複雑・ファジー小説
- Re: 黒の魔法使い ( No.166 )
- 日時: 2011/07/19 17:36
- 名前: 七星 (ID: A53dvSWh)
Episode 68 [君の言う幸せとは]
「お、男の友情ガチンコバトル…?なにそれ…。」
驚きと呆れの表情が顔に浮かぶ。あれおかしいか?とシキトは首を傾げた。
まぁいいさ、とシキトは先ほどの不敵な笑みをリュフィールに向けた。
「今から俺はあの鎌を絶対使わねぇ。」
そう言った瞬間不意に鎌の周辺の空間が魔方陣の出現と共に歪み、鎌が空間の中に取り込まれる。
「それに魔法だって使わねぇ。」
「……は?」
シキトは傷だらけの足と腕で。血の溢れる肩で。打ち付けられた体で。それでもなお、笑みは崩さない。
「素手でお前をぶん殴る。」
「…っは、何を言い出すかと思えば。」
微かに震える声で、リュフィールは呟いた。
「魔法を使わない?素手で?そんなもので僕が倒せると?思い上がるなよ。それに君は傷だらけだ。僕はね、魔力が続く限り、金を、どんな形でも、どんな大きさでも生み出せる。その魔法に君が敵うと?」
「…さぁな?」
「さぁなって…馬鹿じゃないか、君は。」
「あぁ、馬鹿だよ。」
魔力は今のシキトより、リュフィールの方がずっと高い。その上シキトは傷だらけ、リュフィールは無傷だ。
なのにシキトは笑っていた。まるで自分が負けるはずないと、確かな自信が感じられた。それがリュフィールを不安にさせる。肩を貫かれたのに、血が溢れて、痛いはずなのに、平気な顔で立っている、目の前の男。
意味が、わからない。
「馬鹿で悪いか。」
そうシキトは開き直ったかのように告げると、勢いよくこちらに向かって走りこんでくる。ちっ、とリュフィールは舌打ちし自身の背後の空間から大量の魔方陣を出現させ、シキトに向けて発射する。
「僕たちの望む楽園を、壊して、たまるかあああぁぁぁ!!!!!!」
声が枯れてしまうんじゃないかと思うほど、リュフィールは叫んだ。楽園に行きたかった。誰もが幸せになれる場所に、行きたかった。
「幸せに!悲しみも苦しみも痛みもない、『幸せしかない』世界を!僕たちは!作るんだ!!!」
左右違う色の瞳のせいで自分はずいぶん虐げられた。
何も悪いことをしていないのに。
ただ、瞳の色が人と違うだけなのに。
たった、それだけなのに。
「それを!それを邪魔させない!ずっと何年もそう願い続けてきたんだよ!」
そう言った瞬間シキトの体が、金の剣の攻撃に寄って、見えなくなった。
金の剣は遠くのほうまで突き進み、がちゃり、と壁に突き刺さる。
こんなにも、あっけなく。
「あ、ぁ…。」
あぁ、殺したのか、ふ、と力が抜けたようによろめいた。
『俺、すっげー綺麗だと思ったけど。』
『宝石みたいじゃん。きらきらしてて。』
「う…、」
頭が痛い。おかしくなりそうだった。
友達だといってくれた。笑いかけてくれた。この目を、綺麗だといってくれた。
そんな人を、僕は殺した。
「だから…友達でいいのかって…聞いたじゃないか…。」
こんな、僕なのに。
まるでシキトを、そして自分を責めるかのようにそう呟くリュフィール。
「どうして…僕なんかと友達に…。」
虚ろな目で目で、粒子と化していく金を見つめながら、ぼんやりと、そう、呟く。返事は無い、はずだった。
「『友達になるのに、理由なんかいらねえ』っつっただろうがああああっっ!!!!」
え、と顔を上げれば、金色の粒子の中を突っ切ってくる一人の男の姿が。
動けなかった。動こうとする気さえ起きなかった。だって、どうして。
. . . . . .
どうして、笑っているの?
「どおりゃああっ!!!!」
シキトの右手が、リュフィールの頬に力強く打ち込まれた。リュフィールは小さく悲鳴を上げて吹き飛ぶ。
息を切らしながらシキトはリュフィールの目の前に立った。もう攻撃をする気は無いのか、その右手はぶらり、と下げられたままだ。
「な、んで…どうして…、」
頬を赤く腫らしながらゆらゆらと起き上がるリュフィール。
シキトを見つめて、確かに傷は増えているが致命傷というものはない。あんなに大量の剣を受けて、どうして平気でいられるのだろう。
「お前のその金は、一直線に伸びるだけだったろ?」
答えあわせをするかのように言うシキト。
「確かに量は多い…。でもな、確かに量は多いけど…バラバラだ。大きさも、形も。だからさ、考えた。もしかしたら隙間ができるんじゃないかって。」
「隙間…そんなもの、」
「あぁ、確かになかったさ。金の集まる部分には。」
一呼吸おいていう。
「だから俺は、『しゃがんだ』んだよ。」
「え、」
「大きさも形もでたらめ、多分いちいち形作るのめんどかったんだろ?あんなに量があるから。それに量があるからこそ、細かい動作はできない。だから金は『一直線』にだけ、俺に向かってきた。」
にひ、と友達に向けるような笑みで笑うシキト。
「…ふざけてる、馬鹿みたいだ。」
金はまた出すことができるが、リュフィールはそうすることなくただ、静かな声を出した。
シキトを殺してしまったと思ったとき、不自然なほどショックを受けた自分がいた。それこそ、自身が崩壊してしまうんじゃないかと思うくらいに。
「僕は、幸せな、楽園を作り出したいだけなのに…、どうして邪魔するんだい、シキトくん。」
そう小さく言うと、シキトは怒ったような顔になって、リュフィールの服の襟を持ち引き寄せる。
「お前、さっきも言ってたけど…本気なのかよ。」
「ほん、きって…。」
「『幸せしかない世界』が本当に幸せだと、本気で思ってんのか?」
リュフィールは言葉の意味がわからず、首を傾げた。
「本当に幸せしか存在しない…、いや、幸せが『当たり前』になっちまう世界が本当に幸せと呼べる世界か?」
「え、」
「確かにお前は辛い過去があった。幸せに固執するのもわかる…、けどな、それでも俺はやっぱり、幸せしか存在しない世界なんて望まない。幸せが当たり前になって、きっとそれより多くを望んじまう奴だっているかもしれねぇじゃねぇか…。それは幸せか?本当にそうなのか?」
「…。」
「俺は、大変なこと辛いこと、それを乗り越えて、また、俺たちの場所に帰って、みんなで笑いあえる世界…、今のこの世界でいい。いや、この世界『が』いいんだ。悲しみがあるけれど、苦しみがあるけれど、痛みがあるけれど、それでも、この世界がいい。」
シキトはリュフィールの両肩をがしり、と強く掴む。
「悲しくて苦しくて痛いことがあっても、最後にはみんなで笑える世界、それが幸せな世界じゃないのか?」
ぽたり、何かが落ちる音がした。それは溢れて止まらない、何の変哲も無い、ただの涙。
殴って悪かったな、痛いか?と優しい声。あぁ、きっとそうだ、きっと、僕は、
『リュウ!』
きみと一緒に、笑いあいたかったんだ。ぼくの目を綺麗といった、きみと。