中を促した。 一方,タピスは仕事を優先させる振りをして一目散にまだ,詮索していない方向へと走り出す。

「あららぁ? 2人で来ない訳ぇ? お仕事がそんなに大事!!?」
「当然ですよ……甲斐性なしさん?」
「ふっ……ざっ……けんなあぁぁぁぁぁぁ!!!」

 ベニチュアは,タピスの事を薄情だなと軽蔑する。 その言葉に対して,アンリは皮肉で言い返す。 どうやら,アンリにとってベニチュアの言葉は相当苛立ったらしい。
 そのアンリの言葉に対し,実力の割には戦闘経験が浅いらしく直ぐに熱くなるベニチュアは,憤慨し獲物を手にし突進してくるのだった。 アンリは,先手を取った事に口角を歪める。
 音も無く相手の視界に入らない様,建物の裏を走り忍び寄ったタピスの回転により強力な力が加わった右膝による蹴りがベニチュアの頭を正確に捉える。 ベニチュアは高い悲鳴げ地面に叩きつけられる。
 それを見越したアンリは直ぐに地面に叩き付けられ弾け飛んだベニチュアに即座に飛び掛り後頭部に,カカト落しを喰らわせた。 地面に強く顔面を叩き付けられベニチュアは沈んだ。
 強力な脳震盪を起したのだ。 天使と言えども数時間は動けないだろう。 しかし,アンリ達は容赦なくベニチュアに止めを刺すのだった。 カナリアの姿が脳裏に浮んだが仕方ないと割切った。

「お兄ニャん?」
「行こう……タピス」

 敏感に,アンリの表情の変化を感じ取ったタピスが心配そうに覗き込み控え目に声を掛ける。 
 覗き込むタピスを心配させまいと目を逸らし必死にアンリは顔作りをする。 満面の笑顔で,アンリは心配しないで良いと言う意味を含ませて言った。 タピスは,アンリが笑っているのだから笑おうと思った。
 彼女,カナリアは堕天しシルヴィアにに入隊る事を望んだから匿ったに過ぎない。 彼女とて本来は,敵である天使の筈だったのだ。 そのカナリアの一族とて無論,シルヴィアの面々にとっては敵だ。
 仕方の無い事なのだとカナリアと交友の薄かったタピスは,容易くそう割り切れたがアンリはそうは,行かなかった。 何故なら,同室で眠り朝から晩まで修行を付き合ったのだから。
 そして,相手が年端も行かぬ子供の姿だったと言うのも大きいだろう。 しかし,アンリも足を止めて入られないことを悟る。 何時また,敵襲が有る可能性のある場所だ。 私情を噛み殺し走出した。

 ————一方,ガデッサはエルターニャを自室に呼び出していた。 アンリ達を直ちに呼び戻し,篭城作戦に出る事をエルターニャは推奨したのだ。 しかし,ガデッサは,其れを批判していた。
 ガデッサが否定するのには理由がある。 シャングリ・ラが円滑に周るには当然,非戦闘員である民達の助力が必要なのだ。 来るべき日まで,民達の助力が無ければ生き残れない。
 ならば,篭城作戦を決行しようとするエルターニャはそれを理解していないのかと言うと違う。 エルターニャは,篭城して耐え忍び仲間になることを承諾したオフィーリアの軍勢が来るのを待ち天使軍を撤退させその後,新たなる民を招き入れれば良いと考えている。
 だが,ガデッサにとっては,それは無謀だ。 シャングリ・ラの設計図は実は,エルターニャは細かく知らないので仕方ないのだが今居る民でなければシャングリ・ラの意地は難しい。
 ならば,シャングリ・ラなど見捨てオフィーリアの群居に入れて貰えば良いと言う意見も有るがそれも無理だ。 何故なら,ガデッサがその場所を選んだのにも理由があるからだ。
 ガデッサの真摯な瞳に,ついに心折れたエルターニャは盛大に溜息を吐く。

「悪いな——」
「何を今更」

「そうだ……気術の使用を許可する。 それと,神具“青神眼”の使用もだ!」
「っ…………はっ!」

 踵を返しガデッサの言う通りに北部地区の住民達の救助に向おうとするエルターニャ。 ガデッサは,それを言葉で遮る。 エルターニャは,何も言わず立ち止まり一言,言って退室しようとする。
 すると,ガデッサが待てと言う意味合いのプレッシャーをエルターニャに飛ばし,話を続ける。 ガデッサが許可した物はエルターニャにとっては衝撃的な物だった。
 気術の許可とは言うまでも無くエルターニャの気術だ。 彼女は天使族の中でも氷の力に特化した一族だった。 通常,魔法と呼ばれる類の力は,素養や熟練度により威力の限界が決まる。 健康状態や精神状態・環境や空間によっても威力の誤差が生じるんのが,エルターニャの一族は氷の力に関してだけは何処でもその地点の実力としては完璧な威力・連度で発動できる。
 
 是が,普段彼女が自らの気術の使用を制限されている理由だ。 彼女の気術は強力すぎて周りにも甚大な冷気を拡散し続ける。 しかし,その気術で最も頑強な造りである民達の避難地に最も,適するシルヴィア本部を護る事を任されたのだ。 
 民達を連れて来ては,気術を消し中へ居れる。 民達の避難地になる場所であり自らの拠点でもある場所にに,敵である天使を入れるのは避けたいと言うガデッサの考えだろう。
 エルターニャの気術は,氷で出来た5000体の周りに水分が有る限り幾らでも再生する兵士の使役だ。 防衛戦や数の不利を逆転させる為に使用されるタイプの気術だ。
 しかし,エルターニャは別件で北部地区へ行かなければならない。 その為に,神具“青神眼”の使用の許可が落ちたのだ。 それは,正確には瞳ではなく,眼鏡の様な形をした物だ。 それを,装着する事により装備した対象は,自分と近しい関係と視覚を共有する事を可能とする。
 詰りは,自らの能力である氷の兵隊に,シルヴィア本部の扉等を警護させてそれらの硝子の瞳を通じて,天使達が,本部に近付いているか否かを確認する事が出来るという事だ。

「我にとって,この世の全ての氷は刃であり……我にとってこの世の全ての水は盾である。
それは,シルヴィアにとっても同じであり私,エルターニャはあの方の盾である……気術発動!! 
ヘイルアイス!」

 エルターニャは,組織本部の外,中央玄関に出てまだ,敵の進撃はない事を確認して,青神眼を装着する。 そして,瞑目し魔力を集中させ言霊を紡ぐ。 何故,言霊を紡ぐのかと言うと高レベルの気術になると気術の力を安定させる為に言霊を詠唱する必要が出てくるからだ。
 エルターニャの言霊が紡がれる事に,地表から氷の戦士たちが顕現されていく。 パキパキと音を立てながら戦士達は形を成し少しずつ数を増やしていく。 5分近く掛けてようやく5000の兵隊が現れる。 

 一方,その頃,2人だけ何の情報も与えられていないイースレイとカナリアは,言い知れぬ不安に駆られていた。 周りのシルヴィア所属の一般戦士達があわただしく動き回っているのだ。 無理は無い。
 時々,不安そうに何が有ったのだろうとカナリアが問うがイースレイは不安そうに心配するなと言うしか無かった。 その時の不安そうな表情が余計に彼女を心配させた。
 そんな2人の居る場所に足音が近付いてくる。 此処の近くの廊下を走る戦士は多かったがイース霊達の居る部屋に近付こうとする者達は今まで居なかった。 緊張感が走る。 
 カツン……カツーン! 足音は,少しずつ明瞭になり確実に近付いてくるのが分る。
 イースレイは,武器に手を当てる。 瞬間,足音が止む。 そして,ノックの音が響く。 こんな律儀な敵は居ないだろう。 そう,思うとイースレイ達の緊迫感は解かれた。 
 念の為に,イースレイがドアノブから相手の姿を確認する。 どうやら,伝承に聞く天使等と言う存在とは随分掛け離れているようだ。 胸の当りにシルヴィアの蛇を基調とした紋章が描かれている。 
 カナリアに一応,聞くと気配からしても天使では無いらしい。 イースレイは,意を決して扉を開く事にした。 そこに立っていた男は,ゾッド・ラークライだった。
 
「お初にお目に掛かるイースレイ,そしてカナリア。 私の名はゾッド・ラークライだ」
「何の様だ? 俺達をこんな所に隔離して」
 
 ゾッドは,その巨体を腰から45度に丁寧に会釈して挨拶して自己紹介した。 その声には感情は無い。 唯,淡々としていて気味が悪いほどだった。 イースレイは渋面を造り何しに来たのか聞く。
 態々,理由も言わずに隔離した理由が聞きたかった。 

「今,シャングリ・ラは天使の進撃を受けている。 君達は,我々にとって大事な切り札だと理解しているな? 君達には生延びて貰わねばならない。 君達は,何が有ってもこの施術の施された扉から外に出るな……何故なら,今はまだ,戦っても死ぬだけの弱い命だからだ——」
 
 それに対して,何の躊躇も無くゾッドは理由を述べる。 今,シャングリ・ラは天使の軍勢に襲われ戦火に見舞われているらしい。 強力な防御壁を築き長い間,天使の進撃から逃れてきたが,ついに防壁が破られたと言う事だ。 イースレイとカナリアは不穏な状況に更に顔をしかめる。
 それを一瞥して,ゾッドは多くの悪魔や天使が死んでいる事に彼等が悲しみの念を感じている事を理解した上で,冷然とこの戦いには関わるなと忠告する。 イースレイ達は大器だ。 
 人間を護りたいと主張するガデッサにとって天使の人間世界襲撃を止め得る切り札なのだ。 何としても護りたい存在は,イースレイ達だった。 ガデッサの影と呼ばれるゾッドはそれを深く理解している。
 ゾッドは,今は弱きイースレイ達に何が有っても生延びろと人の屍の上に立ち仇を討てと真摯に伝えた。 イースレイは,その時,言い知れぬ重圧に押し潰されそうになった。 真実味を帯びてきたのだ。
 世界を救う存在などと,馬鹿げていると思っていた。 しかし,今,シャングリ・ラ地域内で起っていることは尋常ではない。 そして,決死の覚悟で自らを護ろうとする彼等の覚悟も……
 それほどまでして護られて,屍の上に生延びた命で戦わねば成らない。 イースレイにとってそれは,吐き気を催す程の重圧だった。 
 
「天使……お兄様たちも!?」
「無論だ……この戦いは恐らくは,お前も関わっている。 お前が堕天した結果,彼等は決起し“堕天返”しを行うだろう……我々は,君を彼等の手に渡す事も赦されない……」


「んっ…………」

 天使と言う言葉にハッとなりカナリアがゾッドに問い掛ける。 ゾッドは,冷然とした声音で,当然だと言う風に答えた。 それは詰り,カナリアの親族も当然のように死んでいると言うことだった。
 そして,それは恐らく自分が堕天した事も関わっているのだろう。 ゾッドに言われる前に彼女も理解できた。 ゾッドの最後の言葉が重く圧し掛かる。 最初から,家族と戦わないと行けないのは分っていたのにと心の中で嘆くが,唐突に理解する。 覚悟などしていなかった事を。 彼女は小さく呻き1粒の涙を流した。 それを,イースレイは包み込むようにして安心させようとする。

「決して,此処から逃げるな? さもなくば死ぬぞ……今はまだ,弱き者達よ」

 イースレイが強い眼差しでゾッドを睨む。 ゾッドは,その目を見て理解した事を確信すると釘を打つように逃げるなと念を押して言いその場を去った。 ドアが閉まる音が虚しく響く。
 弱き者よ……強くなれとその虚しさは言っている気がした。 
 何時の間にか悪魔に感情移入していたのだと言う事をイースレイは理解した。

 その頃,ガデッサは,自室の窓の下に天使が居る事を確認していた。 恐らく,先遣隊として中央突破をしてきた者達だろう。 エルターニャの気術を発動させる時間を考えると恐らく間に合わないだろう。
 ガデッサは,窓を壊したくない等とブツブツと言いながら武器を顕現させる。 ベルクと戦ったときに出した物とは違う無骨な普通の武器に見えた。 ガデッサは,その槍を手に取り窓を突き破る。
 そして,眼下に居る天使に向かい,高速で飛来する。 其処に居た天使の頭から股まで,その槍は見事に貫通した。 中位天使の上級と言った所だろう。 ガデッサは,天使をバターのように引き裂き2人目を切裂く。 真っ二つになった厚化粧の男天使は,赤黒い血を大量に撒き散らし内臓を飛び出させて倒れこんだ。 その鮮烈なガデッサの登場に,突撃部隊の隊長と思しき巨漢が,部下達では話にならないと理解して部下達を後ろに下げる。
 その指揮を見て,ガデッサは鼻で笑う。 それは,その指揮官でも役不足だと言う指摘だった。 

「お久し振りですねぇ? ファンペルの爺さん?」
「お〜お〜,相変わらずの腕白野郎じゃのぉガデッサ!」

 威厳に溢れた厳つい禿頭の立派な髭が特徴的な齢70を超えていそうな老兵だった。 ガデッサは,彼を知っている様だ。 名をファンペルというらしい。 実は,ガデッサは彼の下で働いていた事があった。
 そんなガデッサの敬意の欠片も無いおどけた挨拶に,ファンペルは狂気を孕んだ笑みを浮かべる。 昔からそうだったと,少しだけ嬉しそうに見えるファンペルだった。
 
「憎まれっ子世にはばかる! ですよ!」
「全くじゃぁ! オフィーリアもかなりの憎まれっ子じゃしなぁ!!」
「はは! じゃじゃ馬だろ?」
「どっちも同じじゃぁ!」
「ちょっと違うかもよ? じゃじゃ馬は女だから素敵なんだろぉ!?」
 
 そんなファンペルの少し説教染みた態度にガデッサは茶々を入れる。 それを聞いた,ファンペルは,竹を割ったような豪快な笑いを見せて,過去を見詰るような瞳で遠くを見てオフィーリアの事を思い出す。
 それに対して,ガデッサはオフィーリアは憎まれっ子じゃないだろと批判する。 それに対して老獪は,細かい事を指摘するなと喧嘩腰だ。 周りの戦士達は,余りの仲の良さに呆然としている。
 ファンペルの言葉を,軽く批判しながら武器を取り突進してくるファンペルの鉄球を槍で弾く。 しかし,流石は先遣隊を率いる程に,信頼されている男だけあり年齢では計り知れない身のこなし見せる。
 左手に持った鉄球の攻撃は,フェイクだった。 鉄球に隠れガデッサの死角から急所を狙ってきた。 ガデッサは,それを間一髪で回避し,ファンペルの目を狙い鋭い突きを放つ。 
 火花散る2人の戦いが始まった。
  
 一方,天使軍本営。 遅れて現れた数10名の部隊が有った。 中央に居るリーダーと思われる女性が,ハリーの前へと駆け寄る。 青の短髪で色っぽい唇をした色白の綺麗なボディラインの細身。 天使にしては珍しいノースリーブ臍だしの露出度の高い服装,目を隠している美女だ。 年の頃は20代後半だろう。
 
「ハリー総司令……兄上は? 天使軍第2大隊総司令官サイアー・ハーレイ様は?」
「既に,敵陣に切り込んでいる。 お前も行くのか?」
 
 女は,ハリーの近くに寄ると声を掛ける。 どうやら,サイアーとは血縁関係にある様だ。 周りにサイアーが居ない事を気にしているのか緊迫した声音だ。 ハリーは,抑揚に欠ける声で既に,戦地に赴いていると伝える。 そして,彼女にお前も出陣するのかとバツの悪そうな表情で言う。 

「無論です。 私にとってもカナリアは妹です」
「そうか。 止めはしないよ。 だが,お前もまた,天使軍の大いなる戦力だと言う事を忘れるな」
「誉れ高き言葉を有難う御座います!」
 
 サイアーの血縁で有ると言う事はハーレイ家に籍を置く者と言う事だ。 彼女の答えは決まっていた。 ハリーは止めても無駄だろうと思い出陣を許可する。 戦力差等から考えるにそうそう,死ぬ事は無いと考えているが万が一と言う事も有る。 戦場で絶対は無い。 どのような強者でも命を落とすのは一瞬だ。
 ハリーの声音から心配している事を理解しながらも抑え切れない衝動を優先する。 本来の自分じゃないような気がして恐ろしくなるのを感じる。 しかし,走り出す。
 
「気をつけろよヴァネッサ……」

 ヴァネッサの後姿を見詰めるハリーの顔は,父親の様な眼差しだった。
 

Fin

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