複雑・ファジー小説
- Re: 黒白円舞曲〜第1章〜 8曲目更新執筆中 ( No.81 )
- 日時: 2011/06/13 14:08
- 名前: 風(元:秋空 ◆jU80AwU6/. (ID: .cKA7lxF)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜黒白円舞曲〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
————魔法————
それは、この五大世界に存在する知的生命体達が、操る事の出来る力。
魔法は、使用者の魔法力により、それぞれの空間の大気中に存在する不可視の粒子に訴えかけることにより発動する力だ。
暴力的な力から、防護の力……中には回復や気配消しなどの特殊な力も存在する。
空間、それぞれ全てに五大世界の数と同数の五種類の粒子が存在する。 天力・魔力・自然力・霊力・獄力の五種だ。 これらを総称し魔力と世俗では呼ぶ。 それぞれの空間の魔力の構成は、次元により一種、圧倒的に多量の物が存在する。
天界は天力、魔界は魔力、世界は自然力、霊界は霊力、竜獄は獄力と言う具合だ。 全ての空間の魔力構成は、その一つの魔力が、九割を占める形となっている。 五種類の魔力は、それぞれ全てが質量も形も発動魔法の性質も違う。 故に、それぞれの種族は、自分の出身する空間の魔力構成に体を慣らしてきた。
当然、出身地の他の空間では、魔法の力に制限が掛かる。 しかし、人間以外のほとんどの種族は、他の空間への移動手段を確立していて違う次元での戦闘も経験している。 故に、人間以外の種族は、別次元でも数時間程度なら、全力で魔法を使うことが出来る設備も体内に、有していた。
それは、故郷で有る空間の魔力を貯蔵する事の出来る器官を体内に造ると言う術だった。 神々に造られて間もない人間達は、残念ながらそれは備わっていない。 すなわち他の空間では、人間は全く、魔法を使う事が出来ないのだ。
他の空間にも自然力は有るのだろうと疑問に思うかもしれないが、世界の他の次元には、魔法を発動させるに足る自然力は無いのだ。
次に、五大魔力の共通項を述べよう。
それは、全ての基本となる「炎」「氷」「雷」「水」「風」「土」「光」「闇」の八大元素である。
全ての魔力は、性質こそ違うが、基本は同じなのだ。 全ての魔力が大別してこの八種類に別けられる。
それらの、元素は、成立ちや発動のプロセスなどが違い、得手不得手が自然と生まれる。 多くの者達は、得意な属性の元素の魔法を選び、その研鑽にはげむ。 多くの種族は、三種類や四種類までの元素を得意魔法として習得する、
しかし、ここでも人間は拙かった。 彼等は、寿命の短さと魔法のノウハウの少なさから人生の間に、精々、二つの元素までしか得意魔法と出来なかった。 恐らくは、人間が、最も肉体に邪魔させる生物であると言うのも関係しているのだろう。
更に言えば、人間の魔法のレベルは、全体的に他の種族と比べると落ちる……
だが、魔法技術、魔法の威力や精度と言った全ての点において他種族と比べて劣る人間にも、特別な才能は有った。 それは、他種族間の交配によって、その交配した種族の能力を吸収できると言う物だ。
それが、俗にイレギュラーと呼ばれる者達だ。 気紛れか策略か、それとも本当に愛していたのか? どのような理由であれ他の種族と性を交えた存在から生まれる人間は、世界では、比肩無き特殊な力を有した。
彼等は、イレギュラーと呼ばれ交配により受け継いだ他種族の血により自然力以外の、魔力での魔法の使用と可能とすることができる。 更に、通常の人間では成し得ない三つ以上の得意魔法の習得。
そして、気術を絶対、手に入れることが出来る神に魅入られた存在となる。 彼らの多くは、その力を使い魔族と戦う道を選ぶのが通常だ。 本来は、人間離れした力から蔑まれ虐げられる彼等が、唯一、羨望の目で見られるのは、人々に恐怖を与える魔族を倒した時だけだからだ。
無論、イースレイ・ファルニカもそんな、イレギュラーの一人だ。 それも、並の才能では無く、アルファベットと称され重要視される存在の一人だ。 だが、彼は、根本が何か異なっていた。
なぜなら、本来イレギュラーは、一つ以上の他の種族の血を受ければ成立しないのだ。 ハーフでなくてはならない。 クォーターでは無理なのだ。 だが、イースレイは、魔族と人間と竜族のクォーターだ。
————————それが、アルファベットZである理由なのだろうか?
黒白円舞曲 第一章 八曲目「天使進撃 Part2(リガルドVSアンリ)」
「ここは、あらかた、片付いたね?
そろそろ、敵さんの侵略も激化してくる頃だ……二手に分れて行動すうニャ」
アンリは、周りを見回しながら妹であるタピスに言う。 彼女は、耳を澄ませるような仕草を見せ敵対者たちの侵略の激化を悟り、切なげな表情を造る。 彼女は、兄にベッタリだ。
本当は、彼から離れたくは無い。 しかし、立場と状況がそれを許さない。
タピスは、迷いを捨て去り、逃げ遅れた民達を探しにまだ、手をつけていない場所へと走り出した。
「うん! お兄ニャん、気をつけてね!」
本当は、彼から離れたくは無い。 しかし、立場と状況がそれを許さない。
タピスは、迷いを捨て去り、逃げ遅れた民達を探しにまだ、手をつけていない場所へと走り出した。
彼女の言葉に、彼は、小さく笑みをつくる。 そして、彼女の姿が小さくなるまで見続けた。
「おい、天使……隠れるんならもう少し上手く隠れろよ?」
彼女の姿が、視界から消えた瞬間に、男は級に険しい表情をする。 臨戦態勢という奴だろう。
彼は、妹を行動を共にしてハーレイ家の女天使と戦って勝利してから数分後、誰かにつけられていることに気付いた。 アンリは、その瞬間から視線の対象と一人で戦おうと考えていた。 なぜなら、今回の相手は手強いようで妹が大きな損傷をする可能性が有るからだった。
無論、一対一より二対一の方が、短時間で決着をつけれるのだが、それにしても相手は、相当の実力者のようでかなりの長時間粘ってくるだろうことが予想できた。 彼の判断は、正しいだろう。
「いや……ね? 別に隠れてた訳じゃないんだ。 隙を伺ってただけさ」
身構える青年の真横に突然、気配が現れる。 圧倒的速度で一瞬にして、彼の横に移動したのだろう。
彼が、横に目を向けるとアンリと同年代位の茶色の短髪のオッドアイの青年がそこには居た。
カナリアの婚約者とされるリガルドだった。
天使の青年は、アンリの耳元で囁くように言う。
その言葉に、彼は呆れたように頭を掻いてどちらも同じだろうと返し、横薙ぎの手刀を放つ。
青年は、それを容易く回避し距離をとる。 アンリは、彼の速度が自分を上回っていることを瞬時に察知する。
速力と敏捷性に、優れる猫族の出身のこの男より高速で移動できる存在は、限られる。 彼は、想像以上に青年が、手強いことを悟る。
「やれやれだぜ……俺より弱いくせに。 妹可愛さに戦力を手放しやがるとは所詮、低脳だな?」
男は、天使の象徴たる羽を大きく開き戦闘態勢に入ると振り向き、アンリを馬鹿にしたような様子で一瞥して言う。
しかし、彼は、安い挑発に動じることは無く、あくまで冷静な表情で自信満々に言い放つ。
「強いとか弱いとか……戦う前に言って負けたら悲惨だよね? 低脳は君だって、教えてあげるよ」
言いながら、悪魔の青年は、天使の青年を指差す。
「ふっ! 良いじゃねぇか……俺の名は、リガルド・ハーレイ! てめぇは、何だ!?」
彼の発言と態度に男は、腹を立てるわけも無く愉悦に笑う。
血気盛んな性格のリガルドは、自身の愛した存在を奪った首謀者の側近を狩れることに歓喜して名乗り出す。
それに対して、アンリも紳士的な態度で自己紹介をする。
天使の青年は、小さく会釈して走り出す。 その速度に、彼は戦慄しながらも、頭の中で務めて冷静を保ちあいての攻撃を迎撃する。
リガルドが放った右拳を左手の掌で受け止め、彼は、男の顔面へと手刀を入れていた。
しかし、青年は彼の右手を左手で薙ぐようにして弾いていた。
だが、魔族の青年は、手を緩めることなく男の脇腹へと蹴りを喰らわせた。
瞬間、青年はうめき声を上げ時計回りに回転しながら吹き飛び轟音を上げ家屋に激突した。
ガラガラと崩落する音がする。 天使の男の周りは、粉塵が舞い上がっていた。
「良い蹴りじゃねぇか……」
余り、堪えた様子も無く彼は、立ち上がり左手に魔法力を集中させて言う。
「カルクォルドー(台地の刃)!」
一方、アンリは、既に追撃へと攻撃態勢へと入っていた。
天使が吹き飛ばされた瞬間に、彼は、魔法の威力や精度をより高くするとされる呪文の詠唱を行い完全な威力の魔法を放つ。
得意属性の法力の種類である土属性の魔法だ。 至る所から大地が刃となり天使の男目掛けて突き出て行く。
「イクアラール(竜天防壁)」
しかし、リガルドは、驚いた様子も無くフッと微笑する。 左手に集中させた法力を転換し風属性の魔法で防御壁を造る。
土で出来た刃は、更に鋭き風の刃により切り刻まれ地に落ちた。
魔法が相殺された事を注意深く観察する。
それぞれの種族は、自分の体質、すなわち上手く扱える法力が違うゆえ、使用する魔法にも多少の差異が、生まれるのだ。
青年は、魔法の収束を確認して跳躍する。 そして、アンリの顔面に向かって蹴りを入れる。
魔族の男は、上体を横に逸らし攻撃を回避し天使の足を薙ぐように彼は、炎の魔力を纏わせ手刀を放つ。
悪魔族の魔法には珍しいタイプの魔法だ。 名をレギアスと言う。
だが、反撃を予想していたのかリガルドは、既に回避行動に入っており空中へと逃れる。
一瞬、相手を見失ったアンリは、当惑するもすぐに対象が空に逃れた事に気付き魔法を放ち迎撃する準備をし上を向く。
すると、天使の男は、雷属性の魔法を放とうとしていた。
天使族の魔法にしては、珍しいタイプの数で攻めるタイプの技だった。 それは、ガデッサにベルクが使用したのと同じ技だ。
「雷の蛇よ……踊れ! エビルスネーク(雷蛇万来)!」
天使の男が、手を振った瞬間に、バチバチと音を立てながら電気でできた蛇達が踊り狂う。
彼の放つ攻撃にアンリは、土属性の呪文で対応する。 土属性の呪文は、風属性に弱く雷属性に強い性質が有る。
「ロックシルド(巨岩壁)!」
巨大な土の壁がアンリの四方と上に出現し、彼の姿を覆い隠す。
全てのエビルスネークをその盾は、完全に塞ぎきりすぐさま砕け散る。
その時には、上空には既に天使の男は居なかった。
彼は、当りを見回す。 気配を潜め、遠距離攻撃で狙い撃ちにされたら骨だからだ。
天使の魔法は基本的に、ホーミング性の高い物が多く、距離をとり遮蔽物に隠れられると厄介なのだ。
アンリが、後ろを振り向いた瞬間、光属性の魔法が襲い掛かる。
光系の魔法は基本的に、速度に優れ確認が遅れると回避が厳しい。 彼は、何とか上体を逸らし回避する。
更に、光の追尾弾は襲い掛かる。 一つではない。 三つ四つ……全部で十の光の弾丸だ。
これ程、連射して撃てると言う事は、恐らくは天使族の下位光魔法であるソーティックだろうと悪魔の青年は、考察する。
考察しながら、彼は、全筋力を脚部に集中させ空中へと跳躍する。 ソーティックは、追尾性の高い呪文だ。
無論、それ位では回避できない。 アンリは、唯、時間稼ぎをしたのだ。 呪文の詠唱を口早に唱え、氷属性の魔法を発動させる。
「フィルニア」と言う魔法名とともに、顕現された氷の盾は、ソーティックを反射させる。
氷属性の防御魔法は、光属性や雷属性を反射する効果が有るのだ。
そして、更に彼は、空中に巨大な氷の塊を造り出す。
彼が、上空へと逃げた理由の確信はこれだ。 広範囲の氷のシャワーを相手に、浴びせて燻り出すのが本命だった。
「砕けよ……ヴォルビノーチェ(氷神鉄槌)!」
彼が、魔法の名を高々と宣言すると共に巨大な氷塊は、ビシビシと岩にヒビが入ったときのような音を立て砕け散る。
砕け散ったそれは、全てが、巨大な刃の彫刻となって下界へと降り注いだ。
巨大なそれは、建物を崩壊させ、整備された道路を砕き、瞬く間に当り一面の遮蔽物となり得るもの全てを消失させた。
「荒っぽい真似しやがんな……見掛けと違ってよ?」
「他者を見掛けだけで判断すると痛い目に合うってママに教わらなかったのかい?」
もくもくと上がる粉塵の中から、どうやら攻撃が命中したのか頭から流血しているリガルドが姿を現した。
男は、然程堪えた様子も無く血を拭うと拍手をしながら悪魔を褒めるような素振りを見せる。
無論、彼は、アンリのことを褒めては居ない。
自分の住処をここまで容赦なく破壊できるのかと言う風に、“所詮悪魔だな”と言う皮肉を篭めて言っているのだ。
それに対して、彼はあくまで冷静に受け答えをする。 男は、苦笑して魔法を放つ。
フィムと言う下級魔法だ。 いわゆる目晦ましの類の術だ。 基本的に逃走の奇襲に使われる。 今回は、後者だ。
だが、アンリはうろたえる様子も無く、問答無用で攻撃範囲の広い魔法を使い、天使に攻撃のチャンスを与えまいとする。
「グランガーダ(巨人の腕)!」
流石に、速力の高いリガルドも土属性の広範囲型上位魔法の前には、回避するしかなかった。
筈も無く、彼は、両手を合わせ魔法力を収束させて超攻撃型の強力な風属性の上位魔法を放つ。
「分ってるだろ? 同等の実力者同士の戦いのとき、風属性に土属性は勝てねぇ……ケトゥアルクアトル(風王ノ凱旋)!」
風属性の魔法の種族間での共通的な基本特徴は、貫通力と切断力に優れていると言う事。 つまり、練磨し易いと言うことだ。
練磨に練磨を重ねた巨大な竜巻が、悪魔を補足する。 しかし、彼は冷静だった。 むしろ、是を待っていたのだと言う様子だ。
「有難う……そんな強力な風魔法ならきっと、相当な起爆剤になるね? ファイアニアス(焔戒)!」
悪魔の青年は、小さく圧縮された火種を天使の放った風の竜へと放った。
瞬間、火種は、リガルドにより起された風に引火するようにして、膨大な炎の量となり辺り一面を灼熱の海へと変貌させる。 直撃すればリガルドとて無傷ではすまない。
天使の青年は端正な顔を歪ませる。 その表情を見て男は、勝ち誇った様に笑う。 その笑みが、青年には溜らなく腹立たしかった。
その腹立たしさが、リガルドの中にある過去の風景を流させる。
そこに居たのは、自分より遥かに能力が劣るはずの許嫁に、魔法の教授をされる過去の彼だった。
唯一、彼女が得意属性として扱える魔力の属性である水の力だ。 水の力は、火属性の魔法に対し最大の力を発する。
彼は、許嫁であるカナリアの師事を受け、それなりに水属性の魔法も使えるのだった。
しかし、所詮それなりなのだ。 カナリアからは、完全に水の魔法の技術を教わった訳では無い。
実際の所、実践で多用できるほど水属性の魔法に慣れては居ない。
だが、ここが使い所だろうとリガルドは、意を決する。
ギラギラに瞳に炎を宿らせ、瞬間的に魔法力を限界突破させ水属性の原子に極限まで働きかける。
彼の魔力の嵐に天地が鳴動する。 瓦礫と化した煉瓦や石が圧力に押されて後ろへと吹き飛んでいく。
瞬間、彼の魔力が深淵の青に色を変える。 彼を既に飲み込んでいた全ての炎は、ジュワァッと快音をたて蒸発して消え去った。
「はっはっはっは……なめるなよ? 俺には、目的が有る! 愛した女をこの手に取り戻す事だ!
カナリアをたぶらかしたテメェラを全員皆殺しにしてからなぁ!」
先程までとは違った余裕の無い表情で殺意をみなぎらせながら天使は悪魔の青年を睨んだ。
その圧倒的な殺気に、アンリは後退し一筋の汗を流す。 そして、握り拳をつくりリガルドに向け宣言する。
「目的があるのが君だけだと思うなよ? 僕だってさ……僕が死んだら誰がタピスを護るんだ!?」
アンリは、リガルドの発言に対して熱く妹を守る義務を語る。
今、彼の中には彼女を護ることを強く決めた理由。 遠い過去の記憶が巡っていた。
彼等は、本当の兄妹では無い。 本当は、アンリはハンナハンナと言う名字ではないのだ。 彼の、本当の名字は、ギリカと言う。
猫族は、実は、魔界では勢力的な種族の一つだ。 蛇族・鷲族・熊族・鴉族と言った支配階級と呼ばれる階級と同等の一派なのだ。
魔界において数も多く、種族間の上下関係も出来上がっていて貴族と執事、支配者と奴隷と言った関係が最も、はっきりした形になっている種族でも有る。 そんな、猫族の中でアンリは、タピスの家系に従える使用人の一人だった。
彼の家系ギリカ家は、十数世代を執事としてハンナハンナ家に従えて来た。
魔界は数十万年しか歴史を持たない若い空間だと言うのに、長命な魔族がなぜ、十数世代も世代を重ねられるのか疑問に思うかもしれないから補足しておく。 堕天使の恐怖から生まれたとされる魔族の人生は、天使族や堕天使より遥に短い故、魔界の中核である堕天使達より多くの世代を重ねているのだ。
詰り、堕天使達の恐怖の中には、人間達の儚く短い生の時間も入っていたのだろう。
通常、天使及び堕天使は、三百万年程の時間を生きる。
それに対して、彼等は二万年程度しか生きられる時間は無いのだ。 人間と比べれば驚愕の性の長さだが、彼等、堕天使にとっては、百分の一にも満たない短い時間なのだ。
魔界の歴史においては長い間、君臨し続けたハンナハンナ家は、アンリ達が人間年齢にして十になる位の頃に終焉を迎えた。
ハンナハンナ家の裕福で優雅な生活を妬む嫉妬に取り付かれた痴れ者達が、練りに練った策略により奇襲を仕掛けタピスの家族達を切り刻んでいったのだ。 家族は、年若い彼女を庇護し何とか彼女を逃すことを成功させた。
そんな時、彼女の先導と防護を担当したのがアンリだった。 本質的には、タピスの護衛を彼に任せたハンナハンナ家の当主オデッセイ十六世は、自分達が死ぬ事を悟っていたのだろう。 だから、年が近く、彼女が好意を寄せていた使用人であるアンリに警護を任せた。
アンリは、あの時、お嬢様だったタピスを安全な所へと逃さなければなら無いと言う使命感に駆られ必死で走った。
敵の目を逃れるようにして時々、タピスの様子を一瞥する程度に見て、息切れする彼女を必死で庇いながら遠く暴漢達が追ってこないような場所へと逃げた。 逃げている最中、屋敷に残った人間達の姿が、彼の脳裏には次々と映し出されていた。
大貴族の主人でありながら傲慢さが無く民のために権力を惜しみなく使うオデッセイに彼は憧れていた。 執事として迅速かつ完璧に責務を全うする父の姿に、いつか追いついて父と語り合いたいと思っていた。 恐らくは、皆既に死んでいるだろう。
言葉などと言う陳腐なものでは形容しがたい言い知れぬ感情に襲われ、強い吐き気がしたことを今でもアンリは鮮明に覚えている。
「俺が殺して直ぐにお前の元に送ってやるよ……」
追憶に耽るアンリを目覚めさせようとリガルドは、光属性の魔法で彼の横腹を貫いた。
彼は、グラリと体制を崩しながら持ち応え天使の青年を睥睨する。
そして、全員殺すと宣言した者らしい言葉をリガルドは、強い口調で言う。
矢張りかと渋面を造りながらアンリは過去の記憶に思いを馳せる。 逃亡に逃亡を重ねて追っ手から完全に逃れた日。
お嬢様だったタピスは、言った。 家に戻りたいと。 どうなっているのか確認したいと。 彼女は、家族の事が大好きで何時もべったりだった。 深い愛情を受け彼女自身も強く家族に感謝の意を感じていた。
そんな彼女が、家族や使用人達の最後を見たいと思うのは当然だが、彼は、其れを望んでいなかった。
彼女に、家族の凄惨な死骸を見て正気を保つ精神力が有るのか? 強い懸念が走っていた。 しかし、当時の彼は、主人の命には逆らえぬ使用人気質が色濃く残っていて、お嬢様の強気の命令に逆らう事はできなかった。
彼は、首謀者達の眼を逃れるようにして彼女を館へと導いた。
その先に有ったのは、瓦礫の山と死んで腐敗したタピスの家族や使用人達の姿だった。 何人かは生延び逃げている事をアンリは、心の何処かで願っていた。 しかし、全ての使用人と彼女の家族達の死骸は、そこに有った。
深い絶望があの時、二人を襲った。 過剰なストレスと恐怖、悲しみの余り胃液が逆流し嗚咽した。 喉に血が溜りザラザラとした感覚が喉を襲う。 鉄臭い臭いと周りの腐臭が、交じり合い鼻腔を直撃する。 涙が止らない。
嘆いた。 泣いた。 吼えた。 絶望して表情が抜け落ちるほど彼女も彼も泣き続けた。 あの時だ……
アンリが、彼女を護る事を誓ったのは。 彼女の最後の家族であることを契約したのは。
熱い思いが沸々と彼の心の中から湧き上がって来た。
「僕は、彼女の最後の家族であり騎士だ! 彼女の盾となり相打ってでも対象を倒し……タピスを生かす!」
あの日、泣きしゃくれる彼女の前で約束した言葉が、男の脳裏に鮮明に映し出される。
彼は、その契約を強い声で今一度宣言し奮起する。
「良い眼だ。 その怒りに満ちた瞳だ。 能面みたいな顔してやがって! そう言う感情表現もやりゃできるじゃねぇか?
今度は、その表情を絶望に染めてやる! カナリアは、俺がやっと手に入れた光だった!」
そんな熱気に満ちたアンリを見てリガルドは興奮する。
先程までの透かした表情の彼のことが天使の男は気に要らなかった。 オッドアイの相貌をギラつかせ手を掲げる。
彼の脳内に今、映し出されているのは取り返しの付かない罪に溢れた暗い過去だった。 弾圧され誰も信じられなかった過去。
そんな、荒んだ心を癒してくれたのがカナリアだった。
その過去を噛締めるようにして、宣言する。 絶望に歪ませて誓いなんてぶち壊して絶望の底に沈めてやると。
瞬間、腹部の回復を済ませたアンリが、彼へと向かい跳躍する。 その瞳は、殺戮者の容赦なき余裕なき瞳だった。
頚椎を砕くつもりで全ての体重を右足に乗せ回し蹴りを放つ。 その蹴りを対象は、片手で捌き残った左手で顔面を殴打する。
鮮血が舞い上がり悪魔の青年は、回転しながら吹き飛ぶ。 男は容赦なく追撃する。 アンリの顔面に手を添え風の魔法を解き放つ。
青年は、顔をひしゃげさせながら吹き飛び瓦礫の山へと轟音を立てて追突する。
悪魔の青年と天使の青年の間には、単純な身体能力では大きな開きが有った。 アンリは、顔の再生修復をおえすぐに距離をとる。
そして、土属性の呪文で迫り来る天使を迎撃しようとする。 だが、彼は、それを容易く見切り光属性のレーザーの様な魔法を放ち、アンリに損傷を与える。 速度が違えば、相手の攻撃を誘い回避し魔法力を集中させている間に攻撃する事も可能だ。
被弾しよろめくアンリに、彼は、距離を縮め更に執拗に攻撃を喰らわせる。 鳩尾に先ず膝蹴りを浴びせる。 更に、少し吹き飛んだ悪魔の顎へとカチ上げを食らわせる。 最後に、右手を水平に薙ぎアンリの首に命中させる。
彼は、盛大に流血し吹き飛び転がり回った。 そんな転がり回る彼にリガルドは悠然と近付いてくる。 彼は、圧倒的戦力差に天使が酔っていることを見切る。 好敵手と認め本気を出した天使の青年だったが、自力は違った。 再び、小さな油断が顔を覗かせていた。
「グロリアス(隻腕の鉄槌)!」
彼は、小さく呪文を唱える。 リガルド目掛けて巨大な一つの岩の腕が襲い掛かる。地面の近くを歩いていたリガルドは、対処に遅れてその魔法を直撃する。 回転しながら空中へと投げ出され、何とか体勢を立て直そうと翼を動かす。
その翼を集中的に狙い彼は、炎の弾丸を放つ。
炎の弾丸は、見事に天使の青年の羽をもぎ取り、多くが体に命中した。
男は、墜落する。 立ち上がらせる時間など与えるはずも無く彼は、距離を詰め青年の喉目掛けて蹴りを居れ青年を上へと浮かす。
天使が上へと吹き飛び攻撃面積が増えた瞬間、彼は、躊躇無く連撃を食らわす。 数百発の拳が男に被弾する。
しかし、天使は、ニヤリと笑い顔面を狙ったアンリの左拳を片手で受け止める。
そして、雷属性の魔法を悪魔の胸辺りへと命中させる。 悪魔の青年の胸板は、容易く貫通する。
一瞬、青年は白目を剥く。 なおも攻撃は続く。
彼は、全力で青年の拳を握り潰す。
そして、痛苦に歪む顔を一瞥し強力な雷の呪文でアンリを吹き飛ばす。
傍目からは互角に見える圧倒的な攻防が、延々と繰り返される。
激突する拳により瓦礫が吹き飛び地形が変形していく。
圧倒的な魔法の数々により多くの形を目視できる程度の大きさの物質が木端微塵になって行く。
いつしか、彼等は、シャングリ・ラを所狭しと奔走しながら激戦を広げていた。
そんな彼等は、他の天使や悪魔が、凌ぎを削っている地区へと近付きつつあった。
互角に見える戦いを繰り広げていた二人だが、アンリはリガルドより先に片膝をついた。
攻防は互角に見えたが一撃一撃の重さも攻撃の量もリガルドが実は、一枚上手だったのだ。
彼は、片膝を落としゼェゼェと肩で息をする。
「苦しそうだな……どうやらこの先の未来に進めるのは、俺のようだ!」
そんな彼を見下して、天使は手を広げ勝利を確信したような顔で宣言する。
宣言すると同時に、手をかざし武器を召還する。 拳での一撃は無論、魂喰いの力を有する上位の存在が所有する武器は、魔法と比べても圧倒的な攻撃力を有していた。リガルドは、勝負を決める気だ。
青年の武器は、四つの巨大な刃を有する手裏剣の様な形状だ。 それが、二対ある。
すぐさま、彼は、武器の殺傷力を計算する。 刃渡りや凝縮された力の気配から、強力なもので有る事は一目瞭然だった。
だが、彼にとっては、それこそ反撃のチャンスだった。
彼は、ノロノロと立ち上がり、荒い息を止めてまだまだ戦えると言う様子の表情で天使の青年を挑発する。
そして、自分もまた、武器を召還する。 彼の武器は、控え目な装飾の二対の短剣だった。
それを見て男は、失笑する。 小回りは利くのは分るが攻撃力で圧倒的に不利なのだ。
天使の男は、彼の気術を前情報から戦闘では役に立たないものだと認識している。
せめて、全ての力を出し切って死にたいと言うことだろうと男は認識する。
「そう、馬鹿にしないで欲しいニャ……刺さりゃやっぱり痛いからさ」
軽い口調で痛覚が有る限り当然であることを彼は言う。 青年は、了承したように頷いて、風の魔法で攻撃を仕掛ける。
彼は、その攻撃を宙へと逃れ回避する。 それに対して青年は、巨大手裏剣の一つを彼へと投擲する。
天使と違い羽の無い彼は、空中での急な方向転換ができない。 言わば、的だ。
先程までは、空中に逃れれば的になる事を恐れて空へと逃れる事は少なかった。 務めてそれを避けていた。
しかし、今になって彼はそれをした。 男は、ついに形振り構えなくなったかと失笑する。
だが、彼は、その手裏剣の軌道と回転を見切り、足蹴にしてそれを回避して、その手裏剣を踏み台にしてリガルドへと詰め寄る。
撃墜される事を見越して彼は、先に短剣を投げつける。
それを男は、手裏剣で容易く弾く。 だが、その間にアンリは、既に自分の攻撃の間合いへと入っていた。
間合いを詰められた天使は、手裏剣を投擲できない。 当然、彼の反撃を許さないため近接武器としてそれを使用した。
巨大な刃が、悪魔の青年の腹部を貫通する。 男は、自分が付きたてた刃を引き抜こうとする。
しかし、悪魔は、彼の手を短剣を投擲した事によりフリーになった手で強く、握っていた。
天使の男は、必死でその手を振り解こうとする。 瞬間、左肩に鋭い激痛が走る。 残った短剣が刺されたのだ。
彼は、痛苦に顔を歪める。 その一瞬の隙をアンリは、見逃さず気術を、発動する。
「準備は整った……メルトンニャンニャンの戦闘時の使い方を教えてあげよう」
彼の魂の力が、大きく膨れ上がり一瞬、金色に輝く。
させまいと左手で魔法を放とうとしたリガルドだが既に遅かった。 彼は、全ての爪を男へと突き刺す。
青年は、小さく呻く。 彼は、天使の腹部を蹴り無理矢理、巨大手裏剣の刃を外し距離をとる。
大量の血が、止め処なく流れる。 膨大な量だ。 魂に直接受けた損傷は、そう簡単に回復しない。
回復の速度が極端に遅い。 コンマ数秒で普通の傷なら回復するが、魂に傷を負うと何分も回復に時間が掛かる。
場合によっては、数時間か掛かるし回復力の高い彼らでも一生直らないことも有る。
彼は、苦悶の表情を浮かべながら正気を見出し笑みを浮かべる。 メルトンニャンヤンの効果は、情報通である猫族の言葉を他者に理解できるようにする諜報活動目的のものだと思われがちだが、最大の用途は違うのだ。
メルトンニャンニャンは、対象に猫語を理解できる様にすると同時に猫語を与える。 つまり、最低限、魔法の名を言わなければ発動しないと言う条件が有る魔法を、撃てなくする事ができるのだ。
いかに速く肉体強度が高くとも魔法と言う遠距離攻撃手段を失った敵は、接近せざるを得ないことが増えてくるだろう。 それが、分っていれば幾らでも対処できる。 リガルドは、喋ろうとして口から出た声に驚く。
「ニャ!?」
「悪いね? 君は、是から言霊の詠唱を行えない訳だニャ」
瞠目するリガルド。 しかし、魔法が使えずとも損傷や彼の戦闘能力を考えれば正直、アンリが勝つのは厳しかった。
だが、彼は、勝たなければいけない一心で魔法を使い始める。
天使の男は、それを確実に回避しながら彼に攻撃を与える。 しかし、彼が、攻撃を放つ瞬間が、彼の攻撃の好機でもあった。
どうしても、攻撃が回避された瞬間には隙ができる。
その瞬間に、魔法を発動する。 氷属性の魔法で相手の体を凍結させて土属性で粉々にしてやると言う意気で攻撃する。
徐々に徐々に、リガルドは、魔法を使用できないための余計な尊称が蓄積されていた。
しかし、まだ、彼は、自分が喰らった以上の損傷を天使の青年に与えられては居なかった。
男もまた、高い身体能力に物を言わせ、魔法のダメージを受けながらも構いなく攻撃を行っていた。
恐らくは、アンリは気術を使わなければ今頃、死んでいただろう、
彼は、それを踏まえてタピスを先に行かせたことは、正しい判断だったと今更ながらに考える。 彼女は、アンリより遥かに劣る。
恐らくは、彼女が一緒に戦っていれば、悪い言い方だが足手纏いにさえなっていただろう。
そんなことを考えながら、彼は、炎の魔法を青年に浴びせた。
だが、圧倒的な火力の一撃を受けながらも、男は持ち応え武器を振るった。
一瞬の油断が、一瞬の感情の揺らぎが生んだ魔法の威力の弱化が、彼を窮地へと追込む一撃を入れさせた。
「油断してるのか? 魔法を封じた位で? 甘すぎるぜ?」
通常の種族には、彼の言葉は、猫の鳴き声にしか聞こえないが、猫族だったアンリには、彼の言っている事が理解できた。
吹き出る鮮血を見詰ながら、悪魔の青年は、目を細める。 敵は、武器を手放していない。 また、あの手裏剣の斬撃を喰らったら……恐らくは青年は、地に堕ちるだろう。
だが、青年は、体勢を立て直す体力が無かった。 瞑目する。 死ぬ事を悟った。 約束を果たせない事を悟ったからだ。
『お嬢様……すいません。 絶対に、貴女より後に逝くと約束したのに』
男は、瞑目して過去の記憶に思いを馳せる。 走馬灯のように今まで思い出していなかった記憶が駆け抜ける。
何よりも悲しいのは、愛した女の前で迷い無く言った言葉を……約束を護れず逝く事だった。
だが、目を瞑って数秒近く立ったのに斬られた激痛は襲ってこない。
それどころか、天使の青年が迫ってくる圧迫感すら感じないのだ。
アンリは、恐る恐る目を開ける。 その先に有ったのは意外な風景だった。
何事かが起ったのか、リガルドは、自らの獲物を手放していた。
そこに居たのは、黒猫の魔族だった。 頭に、小粋な帽子を被ったシャングリ・ラの猫族の長。 通称ネコ番長。
彼が助けてくれたのかと、青年は、息を吐き出し安堵する。 アンリの半分以下の身長だがネコ番長は、実は強い。
「この……猫があぁぁ!」
半狂乱になり天使の青年は、ネコ番長を吹き飛ばす。 ネコ番長はそれを素直に喰らい、吹き飛び建物に叩きつけられた。
その隙を逃さず、悪魔の青年は、リガルドの死角へと入り、先程の短剣より二周りほど大きな装飾の施された短剣を心臓付近に突き刺す。 男は、苦悶に引き攣った表情をしながら、後ろにいる青年の首を荒々しく掴み叩きつける、
「最後に勝つのが……勝者だ」
「なら、やっぱり僕が勝者だ……そして、勝者は、生涯を賭けて護るべき約束のために奔走できる」
苦しそうな表情を浮かべてリガルドは勝利を宣言する。
それを見たアンリは、彼の勝利の哲学に賛同した上で、勝者は自分だと言い聞かせる。 そして、勝利して約束を果たすと。
「生涯を賭けて護るべき約束が有るのが、お前だけだと思うな!」
男は、怒声を上げ再び、悪魔の青年の首を掴み宙ブラリンの状態にする。 そして、新たな武器を召還し確実に殺すと意思表示する。
新手やネコ番長の反撃が無いか周囲の状況を確認しながら躊躇い無く武器を振るった。
しかし、武器は届かなかった。
「お前は……このネコ番長がここに来た瞬間から負けてたんだニャ」
目にも止らぬ疾風の様な速度でリガルドの目前を黒猫が駆け抜け、天使の男の右腕を奪う。
彼は、シャングリ・ラの戦士の中でもガデッサの次に素早い動きをできる男だった。
直ぐに、手が再生しないことにリガルドは渋面を造る。
ネコ番長は、自分の歯を抜いて武器を歯の部分に装着している事は、シャングリ・ラでは有名な話だった。
青年は、左手に持ったアンリを建物へと限界ギリギリの力で投げつける。
そして、ボロボロでまともに身動きも取れないアンリは無視しネコ番長に標的を変えた。
「てめぇ、強ぇな?」
青年は、黒猫を見詰て言う。
「俺様は、一応上級悪魔だからニャ」
天使の男は、成程と嘆息すると気術を発動しようとする。
しかし、彼の気術の発動は、アンリによって阻止された。
ダメージの回復に追われ、全く動けない状態の悪魔の男は、回復を怠れば強烈な苦悶に襲われることを理解しながらも魔法力の集中によって行われる魂の回復を一旦、止めて自分にリガルドが背を向けている好機を逃すまいと魔法を放ったのだ。 巨大な氷の刃が、天使を貫く。
「砕け散れ……シグオン(氷結破片)!」
更に、それではダメージが足りない事を青年の状況を見て理解した悪魔の男は、魔法を唱える。
凝結した氷を内側から爆発させ四散させる二段構えの魔法だ。 刃上になり四散した氷はリガルドの体内をズタズタに切裂いた。
その攻撃を受け、天使の青年は地面へと転落する。 男は、闘争心をみなぎらせ懸命に立ち上がろうとするが倒れ込む。
「アンリ? 止めは刺すかニャ?」
黒猫は、倒れ込んだ青年の下へと駆け寄り脈を取る。
まだ、意気が有る事を確認して彼は、アンリに問う。
「僕は、そんな体力有りませんよ番長————しかし、熱い奴だったニャ」
悪魔の青年は、自分の身体状況を把握した上で否と答え、リガルドのことを最後に賛美した。
それを見たネコ番長は、笑みを浮べる。 例え、延命して立ち上がるとしてもその頃には、戦争は終っているだろう。
そう、自分に言い聞かせ彼は、青年の意を汲んで天使に止めを刺す事を止めた。
『くそ——……全員、殺すとか息巻いといてこの様か!? 立てよ……体! 動けよ……俺!
アイツを助けるんだ……俺は、アイツの居場所になるって……闇ばかり抱えた腐った連中から護るって!
護れなかった? カナリアは、神々の闇を見たから逃げたのか? 畜生……畜生! 畜生————!
俺だけは、アイツの拠所で……』
倒れ込んだ天使の脳裏には、嬉しい時は幸せそうに笑い、悲しい時は涙の雨を流す、汚れた無感情だった自分を癒してくれた純粋な太陽の様なカナリアが浮んで居た。
何が有っても彼女に何が降り注いでも体を張って護る。
悪魔でも神でも、彼女を悲しませる奴は許さない。 それ以前に、暗い真実は絶対に純粋な彼女には見せない。
彼女が、魔界に行った理由は何だ。 彼は、実は考えていなかった。 奪われたと言う絶望に駆られていた。
彼女もまた、無理矢理、捕虜になったのだろうと考えていた。 だが、彼女は自分の足で魔界に行ったのだ。
まさか、彼女は、神々の真実を知っているのか。
『俺は、彼女に……純粋な彼女に闇は見せないと約束したのに————……』
深い怨嗟にうなされながらリガルドは黒白の闇へと堕ちていった。
Fin
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〜作者感想〜
リガルド! アンリ!……アンタ等格好良いよ!
ネコ番長が一番イカスけど!