複雑・ファジー小説

Re: 黒の魔法使い ( No.41 )
日時: 2011/03/28 09:16
名前: 七星 (ID: sicBJpKD)


Episode 21 [恐れと哀れみ]


がちゃり、と背中のほうで嫌な音がした。金属と金属の触れ合う音。そのすぐ次に、ばこっと、地面のえぐれる音。
嘘だろ、と口の中で呟く。
「あっはは、おっしーい。逃げ足速いんだねっ!」
まるで戦いを楽しむかのように、晴れやかに叫ぶセラ。丸い瞳をゆるりと細めて、シキトをじっと見る。ぺろり、と唇を舐めた。
「でもさ、悪いけど、逃がさないよ?」
そう言った次の瞬間、シキトの進む道にじゃらり、と銀色に鈍く光る鎖が現れ、いたるところに巻きつき、道を銀に塗りつぶし、その道を遮断する。
思わずざざ、とシキトは立ち止まる。
後ろのほうで、けらけらと笑う声が聞こえた。
「知ってる?銀は退魔なんだ。」
「…は、」
「例えば銀の弾丸。狼男や、悪魔を倒せる、とか言われてるよね?他にも、殺菌とか、抗菌とか…、でもね、魔法使いの中で銀ってのは、退魔を表すんだよ?」
じゃらり、と銀の鎖を見せびらかすように、袖からまた出していく。
「この鎖はね、『錬銀術師』が作ったらしいんだよ。『錬銀』の魔法を使える人なんて、本当、めったにいないんだよ?今、この世に存在してるのかもわからない…。」
含んだ笑いで言う。
「そして、この鎖の銀は高純度。わかる?退魔というのは、魔法使いにも当てはまってね。いや、魔力を使う者、かな?人だから、狼男や、悪魔みたいに、これぞ必殺!みたいのじゃないんだけどね、痛いんだ。わかる?」
「…。」
シキトの中で嫌な予感が燻る。いやわかるって聞かれても。いや、なんだかわかりそうな気がするのだけれど。
セラは変わらず笑顔でいて、それがさらにシキトの中に恐怖を巻き上げた。
シキトは自分も魔法を使おうか、そう思ったけれど、相変わらず、どうすれば魔法が使えるのかわからない。魔法が使えたときはいつだって、無我夢中で、誰かを守ろうとして。
「鎖でもさ、当たったら切れるから。覚えといて。」
そう言うと笑みをたたえた口を開ける。詠唱。頭に過ぎる。来る。そう思った。
「我が港鼠の名において崩壊の妨げの元消滅に溺れろ。」
じゃら、と蠢く鎖に、何らかの意思が灯ったように、横一列に何十本も並ぶ。
ぱちん、と指を鳴らした。その瞬間ばらばらな方向に、だけど対象はシキトに合わせて、すごい勢いで向かってくる。
一本は足元。飛び上がってぎりぎりで避け、頭に向かってきたものは、頭を下げて交わした。けれど脇腹と太股は避けれず、鎖が当たった。ざくり、と皮を切る音が聞こえた。
「ぐぅっ…、」
痺れた熱い痛みが襲う。けれど、倒れずに、セラを睨みつけた。
こいつ、わざと当てなかった。そう思った。
「あのね、さっきの詠唱はね、鎖を動かす間中有効なんだよ?」
瞳の奥に冷たさを光らせて呟く。
「楽しませてね?あたし、戦うのが大好きだから。」
戦う?一方的なこれのどこが。シキトは叫びたくなる。
でも手加減してくれてる間はまだありがたい。本気になったら、自分は確実に、死ぬ。
「あのね、あたし君が魔法を使ってくれるのを待ってるんだよ?だからね、ゆっくりやってあげてるんだよ。」
くすくす。また笑う。
ちくしょう、とシキトは思う。なんでだよ、なんで、
「くやしい?」
笑いながら言う?
「女の子にこんなにやられて、悔しい?」
かつり、とシキトの方に一歩近づく。
シキトは痛みを堪えて向かい合った。周りには鎖がじゃらじゃらと音を出し、存在を示している。
「…悔しいよ。」
セラはにこり、とうれしそうに笑う。けれど、ふと、驚いたように、笑顔を消し、目を丸くして、シキトをじっと見た。
悔しそうな顔、セラはこれまでたくさん見てきた。自分が倒してきた人たちの、悔しそうに、顔を歪めて、自分を睨みつけた、そんな顔を。
けれど、シキトの顔は、それまでと違った。どこか、哀れみを含んだようで。
「何、その顔?」
思わず聞いた。
「…悔しいんだ。俺は弱いから、きっと何も伝えることが出来ない。」
その言葉が、まるで意味がわからないというように、セラは首を傾げた。
シキトの瞳には、いまだ恐怖の色が残ってる。痛みだってあるはず。なのに、逃げようとしないで、そこに立っている。
「戦うことが好きだなんて。お前、幸せなのかよ。人を傷つけるのが、楽しいことなのかよ。俺には、わからない。そんな言葉。ちっとも。」
少し俯き、また顔を上げる。
「お前どうせ教団の奴なんだろだろ?なんで神様を復活させるんだよ。なんで魔法使いを襲うんだよ。なんで人を傷つけるんだよ。俺は結局弱いから、何が正しいことなのか、良いことなのかわからない。けどさ、けど、お前たちのやってることは、誰かの幸せになるのか?」
セラは虚を突かれたようになる。何言ってるの?小さく呟いた。
シキトの瞳は真っ直ぐで、いろんな色を滾らせて、けれど、その方向は一緒で。
「…そんな綺麗事で、あたしは倒せないよ。けれど…、あなたは変わってる。おもしろい。初めてだよ。弱いくせにそんな堂々としてるの。おもしろい。本当に、おもしろい。君みたいな人は強くなる。だからさ、」
口元を歪める。
「やっぱり、今のうちに消しておいたほうがいいよね?」
鎖がじゃらり、と動く。魔力がふわり、と上がる。その魔力が、鎖に伝わっていくのがわかった。
本気で来る。
セラのまわりにくるくると全ての鎖が集まって、束になる。それが、シキトに向かって標準を合わせた。
逃げられない気がした。かと言って、魔法が使えるとも思えない。
もう、だめなのか?
ぱちん、と全ての終わりを告げるように、セラの指が鳴る。鎖がシキトに向かっていく。

「…そんなことはさせへんよ。」

見知らぬ声が聞こえた。ふわり、と目の前には黄色が混ざったようなオレンジ色。
手にはなぜか赤い番傘。それを目の前に突き出し、鎖を防ぐ。
「…魔法使い?」
「そう。アンタらの敵みたいなもんや。」
朗らかな関西弁。目の前の男は、こちらを見て笑う。

「どうも、山吹(やまぶき)の魔法使い、架波藤雅言います。とりあえず、アンタの味方なので、以後、お見知りおきを。」